64・女騎士ユリアーナ
「ブリス」
「分かってる」
アリエルがきりっと視線を鋭くする。
今までおだやかな時間を過ごしていたのに、すごい変わりようだ。こういうスイッチの切り替えを見ていると「さすがはSランク冒険者だな」と言いたくなる。
俺達はテーブルにパフェの代金を置き、すぐに店から飛び出した。
「どうしました?」
地面で尻餅を付いている貴婦人に声をかける。
「スリよ! 道を歩いていたら突然後ろから……」
「なにを盗られたんですか?」
「バ、バッグ! しかもかなり高級な……! ああ! こんなことだったら持ってくるんじゃなかったわ……」
貴婦人の見る方向を見ると、男が一人走り去っていた。
祭り前ということもあって、王都は人で混雑している。
「どけどけ! 怪我したくなかったらな!」
スリの男は左手でバッグを抱え、右手でダガーを振り回しながら走っていた。
そのせいで近くの人々は、スリの男に近付くことすら出来なかった。
「もう諦めるしかないのかしら……あれには祖母の形見のペンダントだって入っているのに……」
その様子を見て貴婦人は諦めたのか、肩を落としていた。
「大丈夫ですわ」
だがそんな貴婦人の肩に、アリエルが優しく手を置く。
「わたくし達はSランク冒険者です。あんな輩、すぐにでも捕まえてみせますわ」
そしてアリエルはすぐに男を視界に捉える。
「ブリス。早く行きましょう! でないと逃げられていまいますわ!」
「そうだな……ん? ちょっと待てよ」
走り出そうとするアリエルを手で制する。
「一体なにを……」
そこでアリエルも気が付いた。
「な、なんだてめえは!?」
スリの男の前に一人の女性が姿を現したからだ。
「ボクは王国騎士団第二隊、隊長……ユリアーナだ」
女性が堂々と名乗る。
相手に聞かれたこととはいえ、わざわざ名乗ったということはそれだけ自信があるということなのか。
その光景を見て、周囲の人も騒ぎ出した。
「ユ、ユリアーナ様だ!」
「単騎でワイバーンを倒したとも言われる、最強の騎士!」
「まだ若いっていのに、あの歳で騎士団の隊長もしている」
「あの人がいればもう安心だ」
どうやら突如現れた女性……ユリアーナというのは有名人らしい。
そして民衆からもとても慕われていることがうかがえた。
「君は見かけない顔をしているね? 王国一武闘大会の熱気に紛れ、他国からわざわざ悪さをしに来たのかい?」
「……!」
図星なのかスリの男は二の句を繋げない。
この程度で一瞬でも動揺を見せるとはな。
こいつの格の低さが見て取れるようであった。
「まあなんにせよ、ボクが愛する王都で犯罪を犯すとはなかなかの度胸だ。今だったらそのバッグ、返せば少しは罪状を軽くしてもいいけど?」
「う、うるせえ! 騎士団だかなんだか知らねえが、たかが女じゃねえか!」
そう言って男はダガーをしまい、代わりに腰に差していたショートソードを取り出した。
「オレはこれでも昔はBランク冒険者だったんだ。いくら騎士でも、女ごときには負けはしねえよ」
「予想通りの答えだね。そして醜い」
彼女が顔を歪める。
「こ、殺す!」
スリの男がユリアーナに斬りかかる。
うむ……どうやらBランク冒険者という言葉は嘘ではないらしい。なかなかの太刀筋だ。
しかし。
「この程度でボクと戦おうと思っていたのかい?」
そう言葉を発し、ユリアーナは目にも止まらぬ速さで鞘から剣を抜く。
それは一瞬であった。
カキンッ!
二人がぶつかり合ったと思った矢先、男の手から剣が離れ、それはクルクルと回りながら地面に突き刺さった。
「あ、あ、あ……」
それで戦意を消失してしまったのか、男はジリジリと後ずさる。
「さて、どうする? これでもまだ戦うかい?」
「ちぃっ!」
男は戦況が悪くなかったと見たのか、手に持っていたバッグをユリアーナに投げつけた。
ただの攻撃なら一刀で斬り伏せていたであろうが、別に持ち主がいる以上それは出来ない。
彼女がバッグを手にしている一瞬の隙に、男が背を向けて逃走を図ったのだ。
「あばよっ! なかなかの腕前だったよ。しかしまだまだ甘ちゃんだ!」
スリの男がユリアーナに捨て台詞を吐く。
なるほど。逃げ足だけは一級品だ。
しかし運が悪かったな。
「詰めが甘い。敵は一人だけだと思っていたか?」
こちら向かって走ってくる男の右腕を取り、思い切り関節技を決める。
「あああああああ!」
「さわぐな。無闇に動いたら、このまま手違いで折ってしまうかもしれないからな」
俺がそう脅しをかけたら、ようやく男はおとなしくなったのであった。
しばらく遅れてから、ユリアーナが駆け寄ってくる。
「すまない! ご協力感謝する!」
「気にしなくていい。どちらにせよ、俺達が捕まえるつもりだったしな」
男をユリアーナに引き渡す。
彼女の後ろから他の下っ端騎士らしき男が何人か現れた。そいつ等がスリの男を縛り上げていた。
「見回り中だったのか?」
「その通りだよ。王国一武闘大会が近付くと、よくこういうヤツが現れるんだ。今日で何人目になるんだろうか……」
ユリアーナは肩をすくめる。
よくよく見ると、確かに若い。俺達と同じくらいだろうか?
鎧をしているから分かりにくいものの、騎士のくせに随分華奢に見えた。
「聞こえていたかもしれないが、ボクの名前はユリアーナ。失礼だが……君達は?」
ユリアーナが質問する。
「俺はブリスだ。ノワールから来た」
「わたくしはアリエル・クアミアですわ」
「エドラ」
俺達も順々に自己紹介をする。
するとユリアーナは驚いたように、
「ブリス、アリエル、エドラ……そうか、君達がノワールから来た凄腕の冒険者のことなんだね」
と口を動かした。
「俺達のことを知っているのか?」
「ああ。なんでもノワールで起こった《大騒動》をおさめた人物だと。特にブリス。君は古代竜を倒したことによって、名は王都でも轟いているよ。竜殺しの冒険者としてね」
まさか俺が知らない間に有名になっているとは……。
見ると、後ろの方で控えている他の騎士も「あ、あれが竜殺しの……!」と驚いているようであった。
困った。こうやってジロジロ見られるのは、なんだか居心地が悪い。
「ブリスは王国一武闘大会に出場しにきたんだよね?」
「そんなことまで知っているのか」
「当然だよ。ボクも同じ大会に出場するからね。優勝候補として君達のことは当然マークしているよ」
とユリアーナは苦笑した。
そしてすぐに表情を引き締め、
「王国一武闘大会では楽しみにしているよ。竜殺しと戦えるなんて光栄だ。お互い全力を尽くそう」
「おう」
と拳を突き出してきた。
俺も彼女に合わせるように、拳で軽くタッチをすると、彼女は満足したのかスリの男を連れて立ち去ってしまった。
「強敵現れるだな」
「ですわね」
先ほどの剣さばき……アリエルに勝るとも劣らなかった。
俺の見立てでは、どちらが勝ってもおかしくない。
《千本気斬華》を使えば、さすがにアリエルが勝つだろうが、あれは俺が支援魔法をかけないと彼女はまだ使えない。
それくらいの拮抗した実力差だ。
「ライバル現る」
「ええ、エドラも分かっているじゃないか」
エドラもユリアーナに警戒を強くしているようであった。
あまり興味がなさそうな彼女も、やはり王国一武闘大会で勝ち進みたいと考えていたのか……。
「キレイな人だった」
「ええ。その通りです」
「ブリスがよそ見しないとも限らない」
「ブリス、先ほどの女性を見て鼻を伸ばしてましたもんね」
……ん?
なんか俺が考えていることと、ずれているような気がするんだが?
「二人とも、なに言ってんだ」
「いえいえ。ユリアーナという女性のこと、ブリスずーっと見てたなーと思いまして」
「それはユリアーナの剣技を分析するために……」
「はいはい。分かりましたよ。そういうことにしておきます」
そう言うと、アリエルはおかしくなったのか「くすくす」と笑った。
うん。
女というのはやはりよく分からん。
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