62・クレア、ノワールに到着する
(四天王視点)
「ここがノワールか……」
四天王『魔法』の最強格、クレアはようやくノワールに辿り着いた。
ここにブラッドがいると思うと、彼女はいてもたってもいられくなった。
「取りあえず情報収集じゃな」
情報を集めるとなると、やはり冒険者ギルドだろうか。
あそこは酒場も併設されている場合が多い。酔っぱらったヤツから情報を聞き出すのはもってこいの場所なのだ。
クレアは周りの人に聞きながら、やっとのことでギルドに到着する。
「おい。そこのお主」
「なんだ、おめえは? ……っと、美少女ちゃんじゃないか。もしかして逆ナンか? とうとうオレっち、モテ期到来か?」
エールを立ち呑みしている冒険者らしき男に声をかけてみた。
筋肉隆々で顔に大きな傷が付いている。ひ弱な女の子なら、彼の顔を見ただけでつい臆してしまうだろう。
だが。
(こやつ……あんま大したことないな)
傷は男の勲章だとかいう言葉を聞いたことがあるが、クレアに言わせると、無傷の方が断然優れている。
しかも顔なんて目立つところにある傷を放置したままだ。
この程度ならすぐに治せるだろうに……治癒士に出す金もないのだろうか?
まあどちらにせよ、さっさと聞き出すだけで情報を聞き出して、すぐ他に行こう。
「お主はブラッド……じゃなくて、ブリスという男を知っておるか?」
ブレンダから「ブラッドはブリスと名を変えている」という情報をあらかじめ聞いていた。
どおりでなかなか見つからなかったわけだ。
男は『ブリス』という名を聞くなり、
「もちろん知ってるぜ! なんてたってノワールの英雄だからな。知ってるか? あいつ、古代竜を倒しちまったんだぜ?」
とまるで自分の息子のことを語るように饒舌に喋り出した。
「ほお?」
それは興味をそそられる情報だ。
古代竜一体くらいなら、大したことがないが……そうか、あいつ。一人で古代竜を討つくらいになったか。
ジーンと感慨深くなるクレアであった。
「どうやって倒したのじゃ?」
「うーん、オレっちは《大騒動》が起こった時に、すぐ近くの民家で隠れてたからな。さすがに悪いと思ったが、結果的には《大騒動》もブリスがおさめてくれたし結果オーライというヤツだ」
全然結果オーライではない。
こいつ……見た目は偉そうなのに、弱っちいうえに臆病だ。クレアは彼を心底軽蔑した。
「お主がブラッド……ええい、もうややこしいな! ブリスについて知っている情報はそれだけか?」
「うーん、あまりブリスとは仲良くないからな。いつもあいつ、可愛い女の子と一緒にいるし、オレっちみたいな非モテは近付きにくいんだ。なんというか、モテ男は違う人種みたいで」
「な、なんじゃと!?」
クレアは前のめりになる。
「か、可愛い女の子と一緒におるじゃと!?」
「お、おう。そうだ。Sランクのお嬢様のアリエルと、ちょっと無口だが顔は可愛いエドラだ。くーっ、羨ましいぜ!」
「い、一緒におるだけか? パーティーを組んでいるだけか? 恋人だとかそういう噂はないか!?」
「お嬢ちゃん、やけに食いつきがいいな……」
若干ドン引きしている男であるが、当の本人であるクレアは気付いていなかった。
「いいから早く言え」
「そうだな……そもそも正式にパーティーを組んでいるわけじゃないらしいが、付き合っているという噂も聞かないな」
「そうか……」
それを聞いて、クレアは安堵の息を吐く。
だが「ただ」と男は続ける。
「男女が一緒にいて、なにも起こらないと思うか?」
「それはどういうことじゃ?」
「そりゃあ、あんな美少女と一緒にいるんだぜ。一回二回は良いことしちゃってるんじゃねえか? というかしてないと男としておかしい。男として美少女に手を出すのは当たり前だ。ははは!」
断言して、自分の言ったことがおかしくなったのか笑い出す男。
しかし。
「ブ、ブラッドはそんな男ではなーーーーーい!」
と咄嗟にクレアは男に拘束魔法をかけた。
「お、おう……? なんだ、これは。締め付けが、きっつい」
「そこでしばらく反省しておくんじゃな。あと、ブラ……ブリスはそんな男ではない。それだけは覚えておけ」
「お、おいちょっと待てよ。どうせだからオレっちと、遊ぼ……う、動けない!? しかも締め付け……あっ、でもちょっと気持ちいいかも」
苦しんでいるんだか楽しんでいるのかよく分からない男を放って、次にクレアはギルドの受付に向かった。
「あまり見かけない顔ですね? 外から来たんですか。今日はどのようなご用で?」
クレアが受付の前に立つと、受付嬢らしき女がそう声をかけてきた。
「一つ聞きたいことがある。お主はブリスという冒険者を知っているか?」
「ええ、もちろんですよ」
ニコッと微笑む女。
こいつもなんだかんだで可愛い……くっ、この街には美少女しかおらぬのか!?
それに冒険者となったら、ギルドの受付嬢との接点も多いだろう。
目の前の女にブラッドが誑かされていないか……クレアは心配になった。
「ブリスに指名依頼を出したい。今すぐ呼んできてくれぬかのう?」
依頼を出したいうんぬんは、もちろん嘘である。
そもそもストレートに聞いても、答えてくれないと思ったからだ。
だったら指名依頼だとか嘘を吐いた方が、話は通りやすいだろう。
しかし受付嬢は「すみません」と頭を下げて、
「今ブリスさんは、とある任務のためにこの街を離れています」
「な、なんじゃと? それは本当か」
「はい」
クレアは魔法で女の心を読んでみる……どうやら嘘は吐いていないみたいだ。
「いつ戻ってくる?」
「そうですね。二週間から一ヵ月といったところですか。緊急ならばすぐに呼び出すことも可能ですが、その依頼とはどのような内容ですか?」
受付嬢が厳しい顔つきになる。
ここで嘘を吐くことは簡単だが……さすがに見破られるだろう。この周辺地域の情報をあまり持たないクレアにとって、それはリスキーな行動だと感じた。
「この街を離れて、どこに行っておるのじゃ?」
とクレアは質問する。
「すみません。それについては正当な理由がないと、答えられません」
受付嬢は断固として答えてくれない。
まあこのやり取りは予想の付いていたことだ。よそ者にほいほい情報を流す受付嬢などおったら、すぐにクビになっている。
ゆえに。
「もう一度聞く。ブリスはどこに行っておるのじゃ?」
「答えられません」
もう一度問いかけてみるが、返ってくる答えは同じであった。
(全く……面倒臭いのう)
同時にクレアは彼女に読心の魔法を使った。
……『ブリスさん』『王都に行っている』『この人怪しい』『なんの理由?』
という断続的な情報が頭に流れ込んでくる。
どうやらブリスは王都に行ってるらしい。
(王都か……ここからだとまあまあ遠いな。まあ仕方がない。もう一回自分に身体強化魔法を使ってから、向かうとするか……)
いくら受付嬢が口を割らないとしても。この程度の情報ならすぐに聞き出せるクレアであった。
「そうか。それは悪かった。じゃあブリスが戻ってくるまで、のんびり待つよ」
「それが良いと思います」
早速王都に向かおう。
クレアが踵を返そうとすると、ふと受付の横に置かれていた水晶が目に入った。
「なんじゃ、これは?」
「これは魔力を測定する水晶です。魔力を送ると『青』、『緑』、『黄』、『赤』、『黒』の順で光る仕組みになっています。よく冒険者志望の方とかに使うことが多いですね」
「ほお……それはなかなか面白いものを置いておるな」
気紛れで、クレアは水晶に手を置いてみた。
受付嬢は「ちょ、ちょっと……勝手に触らないでください」と止めてくるが、構わずに魔力を送る。
すると。
パリィィィィイイイイン!
大きな音を立て、水晶が粉々に砕けてしまった。
「おお、すまんすまん。どうやら儂の魔力が多すぎたせいか、測定出来ぬみたいじゃったな」
「な、なんということ……! 水晶を割ったのはグノワース様とブリスさんに続いて三人目です!」
受付嬢が驚いている。
まあこの程度の水晶なら、ブリスでも割ることが出来るだろうなあ……とクレアは思った。
「悪かった。すぐに直すから気にせんといてくれ」
クレアは粉々になった水晶の欠片に、そっと手をかざす。
すると水晶は瞬く間に元に戻ったのであった。
「えええええええ! 水晶が、水晶が!」
受付嬢が驚きを通り越して、腰を抜かしてしまっている。
「なかなか面白い余興じゃった。じゃあな」
後ろで「ま、待ってください! あなたは何者……」と受付嬢の声が聞こえてきたが無視して、クレアはギルドを後にするのであった。
次回から本格的に王都編です!





