60・卑怯な盗賊であったが、全てお見通しだ
「くっ……!」
盗賊の頭が後ずさりする。
「た、助けてくれっ! オレは命令されていただけなんだ! お前等に恨みなんてない!」
この期に及んで命乞いか。往生際の悪いヤツだ。
どうしたものかと思っていると、アリエルが剣を鞘におさめ、彼に一歩近付いた。
「命令されていただけ? ということは、あなたのバッグには誰かいるということですわね」
「そ、それは……」
「言いなさい。言えば、見逃してあげてもいいですわよ?」
アリエルはそうは口で言っているものの、決して表情は変えない。厳しいままだ。
「オレが命令させれていたのは……」
「されていたのは?」
さらにアリエルが一歩ずつ、頭ににじり寄ってくる。
やがて盗賊の頭が手を伸ばせば、アリエルに届くであろう距離まで近付いた。
その瞬間、頭の目がギラリと輝き、
「……言うわけねえだろうが!」
胸元から短刀を取り出して、彼女に斬りかかったのだ。
「憐れ」
俺が行動するよりも早く、エドラがファイアーランスを男に放つ。
これだけ素早く発動出来るということは、あらかじめ魔法を展開していたのだろう。
「あああああああ!」
炎の槍は頭に命中。
そして彼の体が炎で包まれ、やがて地面に倒れ伏せたところで消えた。
「エドラ。いけないですわよ。もう少し、粘ろうと思っていましたから」
「ごめん。アリエルが危険だと思っていたから」
「まあ……あれ以上喋るような気配もなかったでしたから、どちらにせよ他の者と同じ末路を辿ってもらうつもりでしたが……」
見ると既にアリエルも剣を抜いていた。
こうなることを見越していたということか。
二人とも、さすがはSランクとAランク冒険者だ。
相手が降参してもその嘘を見破り、警戒を怠らなかった。
「全員、気を失ってしまったみたいだな」
これでは話を聞き出そうにも聞き出せない。
「どうしましょうか?」
「取りあえず、モーガンさんに連絡してみる。さほどノワールから距離も離れていないからな。まだノワール冒険者ギルドの管轄内だと思う」
俺は通信用の魔石を取り出し、モーガンさんと繋いだ。
「モーガンさん」
『ん……? どうしたんだ。もしや緊急事態か』
「はい」
俺は道の途中で盗賊らしき男達に出会ったこと、そして今戦いが終わったことを説明した。
『そんなことがあったとはな。もう少し詳しく聞きたい。その盗賊共の特徴を言ってくれるか?』
「えーっと……」
倒した盗賊共の特徴を言う。
するとモーガンさんは驚いた様子で。
『驚いた。もしかしたら、それは指名手配中の『トカゲの尻尾盗賊団』だったかもしれない。なかなか逃げるのが上手い連中でな。こちらとしても、捕まえるのに手間取っていたんだ』
「そうだったんですか」
有名な盗賊団だったらしい。
「なにやら魔石を狙っていたみたいですが?」
『魔石っていうのは……紅色の魔石のことか?』
「おそらく」
『紅色の魔石は無事なのか……ってお前に聞くのも変な話か。無事だからこそ、こうやって連絡してきているんだろうしな』
モーガンさんが息を吐く音が聞こえた。
『分かった。報告ありがとう。すぐに近くにいる冒険者連中を使いに寄越す。そいつらにトカゲの尻尾共は引き渡してもらってもいいか?』
「分かりました。後……誰かに命令されていたみたいなんですが……」
『承知した。それについても、たっぷりと話を聞かせてもらおうと思う』
モーガンさんの物言いに、何故だか鳥肌が立った。
今からこいつ等はどんな目に遭わされるんだろうな。想像するだけで怖くなってくるが、俺の知ったこっちゃない。
その後、馬が逃げていってしまったことを話し、さらにはなにか盗賊から情報を引き出し次第、連絡をくれるということで一旦通信を切った。
「王都への到着は少し遅れそうですわね」
「なあに、日数にはかなり余裕があるんだしな。ゆっくり行けばいい。馬車についても、近くの村で補給出来ることになった」
「それは良かったですわ。それにしても……手綱を引きちぎって逃走するなんて、とんでもない力ですわね。火事場の馬鹿力というヤツでしょうか」
「さ、さあな」
まあ……アリエル達に内緒で、馬には軽めの【身体強化】の支援魔法もかけていたからな。
それが原因の一つにもなるだろう。無事でいてくれるといいが……まあどこかの人里にでも辿り着いてくれるだろう。
「取りあえず、こいつらを縛っておくか」
俺達は気絶している盗賊共を、縄できつく拘束した。
縄には魔法もかけており、ちょっとやそっとの力じゃ解けない仕組みにしておいた。
こいつ等程度の力で、逃げ出すことは不可能であろう。
そうこうしていたら、モーガンさんが寄越してくれた使いの冒険者達が現れた。
「トカゲの尻尾盗賊団を、こんなにあっさり倒すなんて……! かなり戦闘力も高い集団だと聞いていたが?」
十数人の冒険者達が、唖然とした表情をする。
「そんなことはない。弱かったぞ」
「さすがはSランク冒険者……お前のことは、ギルドから聞いている。オレもいつかはお前みたいな男になりたいもんだぜ」
「ちょっと〜、あんたがなれるわけないでしょ〜」
「うるせえ。夢はでっかくだ」
なにやら男と女の冒険者が言い争っているようであるが、仲が良いように見えた。
こういう大人数の冒険者パーティーもいいもんだな……
なんだかんだで、アリエルとエドラとは正式にはパーティーを組んでいない。この件が落ち着いたら打ち明けてみるのもいいかもしれない。
「じゃあ俺達はこの辺で」
「うむ。こいつ等はオレ達が責任を持って預かる」
そう言って、俺達はその場を後にした。
「思わぬところで道草を食ってしまいましたわね」
「あいつ等、迷惑」
道を歩きながら、アリエルとエドラが忌々しげそうに言う。
しかし疲れた様子ではない。あの程度の戦いでは疲労など一切感じないのだろう。
「あいつ等から有益な情報が手に入れればいいんだが……」
「あまり期待出来そうにないですわね。誰があの人達に命令していたのかは知りませんが、大事な情報を渡していないでしょう」
「違いないな」
そこまでそいつ等もバカではないということだろう。
それにしても……誰があいつ等に依頼したのだろうか。ディルクのいた教団とやらか?
まあ今考えても仕方がないか。
俺達は気持ちを切り替えて、王都への旅路を歩くのであった。





