58・サンドイッチは美味しかった
いよいよ出発の日となった。
俺達は街の入り口に集合し、馬車に乗ろうとしていた。
「本当に至れり尽くせりだな」
馬車は俺達で借りようと思っていたが……こうして用意してくれたとなったら有り難い話だ。
「馬車の御者の方がまだ来ていないようですが?」
「ああ、それなら断った」
「……? それはどうして?」
「もしかしたら途中で危険なことがあるかもしれないからな。不用意に御者の人を危険に巻き込みたくない」
そう言って、俺は袋の中にある紅色の魔石を見た。
紅色の魔石は貴重なものである。途中で教団のヤツ等が襲いかかってきて、奪取してこないとも限らない。
用心に越したことはないだろう。
「だったら、どうやって王都まで行くの?」
今度はエドラが問いかけてきた。
「【自動操縦】」
俺はその質問に答えずに、馬車全体に支援魔法をかける。
「こうすれば操縦士がいなくても、馬車は王都まで向かうだろう。なにも問題はない」
「……そういえばブリス、そんなこと出来たね」
唖然とした様子のエドラ。
「ついでに【速度上昇】【持久力上昇】【自動回復】をかけて、早く王都に到着出来るようにするか……」
「ちょっとブリス!?」
続けて馬車に支援魔法をかけようとすると、アリエルが手で制してきた。
「あの……そこまでしなくてもいいのでは?」
「どうしてだ?」
「せっかくだから、ゆっくり周囲の風景を眺めながら行きたいですわ。馬の【持久力上昇】くらいは良いかもしれませんが、他の支援魔法は……」
「うむ、確かに言われてみればそうだな」
王国一武闘大会までは、かなり日数的に余裕がある。
途中で不測の事態に陥っても、十分対処出来るだろう。
早く行く必要はどこにもないか……。
「すまんすまん。どうも俺は、なにかあったら魔法で解決しようとする癖があるらしい。アリエルの言う通りだ」
「いえいえ」
四天王の……特にクレア姉とか、すぐに魔法を使って楽をしようとしたからな。
そのせいであいつは慢性的に運動不足なのである。
馬車でゆっくり向かうのも、それはそれで楽しそうだ。
なによりこの依頼は『休暇』の意味合いが強い。
そこまで魔力を使う必要はどこにもないか。
……まあ軽めの【身体強化】を馬に付与しておくか。これくらいは用心してもいいはずだ。
「じゃあ行こうか」
それにしてもアリエル、なにか企んでいるような気もしたが……?
その答えはすぐに分かるのであった。
◆ ◆
ノワールを出発して、少し経った時であった。
「そろそろお腹が減ったな」
「うん」
俺の言葉にエドラが賛同する。
一応最低限の食料は持ってきている。足りなくなったら、近くの村で補給するつもりだが……取りあえずこれで腹を満たすか。
そう思って食料を取りだそうとすると、
「少し待ってください!」
アリエルが立ち上がって、大きな声を発した。
「実はみなさんのために、サンドイッチを作ってきたんです! よかったらこれでお昼ご飯としませんか?」
彼女はどこからともなく、茶色のバスケットを取り出して蓋を開ける。
「おお……! 美味しそうだな!」
中には色取り取りのサンドイッチが、ぎっしりと詰められていた。
見てるだけで涎が出てしまいそうだ。
「アリエル……こんなものも用意していたのか。もしかして、ゆっくり行こうと言い出したのはこれも関係している?」
「ふふ、バレちゃいましたね。その通りです。早く動く馬車の中では、ゆっくりサンドイッチも食べられないと思いましたので……」
アリエルが微笑む。
「じゃあ有り難く食べさせて……ってエドラ?」
俺がサンドイッチに手を付けようとすると、エドラはその場で固まったままの状態になっていた。
「ブリス。アリエルのこと、忘れてる?」
「なんだ?」
「アリエルは料理が不得意」
あっ。
そういえばそうだった。
アブソーブモグラの肉を調理していた時、まな板を千切りにしてしまった彼女の姿を思い出す。
「だから……アリエルには悪いけど、ちょっと勇気がいるなって」
「うぅ〜〜〜〜〜。けどエドラが心配するのは、仕方ないですね……」
「気にしないで。ちょっと躊躇しただけ。すぐに食べるから……」
エドラは自分の発言を失言だと思ったのか、素早くサンドイッチに手を伸ばそうとした。
だが……ダメ。
サンドイッチを目の前にして、エドラの体が動かなくなっていった。
「くっ……! もしかして敵襲? 馬車の外で、どこかの魔法使いが私に拘束魔法をかけてるってこと?」
「そういうわけじゃないと思うぞ」
やれやれ。
俺は固まるエドラを尻目に、ひょいっとサンドイッチをつまみ上げ口に入れてみた。
「ごくり……!」
サンドイッチを食べる俺の姿を、アリエルが固唾を呑んで見守る。
そして……。
「旨い!」
俺はアリエルにそう感想を伝えた。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。アリエル、本当に料理が苦手なのか? 喫茶店で出てくるようなサンドイッチと変わりないぞ。いくらでもいける」
パクパクと次から次へと、俺はサンドイッチを食べていった。
「よかった……ブリス達のために頑張って練習しましたので」
ほっとアリエルが胸に手を置いて安堵する。
その時、俺は気が付いてしまった。
「アリエル……? どうしたんだ、その小指の絆創膏」
「……!」
アリエルが「しまった」とばかりに手を隠す。
「ちょっと見せてみろ」
彼女の手を取って、絆創膏が貼ってある箇所をじっと見る。
……うん。大したことはないと思うし、もうほとんど治りかけだ。これくらいだったら跡も残らず、キレイに治るだろう。
「サ、サンドイッチを作る際に……怪我をしちゃいまして……あっ、でも大丈夫ですよ! 少し血が出ただけで、大したことありませんから!」
気丈に振る舞うアリエル。
「そんなになってまで、サンドイッチを作ってくれたのか……」
もしかしたらアリエルは料理が苦手なのではないかもしれない。
正しくは『包丁とか調理器具の使い方が下手』……といったところか。
小さい頃は、近くにいる大人が作ってくれた。大きくなってからも、武器の扱い方は一級品だが反面、包丁はほとんど使ったことがなかったのだろう。
「アリエル、ごめん。私、酷いこと言っちゃって……」
「エ、エドラも!? そんなこと言わなくても大丈夫ですわよ! 料理が下手なのは事実ですので!」
しゅんと項垂れるエドラの頭を、アリエルが優しく撫でてあげていた。
「よし。アリエルが一生懸命作ってくれたサンドイッチだ。エドラも食べよう」
「うん。そだね」
エドラもサンドイッチを手に取って、美味しそうに食べ出した。
平和な一時だな……こうしているだけで、日々の疲れが取れていくようであった。
そう思っていたが……。
「ん?」
前方に小さな石ころのようなものが落ちているのを発見した。
普通なら見逃してしまうだろう。
石は馬車の進行方向にある。このままではぶち当たってしまう。
とはいえ、ただの石ころならこのまま通り過ぎてしまうところだが……。
「まずい!」
俺は立ち上がり、慌てて二人にこう告げる。
「アリエル、エドラ! すぐに馬車から出——」
そう言った矢先であった。
道ばたに落ちていた石が爆発したのは。
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