57・休暇
「これを王都の魔法研究所まで持って行って欲しい」
そう行って、モーガンさんが手渡してきたのは例の紅色の魔石であった。
「ノワールでも研究していたんじゃ?」
「うむ……そのことなんだが、ベティが音を上げてしまってな。どうやらベティの持っている道具では、これ以上紅色の魔石を調べることが難しいらしい」
ベティ……確か古代竜の検分に立ち会っていた獣人族の女の子だったか。
「ベティは申し訳なさそうな顔をしていたぞ。まあノワールで、彼女一人に任せるのは正直手に余ると思っていたしな。仕方ない
だが、王都の研究所にだったら最高の設備と人材が揃っている。そこならきっと紅色の魔石も解明してくれるはずだ」
「分かりました」
紅色の魔石は貴重なものなのだ。途中で紛失しないように気をつけなければ……その貴重さゆえ、盗まれる可能性もあるんだし。
そう考えたら、SランクとAランクがいる俺達に魔石を預けるのは適任かもしれない。
「話はそれだけですか?」
「ん……まあそうなんだが、さらにもう一つ。お前達に渡しておきたいものがある。シエラ」
「は、はい!」
モーガンさんに呼ばれ、シエラさんがテーブルの下からなにやら袋を取り出してきた。
彼女はどっさりと袋をテーブルの上に置き、こう口を開いた。
「今回、任務として王都に行ってもらいます!
あらためて繰り返しますが、依頼内容は『王国一武闘大会にノワール代表として出場すること』『紅色の魔石を王都の研究所まで送り届けること』です。
どちらも大事な任務ですから、頑張ってくださいね」
「もちろんですよ」
「依頼なので、報酬金も用意しています。今回はあなた達を信頼して、報酬金を前払いしたいと思います。どうかご査収くださいませ」
前払い?
これまた珍しい。こんなことは初めてだった。
まあ今回は王都まで行かなければならないからな。
旅費の問題もあるし、それなら先にまとめて払っておこう……という魂胆か?
疑問を覚えつつも、俺は袋の中に手を付ける。
すると……。
「こ、こんなに!?」
中には大量の銀貨や金貨が入っていた。
パッと見ただけで、かなりの金額だということが分かる。
「本当に貰っていいんですか!?」
「もちろんです。三人には大事な任務を果たしてもらうので!」
「ですけど……」
正直気が引ける。
確かに重要な任務であることには間違いないが、難易度としては今までのものと比べると数段落ちる。
王都に行くだけだからな。
王国一武闘大会についても、極論を言えば『出場するだけ』で達成なので、そこまで負担にはならないと思う。
それなのに……これだけ報酬金を貰うとは。
「アリエルとエドラはどう思う?」
「そうですわね……わたくしも多いと思います。それだけ評価してくれるのは嬉しいことですが」
「不自然」
やはりアリエルとエドラも、報酬金に関して違和感を抱いているようであった。
「やっぱりシエラさん。こんなに貰えないですよ。なんか怖いですし……」
タダより怖いものはないという言葉もあるしな。
「で、でも……」
「ああ! もう! 察しの悪い連中だな」
頭を掻きながら、モーガンさんが面倒臭そうにシエラさんの前に出る。
「確かに依頼難度としては、今までお前等に任せていたものと比べると低めだ。報酬金と釣り合わないとは思う。だが今回は……ずばり言うと、この依頼はお前達への休暇ってことだ」
「休暇……ですか?」
「そうだ。今までお前達は働きっぱなしだったからな。ギルド……そしてノワールへの貢献度と考えれば、お前等に比類する者はいないだろう。街の復興もだんだん落ち着いてきた。魔物についてもお前等がいなくても、十分対処出来る数だ」
「はあ」
「王都で羽を伸ばしてこい。たまには休暇も必要だ。遊ぶためには金がいくらあっても足りないだろう?」
ニヤッとモーガンさんが笑った。
休暇を取ってもらおうとしたにしても、なかなか回りくどい方法だな。
しかし特に頑張り屋のアリエルは「休め」と言われても、素直に首を縦に振らなかったかもしれない。
そこでこうした洒落た方法を思いついたんだろうな。
「分かりました。そういうことでしたら有り難く受け取ります」
「よし、話がまとまったな」
パンと手を叩くモーガンさん。
「依頼の達成とは関係ないが、オレ個人の頼みを言っておく。王国一武闘大会で優勝してこい。お前には十分その力がある」
「まあ全力で頑張ってはみますよ」
モーガンさん直々の頼みか……これはなんとしてでも優勝しなくっちゃな。
王国から強いヤツが集まってくるみたいだし、今から楽しみだ。
「アリエル、エドラ。二人は王都に行ったことがあるのか?」
「ええ。小さい頃に、お父様に連れて行ってもらいましたわ。それこそ、王国一武闘大会が開かれている時に」
「わざわざ大会の日だなんて……楽しかったか?」
「ええ。その日は王都をあげての盛大なお祭りが開かれます。大会の何日か前から、出店とかもあって楽しいですわよ」
なるほど……だからこそ今回の依頼は『休暇』の意味合いが強いのだろう。
全く……繰り返すが、ギルドもなかなか粋な真似をしてくれるものだ。
「エドラは?」
「……あるよ」
エドラに問いかけると、彼女は短く答えた。
しかしそれ以上なにも喋ろうとしない。
なにか事情がありそうだな?
まあ喋りにくいことなら、現状は無理して聞き出さなくても大丈夫だろう。
王国一武闘大会の開催まで、まだ日があるみたいだし、そのうちまた聞けばいいか。
「じゃあ三人とも、頼んだぞ」
「「「はい」」」
こうして俺達は王都に行くことになった。





