55・試し斬りのはずが、少々やり過ぎたみたいだった
「おお、帰ってきたか!」
平野からラッセルの工房に戻ると、彼は俺の姿を見るなり犬のように駆け寄ってきた。
「剣はどうだった?」
「素晴らしい出来だった」
率直な感想を伝える。
あれだけ剣を振るっても、刃こぼれは一切していない。
全く……バイロンさんは最高の鍛冶師を紹介してくれたものだ。
俺がそう伝えると、ラッセルは鼻の下をすすりながら、
「そうか! お前さんのような冒険者に言ってもらえて嬉しいよ」
と照れ臭そうに言った。
「また用が出来たら、ここに来てもいいか?」
「もちろんだ! お前さんのためなら、いくらでも剣を打ってやる! それのメンテナンスも必要になってくるだろうしな」
どうやら俺はラッセルにかなり気に入られたようだ。
ラッセルはまるで旧知の知り合いに接するがごとく、俺の肩をポンポンと叩いた。
「ありがとう。じゃあ俺はこのへんで」
「おう!」
その後ギルドに行って、魔物を換金してから宿屋に戻るのであった。
◆ ◆
あれから三日が経過した。
その間、俺は剣が新しくなったのが嬉しくて、ついつい色々なダンジョンに顔を出した。
振るえば振るうほど、使い勝手がよくなっていく。
最初は力の制御が難しかったが、徐々に出来るようになってきた。
そんなある日、俺は今日も依頼を受けようかと、ギルドに足を運ぶと……。
「ブリスさん! 大変なことが起こりました!」
と受付嬢のシエラさんが、なにやら慌てた様子で俺に言ってきた。
「大変なこと……?」
「はい!」
一体なんだろうか?
古代竜騒ぎがあってから、ノワールは比較的平和であった。
しかしシエラさんがこんなに慌てるということは……まさか紅色の魔石がまた……!?
「シエラさん、落ち着いてください。大変なことってなんですか?」
まあまずは話を聞いてみなければならない。
俺は冷静にシエラさんにそう質問した。
「はい……! 正しくは『大変なことが起こりそう』なんですけどね」
「起こりそう……?」
それまた変な言い回しだ。
シエラさんは気を落ち着かせるように、一度深呼吸をしてから話を始めた。
「最近ノワール周辺の平野やダンジョンで、大きなクレーターや、まるで嵐が過ぎ去った後のような光景が観測されているんです」
「…………」
「しかもその辺りは魔物も多いはずなのに、ほとんどいなくなっているそうです! 今までこんなことはありませんでした。これはなにか良くないことの前兆なんじゃ?」
「……ちなみに、良くないことっていうのはたとえば?」
「まだ分かりませんが、古代竜のような強力な魔物が近くを通り過ぎた……とかです。それだったら周りが荒れ果てていたり、その通過に巻き込まれる形で魔物が姿を消したことについては説明出来ますからね。なんにせよ、これは大・大・大事件です!」
……うん。
それ、俺のせいだな。
ここ数日、剣が貰ったのが嬉しすぎて、少々暴れすぎてしまった。
魔物が少なくなっていることについても、テンションが上がりすぎていつも以上に魔物を狩ってしまったためだ。
どちらにせよ、シエラさん達を心配させてしまった。
「あのー……それ、俺が……」
と説明しようとした時であった。
「おおっ、ブリス。来てくれたか!」
奥の方から冒険者ギルドのマスター、モーガンさんが姿を現したのだ。
「シエラから話は聞いているか? 最近、周辺でなにかよからぬことが起こる前兆がある。ギルドとしてはゴブリンキングの時と同様に、調査団を形成して調査に向かわせようと思う。そこでブリスにも調査団に加わって欲しいのだが……」
モーガンさんも、今回の件に関して大事だと思っているそうだ。
ますます言いにくくなってきたぞ。
まあ……言わない訳にもいかないが。
「モーガンさん、モーガンさん」
「なんだ!?」
モーガンさんが殺気立っている。
古代竜の件があったからな。
またあんな《大騒動》が起こっては……と考えると、不安になるのだろう。仕方がない。
「じ、実は……」
俺はモーガンさんとシエラさんに、今回の件について説明した。
「はあ? ブリスが暴れ回った後だと……?」
モーガンさんは訝しむような表情だ。
「はい」
「それは確かなんだろうな?」
「確かです」
なにを言われても仕方がない。怒られるかもしれない。
反射的に俺は目を瞑る。
だがモーガンさんは俺の予想に反して、大きな溜息を吐いただけで。
「……ややこしいことをするな。別に試し斬りをするのは自由だ。しかし今度からこういうことがあったら、ギルドに報告して欲しい」
「すみません」
「なに、謝らなくてもいい。早とちりしたのはこちらなんだしな」
良かった、どうやら叱られる様子ではなさそうだ。
「それよりもブリス……本当にお前がやったのか? 何度説明されても、にわかに信じがたいぞ。他の冒険者からは『こんなの、人間にできっこない!』と報告を受けていたからな」
「剣が新しくなって、ついつい激しく動いちゃいました」
「全く……お前ってヤツは。本当にブリスが味方でよかった。敵に回ったら、すぐにノワールなんて滅ぼされてしまうだろうからな」
「はは、それは言い過ぎですよ。それに俺が敵に回るなんて有り得ないですから」
「言い過ぎでもないと思うんだが……」
シエラさんに視線を移すと、彼女はあんぐりと口を開けていた。
どうやらかなり驚いたらしい。フリーズしている。
……なんにせよ、今度からはみんなを誤解させないように、ちゃんと手加減しよう。
そう心に誓った。





