50・ラッセルは人の話を聞かなかった
収納魔法でアブソーブモグラをおさめてから、俺達はラッセルのもとに戻った。
「持ってきたぞ」
鍛冶場に入ると、ラッセルは「ん?」とこちらを向いた。
「も、もう戻ってきたのか?」
「ああ」
「……まあ仕方ねえ。ルナー坑道はかなり難度の高いダンジョンらしいからな。いくらお前さんでも簡単に攻略出来ないだろう。オレはいつまでも待ってやる。だから慌てなくても……」
あれ?
なんかラッセルの言っていることを聞くと、俺が失敗した前提で話が進んでいるようだが?
「この人、勘違いしているみたいですね……」
こそこそとアリエルが耳打ちしてくる。
せっかくだからと、アリエルとエドラもここまで付いてきたのだ。
……早くラッセルの勘違いを正さなければ。
「あのー」
「お前さんのことは買ってるんだ。ブリスの武器を見る目は確かだからな。そういうヤツこそ冒険者として探索する。お前さんならすぐにルナー坑道を攻略し、アブソーブモグラの骨を持ってくくるだろう」
ダメだ……。
この人、どうやら相手の話を聞かないタイプの人らしい。
職人にはこういう人も多いらしいが……ラッセルはそれが度を過ぎている。全く話が通じない。
「は、話を!」
「ん? どうした、そう声を張り上げて……っと、今気付いたがお前さん。なんか今度はえらいベッピンさんを連れてきてんじゃねえか。お前も隅に置けないな」
俺の後ろにいるアリエルとエドラの姿に気付く。
どうやら話を聞かないだけではなく、周りも見えなくなるタイプらしい。当のアリエルとエドラは困ったような表情をしていた。
しかし二人に目がいったおかげで、ようやく話に切れ目が入った。
俺はこの隙を見逃さず、畳みかけるようにして言う。
「ルナー坑道の攻略を断念したわけではないぞ。ちゃんとアブソーブモグラの骨を持ってきた」
「なに?」
眉間に皺を寄せるラッセル。
「バカ言っちゃいけねえ。オレだって、あそこのダンジョンの危険さは理解しているつもりだ。冒険者共に言ってもなかなか持ってこねえから、オレ一人で挑んだことがあるからな」
「腕に自信があるのか?」
「ああ。毎日剣を打ってるからな。筋肉には自信がある」
「……冒険者の経験は?」
「ない」
ドヤ顔で力こぶを作るラッセル。
見事な筋肉だと思うが、それだけでダンジョンを攻略出来るなら冒険者は苦労しない。
そもそも坑道には毒が満ちているのに、どうするつもりだったというのか……。
「ちなみにどうなったんだ?」
「坑道に入って、三十秒で気を失った。たまたま近くを通りがかった冒険者に救助されたがな」
「二度と止めておく方がいいだろう」
そう忠告するものの、全く懲りてない様子のラッセルを見て、
「……ブリス。この人、本当に大丈夫なんでしょうか?」
とラッセルに聞こえないよう、アリエルが声を潜める。
「腕は確かだ」
「だったらいいんですが……」
「心配」
アリエルとエドラが不安そうな表情を作る。
まあこの調子だったら仕方がないが……。
さっさと話を進めよう。
「アブソーブモグラの骨を見せたら、信じてくれるか?」
「見たらな。だがお前さんもなかなか強情だな。人の話を聞かないったらありゃしない」
「あんただけには言われたくないな」
溜息を吐いてから、俺は収納魔法でおさめていた小型のアブソーブモグラを出した。
数は十体ほどだ。もちろんまだある。
「…………」
ん?
ラッセルがアブソーブモグラを見てフリーズしちまっている。
しかしやがて、これでもかとばかりに目を見開き、
「な、なんだと!? 本当にお前さん達、あのルナー坑道を攻略したっていうのか?」
と声を大にしたのであった。
「だからそうだと言っているじゃないか」
「あ、有り得ねえ……ギルドに依頼を出したのは、二年前からなんだぞ? この二年で誰一人、アブソーブモグラを一体も持ってこなかった。それなのに一気に十体だと……?」
「十体だけではないぞ」
「……?」
「ここには入りきらないと思ったからな。そうだな……この近くで広い場所はあるか」
「近くに寂れた公園がある。あそこなら……」
「もっと大きなアブソーブモグラを見せてやる」
ラッセル、そしてアリエルとエドラと近くの公園まで行き、最後に倒した親玉を見せる。
するとラッセルは「ひええええ!」と腰を抜かしてしまった。
それから再度、ラッセルと工房まで戻ると、
「す、すまなかった! 正直お前さんの腕を見誤っていた。古代竜を倒したといっても、この目で見てなかったからな。まさかこれほどだったとは……!」
と開口一番、謝ってきた。
「別に謝らなくてもいい。それで……だ。これだけアブソーブモグラがあれば、良い剣を作ることが出来るか?」
「お、おう! もちろんだ!」
ラッセルが腕まくりをする。
「しかしすぐには完成しねえ。二週間……いや一週間あれば作ることが出来と思うが。それまで待ってくれるか?」
「もちろんだ。別に急いでないしな」
俺が同意すると、ラッセルは忙しなく動き始めた。
「こりゃあ、忙しくなる……! なんてたって、これだけ素材があるんだからな! この鍛冶師ラッセル。生涯最高の剣を作ってやるから、期待してろ!」
「楽しみにしてる」
「それから……いくらなんでも剣を作るのに、骨は全部いらねえ!」
「とはいっても、多ければ多いほど良いだろう?」
「確かにそうだ。だがこれだけあれば十分だ」
とラッセルはアブソーブモグラを取り分ける。
「残りのアブソーブモグラはギルドに行って換金でもするといい。しばらくは遊んで暮らせるだけのお金が手に入ると思うぜ」
「古代竜討伐の時に山ほど貰ったから、あまりお金には困っていないんだがな」
「だったら——全部は無理だと思うが——食ってみたらどうだ?」
「食う?」
「アブソーブモグラの肉はなかなか美味らしいぞ? 素材の使い道が何通りもあるからこそ、値段が高騰しているんだ」
なるほど、それは良いことを聞いた。
「ありがとう。試してみるよ」
「楽しみにしてろ!」
そう言い残し、俺達はラッセルの工房を後にした。
扉の向こうから、ラッセルが「うおおお!」と気合いの入った声が聞こえた。
「さて……アリエル、エドラ。ラッセルもああ言っていたし、よかったらアブソーブモグラの肉を今からみんなで食べてみないか?」
「い、いいのですか?」
アリエルの問いかけに、俺は首肯する。
「一人で食べるより、みんなで食べた方が美味しいからな」
「食べるの初めて……楽しみ」
表情を変えないエドラであったが、俺は見逃さなかった。
彼女の口から涎がじゅるりと漏れていたのを。
「よし。じゃあ俺がいつも泊まっている宿屋に行くか。宿屋の女将と仲良くなったから、調理場くらいなら貸してくれると思う」
それにしてもアブソーブモグラの肉か……。
ラッセルは美味だと言っていた。どんな味がするんだろう?
今から楽しみだ。
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