46・鍛冶師のドワーフ
あれから少しの日にちが経った。
街は少しずつ復旧してきて、元通りの日常が戻りつつあった。
そんな時、俺は領主のバイロンさんから連絡をもらった。
「どうやら鍛冶師が見つかったみたいだな」
バイロンさんからの手紙を見ながら、俺はそう呟く。
前回俺はバイロンさんに『良い鍛冶師を紹介してくれ』と頼んでいた。
ようやくその便りがきたのだ。
今まで魔王城から持ってきていた適当な剣を使っていたからな。いつ折れてもおかしくなかった。
新しい剣を手に入れることは急務だったので、いい鍛冶師が見つかったようで助かる。
「なになに……『気難しい人だが、腕は確かだ。健闘を祈る』……だって? なんか心配だな」
まあ取りあえず行ってみなきゃ始まらないか。
俺は同封されていた地図を頼りに、鍛冶師がいるらしい場所に向かった。
気付けば、俺はどんどん路地裏に入っていき、いつの間にか日光が射し込まない薄暗い場所にいた。
「本当にこんなところにいるのか?」
しかし……かすかに剣を打つような音が聞こえる。
音楽を奏でるような見事な腕前だ。音だけで分かる。
「期待出来そうだな」
音と地図を頼りに進んでいくと、やがて古ぼけた民家のような建物の前に出た。
どうやらここに良い鍛冶師とやらがいるらしい。
「すみませーん……バイロンさんの紹介で来たんですが」
少し入りにくかったが、勇気を出して中に入ると、
「ああん? お前さんが、領主が言ってた『すごいヤツ』かあ?」
と身長の低い、立派な口髭を蓄えた男が出てきた。
ドワーフだ……久しぶりに見た。
ドワーフ族は人間と比較的仲の良い種族のはずだ。
しかし基本的には彼等は独自の生活圏を持つため、あまり人前に姿を現さない。
そのためつい物珍しく感じてしまう。
「すごいかどうかは知りませんが、多分そのことだと」
「ふん……ただのガキじゃねえか。あの領主が言うから、どんなヤツかと思ったが……とんだ期待外れだ」
ドワーフの男は機嫌悪そうに言った。
「お前さん、名前は?」
「ブリスです。冒険者をしています」
「はっ! 冒険者が敬語なんか使うんじゃねえぞ。舐められっぞ」
まあそう言ってくれるから、それにならうとするか。
「では……バイロンさんから聞いていると思うが、剣を一つ作って欲しいんだが……もちろん報酬は払う」
口にすると、俺の予想に反してドワーフの男は「しっ、しっ」と手を払った。
「帰んな。久しぶりに大仕事だと思ったが、オレにもプライドがある。お前さんみたいな武器のいろはも分からねえようなガキに、剣なんて作らねえよ。適当にそこらへんの武器屋で買いな」
うむ……なるほど。どうやらかなりの職人肌のドワーフらしい。
彼の物言いはかなり失礼なものであったが、俺は不思議と不快にならなかった。
これはあくまで俺の持論だが、職人というものは自分のこだわりが強ければ強いほど良いものを作る。
しかも領主直々の紹介を断ってまで、こだわりを貫き通そうとする人間だ。
変に偉い人にこびへつらうわけでもない。
さらに俺の中で期待感が膨らんでいった。
……とはいえ作ってもらわなければ意味がないがな。
「ん……?」
どうしたものかと思いながら辺りを見渡していると、壁に無造作に置かれていた一本の剣が目に入った。
「良い剣だな」
「なんだと?」
ドワーフの男が訝しむような表情を作る。
「どうしてそう思う?」
「丁寧に研磨されている。素材の加工も匠の技だな。見た目は無駄な装飾がなくて地味だが、そのことが剣の軽量化に繋がっている。もしかして……あなたが作ったのか?」
純粋に素晴らしいと思ったから、言ったまでのことであった。
しかしドワーフの男はニカッと笑みを浮かべ、
「小僧……なかなか分かるじゃねえか。最近の若い冒険者は、でかくて強そうな武器に憧れを持つ。だからそんな地味な剣になんて見向きもしないんだ。それはオレの一番の自信作だが……まさかそれに目を付けるなんてな。ただのガキじゃねえらしい」
と嬉しそうに口を動かした。
そしてさっと手を差し出し、
「オレはドワーフのラッセルだ。まだお前さんのことを認めたわけじゃねえが、話くらいは聞いてやろうじゃねえか」
とようやく名前を名乗ってくれた。
どうやら上手く話が進みそうらしい。
「実は……」
俺は剣を買おうと思った理由、そして丈夫で切れ味が鋭い剣を作って欲しいということをラッセルに伝えた。
「古代竜を倒したという噂は本当だったのか……! 領主から聞いてはいたが、まさかこんなに若い冒険者だと思っていなかったぞ」
ラッセルは目を見開き、驚いているようだ。
「それで……どうだ? 剣は作ってくれるか? なんらさっき手に取った剣を買い取ってもいいが……」
あれなら戦いに耐えることが出来るだろう。
しかしラッセルさんは、制するようにさっと手の平を向ける。
「まあ待て。確かにあれはオレの一番の自信作だ」
「だったら……」
「だが、せっかく領主から言われた仕事だ。生涯で最高の仕事として取りかかりたい。鍛冶師魂に火がついちまった」
ラッセルは言葉を弾ませて言った。
「そうか。それなら助かる。どうせならより良い武器を手に入れたいしな」
「しかし!」
ラッセルさんは声を大きくして続ける。
「一つだけお前さんに頼みがある」
「頼み?」
「ああ。オレが前々から作ろうとしていた剣の設計図があるんだ。理論的には完璧で、素材さえあればそう時間がかからずに作ることが出来るだろう」
「……もしかして、その素材を手に入れて欲しいといったところか?」
「その通りだ。全く、賢いヤツは理解が早くて助かるぜ」
それくらいで良い武器が手に入るなら、安いもんだが……。
「どうやら訳ありのようだな」
俺が言うと、ラッセルは首を縦に振った。
「その素材っていうのが、かなり手に入りにくい場所にある。ルナー坑道の一番深くにいるとされるアブソーブモグラの骨だ」
「その口ぶりだと、アブソーブモグラってのはなかなか厄介みたいだな」
「アブソーブモグラ自体は、一体だけなら大したことはない。しかし……場所が問題なんだ」
「場所?」
「ルナー坑道自体が難しいダンジョンだと言われている。一応ギルドにも依頼は出しているが、たった一人すらアブソーブモグラの骨を持ち帰ったことはねえ」
「なるほどな。そのルナー坑道っていうのは……」
ラッセルから坑道のことを聞く。
……確かになかなか厄介そうなダンジョンだ。
他の冒険者が踏破出来ないのも仕方がない。
しかし行ってみないとまだ断定出来ないが、俺なら問題なさそうにも思える。
「分かった。じゃあその素材を今から取ってこよう」
「有り難い。さすが古代竜を倒しただけのことはある。自信の持ち方が並の冒険者とは違うな」
そんなに褒めてもらわなくても十分だが……まあ今更だ。いい加減慣れた。
「アブソーブモグラの骨を手に入れることが出来たら代金はいらねえ。素材と引き替えに剣を渡そう。それでいいか?」
ラッセルの提案に、俺は二つ返事で承諾した。
ルナー坑道か……一人で行ってもいいが、せっかくだからアリエルとエドラも誘ってみるか。
二人とも、俺に剣技や魔法を教わりたいと言ってたしな。丁度いい機会だろう。
そんなことを考えながら、俺はラッセル鍛冶場を後にした。
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