45・魔王様のお説教
「全く……お主等は……」
魔王は四天王を横一列に並べ、とつとつと説教をしていた。
ただ並ばせているだけではない。
ギザギザの板の上に四天王達が正座の姿勢で座っている。
さらにその太ももには重そうな石が載せられていた……いや、実際に重いのだが。
常人なら一分たりとも耐えられないだろう。
しかし『魔法』の最強格クレアは、ものともしていなかった。それは他の四天王も同様であろう。
これくらい鼻歌交じりで耐えられてこそ、真の四天王と言える。
問題は……。
「ブラッドちゃんがいなくなったのは、千歩……いや一万歩譲って良いとしよう。しかし……それを隠そうとする、お主等の性根が気に食わん。お主達は自分がなにをしでかしたか分かっておるのか?」
かれこれ説教が始まってから、三時間は経過しようとしているだろう。
だが魔王の説教は止まる気配がなかった。
(まだ終わらぬか……ん?)
隣を見ると、『剣』の最強格であるカミラが苦しそうな顔をしていた。
(もしや、載せられている石がきつかったか……? まあ確かに重みで床が沈む程じゃが……いや)
試しにクレアは魔王にバレぬよう、カミラの足裏をつんつんと突いてみた。
「——っ!」
カミラは体内に電流が走ったかのように、小さく震える。
(ほほお……こやつ、痺れをきらしておるな)
本来、四天王の中でも最も身体能力に自信のあるカミラが、この程度を『辛い』と思うのは変な話だ。
ただそれとは関係なしに、単純に長時間の正座が堪えているだけなのだろう。
(ほれほれ)
(こ、殺す……!)
クレアが悪戯少女のような笑みのままカミラの足を突き、一方で彼女は目で殺気を飛ばす。
痛快であった。
しかし。
「そこ! なにをしておる!」
魔王の一喝が飛ぶ。
「魔王様、どうやらカミラはこの説教が『退屈だ』と申しておるようじゃ」
「なっ……!」
クレアの言葉に対して、カミラが目を見開く。
「そ、そんなわけが……!」
「そもそもブラッドがいなくなったのも、全てカミラのせいじゃ。これもカミラがブラッドを厳しく躾けていたため。どうかカミラだけを厳しく罰してください」
「ま、魔王様! 違う! 悪いのは全てクレアだ。クレアだけを!」
「…………」
クレアとカミラが醜く言い争っている様を、しばらく魔王はじっと口を閉じて見つめていた。
やがて。
「他人のせいにするなああああああ!」
魔王が激怒し、二人に雷撃魔法が飛ぶ。
「うおっ!」
「なっ……!」
しかし寸前のところで、二人は体をひねって回避する。
そのまま雷魔法は後ろの壁に直撃し、大きな穴を開けた。
恐ろしい……そもそも魔王城の壁には、いくつもの結界が張られている。クレアでも壁に穴を開けるのは、至難の業であろう。
それなのに……魔王は容易くそれを可能とする。
もし直撃していれば、確実に死んでた。そう断言出来る。
「もう一度言う。今回のことは四天王、お主等全員のせいだ」
魔王はきっぱり言い放つ。
「確かに我はブラッドちゃんの子育てをお願いした。我の後継者として申し分ない実力を付けるため。そしてふさわしい人間になるようにな」
「だが」と魔王は続ける。
「一方で忙しさにかまけて、お主等にブラッドちゃんの教育を押しつけていたことも事実だ。我の責任でもある。そこは反省しよう」
魔王の話に、四天王はじっと耳を傾けていた。
「だからこそ、本当なら我は四天王だけを責めるような真似を極力しとうなかった。聞いた時は思わず声を荒らげてしまったがな。しかし……話に聞いていると、ブラッドちゃんがいなくなった理由は、お主等の仲の悪さも一因しているようだが?」
魔王の言う通り、ブラッドの教育に関して四天王の四人は全く協力するつもりはなかった。
確かに彼は飲み込みが早い。
一を教えれば十を理解し、百返すというのがのがブラッドだ。
だからこそ、教えれば教えるほど急速に成長していくブラッドに対して、いつしか四人は熱を上げてしまった。
「た、確かに……ブラッドが良い子すぎて、つい厳しく躾けていました。本来なら他の四天王とサポートし合いながら、大事にブラッドを育てていくべきなのが……疎かになっていたのかもしれません。そのために四天王の各自が『あれも、これも』と彼のスケジュールなど考えずに、訓練を詰め込んでいたのかもしれなかった……です」
『治癒』の最強格、ブレンダが沈んだ声を出す。
「その通りだ。それに城の雑用もブラッドちゃんに押しつけていたそうではないか」
図星すぎるので、四天王は誰も言葉を返せない。
「そのせいで書類仕事だけではなく、炊事洗濯掃除……あらゆることが疎かになっておる。我の愛した魔王城は、こんなにだらしのないところであったか?」
「……魔王様の言うことはごもっともです。反省しています」
「言葉だけなら、いくらでも言えるがのう……まあガミガミ言っていても仕方がない」
パンと手を叩く魔王。
「今は早くブラッドちゃんを捜しだそう。お主等が心を込めて謝れば、きっと優しいブラッドちゃんなら許してくれる」
「本当に許してくれるでしょうか?」
「……さあな。それくらい、ブラッドちゃんにとっては辛いことだったのだろう。魔王城に戻ってこずに、人間界に居着くかもしれぬ」
「だったら……」
「しかし我はブラッドちゃんの幸せを願っておる。あの子にとって、人間と一緒に暮らす方が幸せなら……仕方のないことだとも思っている」
魔王はそうは言っているが、顔はとても辛そうだった。
今にも泣き出しそうだ。
ブラッドを溺愛している魔王にとって、彼との別れは想像するだけで身を裂かれる思いなのだろう。
「ま、魔王様。一つ質問させてもらってもいいか?」
カミラが手を上げて質問する。
「なんだ?」
「その……もし、ブラッドちゃんがここに戻ってこないとしても、空が暗黒に包まれたりしないか? やけになって世界を滅ぼそうとしないか?」
「なんだ、そんなことを心配していたのか。安心しろ。やけで世界を滅ぼそうとはせんよ」
「よかった……」
「だがお主等にはちょっとしたお仕置きを執行したいと思うがな。それくらいは必要だ」
ちょっとした……だと?
それを聞いて、四天王の顔からさあーっと血の気が引いていく。
……魔王は「最悪ブラッドちゃんが戻ってこなくてもいい」とは言っている。
しかし絶対に帰らせなければならない。そうでないとお仕置きが怖い。
四天王達は心の内でそう誓うのであった。
「さて、これからは建設的な話をしよう。ブラッドちゃんの足取りについて、なにか手がかりはないのか?」
「い、今のところは……はっきりとした情報はないです」
ブレンダが囁くような声量で口にする。
「そうか……」
「し、しかし……人間界で起こった《大騒動》について、引っ掛かりがあります」
「《大騒動》が? それがブラッドちゃんとなにか関係があるのか?」
「一つは私の勘です。ブラッドと関係しているのではないかと。もう一つは……この《大騒動》で人間界に古代竜が出現し、闇魔法のダークバーストが使われたと観測されています」
「なぬ……? ダークバーストだと……?」
それを聞き、魔王は一頻り考える。
「それは気になるな。人間でそんな上級の闇魔法を使える者など、おらんだろうに」
「だからこそ気になるのです。ですが、魔王軍にいたブラッドなら……あるいはと思いませんか?」
「……まだ使えるとは思えないがな。だが、確かに有益な情報だ。調べてみる方がいいだろう」
ブラッドの情報を得て、魔王の顔が少し明るくなる。
「それで……そのダークバーストが使われた地点は?」
魔王の質問に、ブレンダは「まだ不確定な情報なので、もう少し詳しく調べてみる必要はありますが……」と前置きをしてから、こう口にした。
「ノワールという街です」
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