43・謝られるのは慣れていない
クアミア家。
ノワールの領主であり、アリエルの実家でもある。
俺達は馬車に乗り、クアミア家の邸宅に到着した。
そして今……。
「今回のことはなんとお詫び申し上げればいいのか……」
クアミア家の当主であり、アリエルのお父さんでもあるバイロンさん。
俺の顔を見るなり、バイロンさんはそう謝罪をした。
「と、取りあえず、顔を上げてください」
俺は慌てて言うが、バイロンさんは決して顔を上げようとはしなかった。
人に謝られるのはあまり慣れていないのだ……。
四天王のヤツ等は『謝罪』という言葉を知らなかったのか、絶対に頭を下げなかったし。
「アリエルからもなにか言ってあげて!」
「仕方ありません。今回の件は筆頭執事のディルクがやらかしたことです。いくら謝っても謝りきれないのですから」
アリエルの声も、今はどこか暗い。
「とにかく話し合いましょう。まずはそれを止めてください。そうしないと話が進みませんし」
「う、うむ」
バイロンさんはゆっくりと顔を露わにした。
疲れている表情である。前回は髪もしっかりセットされていたが、今日は髪型が乱れているように見えた。
まあ色々と後処理で忙しかったんだろうな。
「そういえばディルクは今、なにをしているんですか?」
ディルクはノワール……そして近辺に《大騒動》を引き起こした。
またさらに、力に溺れて魔石の使い方を誤ってしまったため、最早まともな思考など出来ないであろう。
さっき、紅色の魔石や古代竜に気を取られて、モーガンさんに聞けなかったことだ。
俺が問いかけると、バイロンさんはやっとのことで「そのことだが……」と喋り出した。
「ディルクに関しては現在、ギルドの方で身柄を拘束させてもらっている。今すぐにでも処刑してもらうのが妥当だと思うがな。だが、ディルクからはまだまだ情報を引き出す必要がある」
「当然ですね」
あれ以上ディルクからは、なにか情報を引き出せるとは思えないが……なにもすぐに殺してしまわなくてもいいだろう。
最後に『教団』とか気になることも言っていたしな。
まあ取りあえずの処遇としてはバイロンさんの言った通り、妥当ではないだろうか。
「ディルクがああだったのは、バイロンさん達は知らなかったんですか?」
「君に信じてもらえるか分からないが……創世の女神、ソジナ様の名に誓って今からのことは語らせてもらおう」
ソジナ様というのは、この世界で絶対の存在として信じられている存在だ。
その名に誓うということは、それだけ発言に重い責任が伴う。確か魔王軍に俺がまだいる頃、人間達の文化を教えてもらっている時に言われたことだ。
バイロンさんはとつとつと語り始める。
「ディルクは良き執事だった。仕事もよくやってくれ、腕も立つため私の護衛も兼ねていた。それなのにまさかあんな愚かなことに手を染めているとは……」
「私もです」
バイロンさんの隣に立つ、筆頭メイドのシェリルも同じように同意した。
ふと気になって、アリエルの方も見ていると、彼女も神妙な表情で頷いた。
ディルクはクアミア家からなかなか信頼があっただろう。
だからだろう。
こんなことをしでかして、信頼を裏切られたことに対するバイロンさん……そしてクアミア家のダメージは相当大きいように感じた。
「まさかあのような凶行に手を染めるとは思っていなかったのだ。それらしい素振りも一切見せなかった」
「そうなんですか……」
「しかし部下の不始末は私の不始末だ。それにここで君が私の言っていることを『嘘』だと断定することも、それはもっともなことだろう。どのような処罰でも受けよう」
バイロンさんの言う通り、クアミア家が全ての元凶……と論ずることも可能だろう。
ここからはシビアな話になる。
たとえ俺がここで許しても、王国は許さないかもしれない。最悪クアミア家の爵位が消滅してしまうかもしれなかった。
だが。
「俺はいいですよ。あなた達とディルクが繋がっていたかどうか、正直俺にはよく分かりません。だけど今はアリエルを信じます。彼女のことなら信頼していますから」
急に自分の名前が出たからなのか、アリエルはハッとして俺の顔を見る。
しかしそれも一瞬で、すぐに嬉しそうな顔になった。信頼している……という言葉は彼女にとって、それほど嬉しいことだったのだろう。
「俺があなたの処遇を決めるというのもおかしな話です。部下の不始末は上司の不始末……という考え方はごもっともなことですが、あなた達の行く末を決めるのは王国です。俺が勝手なことは出来ません」
そしてここからは俺個人の考え方ですが……と前置きをしてから、バイロンさんに話を続ける。
「そんなことよりも、これからのノワール。そして周辺地域復興へ力を尽くしてもらいたいところです。それが償いだと思いますから……」
「う、うむ。それはもちろんだ。それにしても、ブリスよ。しっかりした考えを持っているのだな。そしてなんという慈悲深い男なのだ……」
「ただ」
最後に俺はこう忠告する。
「あなたが変な動きをした場合、今度はこういう訳にもいかないかもしれません。これからの働き方に期待します」
「う、うむ。肝に銘じておく」
いくら知り合いでも、悪いことをしたらきっちり償いをしてもらわなければならない。ただでさえバイロンさんはノワールの領主。ここで甘いことをしてしまえば、領主に不信感を持つ領民も出てくるだろう。
しかし一方で、先ほど言ったようにそれは俺が決めることではない。
まあこれについては、後々動きがあるだろうし、なによりアリエルのお父さんだ。
責任を取らず、逃げ回るなどという愚かな真似はしないだろう。そう信じたい。
「ブリスは優しいですね。本当にありがとうございます。わたくし……あなたを失望させないように、これからも頑張りますね」
「そ、そうか?」
アリエルがうっとりした顔になる。
アリエルとしても、クアミア家がどうなるのかは気にかかっていたことなんだろう。
「あっ、そうそう」
こういう雰囲気は苦手だ。
ゆえに話を換えようと口を動かす。
「この邸宅には地下室があると聞きましたが……」
「その通りだ。元々は部下達の訓練場として使っていたのだがな。しかし老朽化も激しくなってきて、今となってはただの倉庫のようになっている」
「そこを使わせてもらえませんか? 古代竜の死体を、出来る限りそのままの状態で保管しておきたいので」
「それはもちろん、協力させてもらうが……あのような巨大な竜、どうやってここまで持ってくるつもりなのだ」
「それについては俺の方でなんとかするので」
「……?」
バイロンさんが疑問を浮かべる。
実際は収納魔法で持ってきたわけだが……それをいちいち説明するのも面倒臭い。
十中八九、いつものように驚かれるだろうしな。反応が予想出来た。
「後、もしよかったら腕のいい鍛冶師を紹介してくれませんか?
「それはお安いご用だが……? どうしてだ」
「剣もボロボロになってきましたからね。買い換えたいんです」
「心得た。すぐに探してみる」
よし、これで言いたいことは全て伝え終わったな。
「じゃあアリエル、地下室まで案内してくれるかな」
「は、はい!」
その後、俺達は地下室まで行き、古代竜の死体を置いてから再び同じ場所に戻った。
「ブリス様」
戻ると、メイドのシェリルが俺の名前を呼んだ。
「どうかしたか?」
「ギルドからの呼び出しです。おそらくディルクのことかと」
ディルクか……。
戦い当時はまともに喋れる状態ではなかったが、ちょっとはマシになったのだろうか。
「そうか、ありがとう。アリエルも一緒に行こうか」
「もちろんです!」
シェリルに背を向け、クアミア家を後にしようとすると……。
「あ、あの」
「ん?」
「あ、ありがとうございました。あなたが寛大なお方で、クアミア家は救われました。その……私、ここのメイドじゃなくなったら、どこにも行くところありませんし……あなたには本当に感謝しています」
「ああ……それについては大丈夫だ。何度も言うが、俺が決めることでもないからな。それにあなたほどキレイで仕事の出来る人でしたら、いくらでも働き先は見つかりそうだが?」
「あ、ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえて嬉しいです!」
とシェリルは花のような笑顔を浮かべた。
機嫌が良くなったように感じた。
なんか良いことでもあったのだろうか?
「また……そんなこと言う。だからあなたは、女の子からモテるんですよ」
「モテる? なに言ってんだ、アリエル」
「なんでもありません。忘れてください」
やっぱり……キレイだなんて、慣れないことは言うものでもないな。強くそう思った。
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