42・古代竜の検分
ノワールの森に着くと、人だかりが目に入った。
「あそこか」
「行きましょう」
アリエルに手を引っ張られて、そこまで向かう。
どうやら古代竜は森の入り口に落ちたらしい。
人だかりの中央には巨大な古代竜が横たわっていた。
今更だが、よく倒せたものだな……。
「誰か知り合いは……」
きょろきょろと辺りを見渡していると、
「おっ、ブリスじゃねえか。体は無事なのか?」
男の人に声をかけられる。
あれは……ノワールの冒険者ギルドのマスター、モーガンさんだっけな。
「はい、おかげさまで」
「そりゃあなによりだ。なんてたって、この街の英雄だからな。お前になにかあったとなったら一大事だ」
肩をすくめるモーガンさん。
「ただでさえ、《大騒動》騒ぎもあって大忙しなんだしな。病み上がりで申し訳ないが、お前さんの力を借りたい」
そう言って、今度モーガンさんは古代竜に視線を移す。
「どうですか、古代竜は」
「損傷は酷いが、比較的キレイな状態で残っている。大型モンスターなんか出ちまったら、激戦の末に肢体がボロボロになってしまうものなんだがな。いかに、お前さんがすごいかよく分かるよ」
まあ古代竜が出てきたにしては、短時間で戦いを終わらせることが出来た。
普通なら三日三晩は戦いっぱなし……ということを、ノワールの文献で読んだことがある。それくらいの基準なのだろう。
まああの時は、ディルクと戦ったこともあって俺も疲れていた。
単純に長期戦を避けたかったという側面もあるが……。
「ん?」
そこで俺は気付く。
「モーガンさん。古代竜の額に赤く光る魔石が取り付けられていませんでしたか?」
古代竜の額を見ると、紅色の魔石があったところにぽっかりと空洞が出来ていた。
「ああ……それだったら」
「それは小生から説明しよう」
モーガンさんの後ろから、ひょこっと兎耳を生やした女の子が現れた。
獣人族か。
「魔石は外させてもらったよ。分析に必要だったものでね。もっとも、外すのもなかなか一苦労だったが……他の冒険者の力も借りて、なんとか取り外すことが出来た。それで魔石についてだが……」
「あ、あのー……失礼ですが、お名前は?」
「ああ、すまないすまない。小生の名はベティと言う。ノワールで魔法研究家をやっているよ。以後お見知りおきを」
と兎耳の女の子……ベティさんは手を差し出してきたので、俺も名前を名乗りつつ握手をする。
「魔石は今、どこにあるんです?」
「ここだ」
ベティさんは着ている白衣のポケットから、魔石を取り出した。
妖しく赤色の光る、紅色の魔石だ。
「この紅色の魔石がノワールを……」
「紅色の魔石……」
ベティさんはそれを聞いて、何故か納得したように頷く。
「なかなか良い名だ。名前など付けていなかったが、便宜的にそう呼ばせてもらうよ。さて、これは君も察しが付いていると思うが……紅色の魔石は魔物を活性化させ、そして強化する効果を持つ」
とベティは言う。
「だが、まだ分かったことは少ない。もう少し時間がかかりそうだ。そこで君に問いたい。君はこの紅色の魔石について、他になにか知っていることはないか?」
「そうですね……ベティさんは紅色の魔石を『魔物』を強化する効果を持つ、と言っていましたがどうやら魔物だけではないみたいなんです」
「なんだと?」
俺はディルクのことを彼女に話す。
彼は紅色の魔石から力を得て、本来なら有り得ない力を引き出していたと。
その結果、力に溺れて普通の人間に似つかわしくない姿に変貌してしまったこと。
話し終えると、ベティさんは「ふむふむ……実に興味深いね」と何度も頷いた。
「君の言うことが本当なら、まだまだこの紅色の魔石には謎が多いようだね。果たして小生の力だけで、全てを解明出来るのか……」
「おいおい、ベティ。情けないことを言うなよ」
俺とベティさんが話していると、横からモーガンさんが口を挟んできた。
「そうは言ってもだね」
「元Aランク冒険者の魔法使いじゃねえか。今は一線を退いて、研究に集中しているとはいえ……その力はまだ鈍ったわけじゃねえだろ?」
「鈍る? はっ! 小生に限ってそれはないね。だが、紅色の魔石はそんな小生でも、深奥が見えないくらいに不気味ということだ。そう慌てないでくれたまえ」
元Aランクだったのか……。
それにしてもベティさんとモーガンさんは仲が良さそうだった。長い付き合いなのだろう。
「まあこの紅色の魔石については、小生が預からせてもらうよ。それで問題ないかね?」
「はい、もちろんです。あっ、ゴブリンマスターを倒した時も、同じような魔石を見つけましたよ。それはギルドに預けていますが……」
「それなら話を聞いている。だが、魔石としては古代竜に取り付けられていた方が上質なものだね」
「そうなんですか?」
「ああ。紅色の魔石にも、強さの上下があるということだろう」
ますます謎が深まるばかりだ。
しかし分析に関しては、ベティさんに任せておけばいいか。
ゴブリンマスターに取り付けられていた魔石は俺も分析したが、ベティさん以上のことは分からなかったしな。
こういうのは専門家に任せておくのが一番だ。
それよりも……。
「次は古代竜だな」
古代竜の死体に視線を移す。
「まるで今すぐにでも動き出しそうですわね」
「だな。だが、死んでいるのは間違いない。そこは抜かりなくやっているから」
心配そうにするアリエルに、俺はそう説明する。
「古代竜が現れたのは、紅色の魔石に操られたからとして……一体こんなもの、どこにいたんでしょうか? ディルク一人で古代竜を見つけ、さらに魔石を取り付けることなんて出来ないと思いますが……」
モーガンさんにそう質問する。
「うむ。それについては調査中だ。ブリスはなにか心当たりはないか?」
「ない……ですね。古代種なんて、なかなかお目にかかれるものでもありませんから」
古代竜自体、数は少ないがたまに出現することがある。
しかしヤツ等は『竜邪の谷』といった秘境で隠れ住んでいることが一般的だ。
古代種は魔族と似てて若干の知性があり、事を荒立てたくない性分なヤツが多い。
……なんてことを、四天王のヤツ等と『旅行』に行った時に、よく聞かされていたものだ。
あの時は大変だった。
『古代種を倒しに行くぞ!』
とクレア姉が言って、俺達はわざわざ付き合わされた。
もっとも嫌々だったのはどうやら俺だけで、他の三人はノリ気であったが……。
「どうしました、ブリス? 苦い顔をしていますが」
「な、なんでもない」
いかんいかん。
四天王のことを思い出したら、つい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
気をつけなければ。
「ですが、この古代竜……どうしましょう? まずは解体が必要になりますわよね。これだけ大きければ解体にも時間がかかりそうですが……」
「いや、出来ればなるべく解体はして欲しくない。せっかくの古代種だ。色々と分析もしたいからな」
「その通りだ」
アリエルの問いに、モーガンさんとベティさんが順番に答える。
「とはいっても、ここに置いておく訳にはいかないでしょう?」
「それはそうだが……」
「場所なら、クアミア家の地下室ならどうでしょう。これくらいなら、なんとか一体は入りそうですが」
「なに? それは本当か?」
「はい」
アリエルが頷く。
しかしモーガンさんはまだ悩んでいるようで、
「だが、ダメだ。このまま移動させる手段がねえ……」
「確かにその通りですわね」
うーんうーんと、アリエルとモーガンさん、ベティさんが揃って頭を抱えた。
しかし。
「移動だけなら心配しなくていいですよ。収納魔法を使いますから」
俺は古代竜に手をかざし、収納魔法を発動した。
「あっ、古代竜が消えました!」
アリエルが目を見開く。
それは周りの人達も同じようで、驚きの声を上げていた。
「消えたわけではないぞ。ほら」
今度は古代竜を収納魔法から引っ張り出す。
消えたと思ったら、またすぐに現れる古代竜を見て、他の人達は驚きを通り越して混乱しているようであった。
「お、お前!? 収納魔法が使えることは他の連中から聞いていたが、こんな大きなものまで収納出来たのか?」
「はい。まあ魔力をごっそり持って行かれますし、あまりしたくはありませんが」
しかしクアミア家に行くまでの移動時間なら、十分魔力は足りるはずだ。
この方法で地下室とやらに持って行けばいい。
「だが助かる……! もう少し見分を済ませてから、クアミア家に古代竜を保管してもらってもいいか?」
「分かりました」
どちらにせよ、クアミア家の邸宅には一度行かなければならないと思っていた。
ディルクは元々あそこの執事だった。
そいつが裏切ったのだ。大なり小なり、今クアミア家は騒ぎになっているだろう。
色々と話を聞かせてもらう必要がある。
……というわけで次に俺達は、クアミア家に行くことになった。
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