35・ディルクの真意。教団
その場でしゃがみ、黒こげになっているディルクの言葉に耳を傾ける。
「た、助けてくれ………このままじゃ死んじまう。私はここで終わっていい人間ではないのだ……」
「これだけのことをしでかして、まだそんなことを言うのか」
俺の炎魔法に直撃したディルクは、最早死に体だ。このまま放っておけば、そう遠くない内に死に至るだろう。
「だが……お前にはまだ利用価値がある」
しかし俺は彼に手を当て、治癒魔法を発動した。
「わ、私を助けてくれるというのですか……?」
ディルクの戸惑いの声。
「助ける? なにを勘違いしているんだ」
こいつにはもう生きる価値はない。
自分の身勝手な欲求のために、周辺に《大騒動》を引き起こした彼は、相応の罰を受けてもらわなければならなかった。
しかし……ディルクにはまだ利用価値があることも事実だ。
紅色の魔法石についてもどこで手に入れたのか、それとも自分で生成したのか。
俺には分からないことが多すぎた。
それを知らず、感情のままにここでディルクを殺してしまうのは悪手だろう。
「お前にはまだ聞きたいことが山ほどある。それを全て聞かせてもらってから、司法の手によって裁かれろ」
こいつの言うことが本当ならば、今ノワールでは《大騒動》が起こっている。
ならば彼から情報を引き出し、魔法石の効力を停止させなければならないのだ。
その証拠に俺はギリギリ、ディルクが喋れる範囲の治癒に留めていた。
「言え。どうすれば《大騒動》を止めることが出来る?」
ディルクに問いかける。
すると彼は枯れた声で。
「も、もう誰にも止めることは出来ない……一度魔法石が発動してしまえば、完全に破壊するまで、その効力を発揮し続けることになるのです。ノワール……そして世界は破滅へと向かうでしょう」
「それは本当か?」
「ほ、本当だ……ここで嘘を吐いても、仕方がない……」
ディルクの瞳をじっと見る……どうやら嘘は吐いていないみたいだ。
これからのことを考えると、少々厄介だと思った。しかしこのパターンも想定していた。
今から俺はそして周辺の村や街まで行って、魔物を片付けながら魔法石を壊す必要が出てくる。見捨てることは、とてもじゃないが出来ないからだ。
さらにその足でノワールにも戻らないといけない。
それまでアリエル達が持ちこたえてくれると思うが、心配だ。出来る限りノワールへは早く帰る必要がある。
正直……体が何個あっても足りないと感じた。
「ディルク。ならばお前はどうしてこのような惨事を引き起こした? その様子なら、紅色の魔法石は自由に魔物を操れるものでもないだろう」
そうでなければ、ディルクの意志によって、魔物を退かせることも可能だと思ったからだ。
しかしそれが出来ないということは……紅色の魔石は、ディルクでも完全に制御出来るものではないということだ。
「ただ周辺を混乱に陥れたかった……ということなのか?」
「……そうです」
ディルクは痛みに苦しみながらも、ゆっくりと語り始めた。
「穢れたものは、一度全部滅んでしまえばいい。そして……崩壊した街に我等……教団が訪れる。そうなればもうやりたい放題です。ノワールを支配し、そしてゆくゆくは世界を……」
「どうやらお前の背後には、なにかがいるみたいだな」
「…………」
訊ねるも、ディルクから答えが返ってこなかった。
ちっ……教団とやらの存在を聞くのは、少し時間がかかりそうだ。
このことは後にしよう。情報収集の優先度を付けなければ、時間が足りなくなってしまう。
「それだけが理由か?」
「あ、あとは……実験の意味合いも強かった。紅色の魔法石で、どこまで街を壊滅し人を殺すことが出来るのか……という」
「相変わらずお前はつくづくクズだな」
正直今ここで殺してやりたい。
しかし教団とやらも気になるし、それは悪手だ。まだまだこいつには喋ってもらうことがある。
とはいえ。
「すぐにノワールに帰らなければならない。お前と悠長に喋っている時間も今はないからな」
「一体なにを……」
「少し常闇でゆっくり眠っておけ」
収納魔法でディルクをおさめる。
収納魔法はなにもモノや死体だけをおさめられるわけではない。応用を利かすと、このように人間を収納することも出来るのだ。
とはいえ、人一人を収納するだけでも魔力を持っていかれる。
さらに収納魔法でおさめられた人間は、暗い空間に閉じ込められることになってしまう。
一度『魔法』最強格、クレア姉が特訓だと称して俺に収納魔法を使ったが……あの時は死ぬかと思った。
たった五分だけだったが、精神がやられてしまいそうになったのだ。
「間違っても、味方には使えないな」
敵のディルク相手だからこそ使える業だ。
「まあ今はそんなことを考えている場合じゃない。すぐにノワールに戻るか」
地面を蹴って、ノワールに向かって駆け出す。
しかし一分一秒が惜しい。
自分の体に身体強化魔法をかけた。
魔力が持っていかれるのはきついが……贅沢は言ってられない。これなら真っ直ぐ行けば、四時間もあればノワールに着くはずだ。
しかし……《大騒動》は周辺の村や街にも発生しているという。
出来る限り立ち寄って、魔石を無効化しておきたい。
それらも計算に含めて、アリエル達を先にノワールに戻らせたのだ。
なので……もう少し時間がかかることにはなる。
しかし今は俺のやれることをやるだけだ。余計なことを考えなくてもいい。
「間に合ってくれよ……!」
ノワールのことを思いながら、俺は必死に走った。
◆ ◆
しかしその心配は無用なものになった。
道中、いくつかの街や村に立ち寄ったが。
「魔物が……片付いている?」
魔物に滅ぼされた場所は一つもなかった。
それどころか魔物もあらかた死んでいて、《大騒動》が治まっているようであった。
嬉しいことではあるが、同時におかしい。
その場所の冒険者等で対処しきれなくなったから《大騒動》が起こっているのだ。
そう簡単に片付けられるものとは思えないが……。
時間がないので詳しい聞き取りは出来なかったが、何人かの村人にも聞いてみた。
しかし彼等は口を揃えて、
『救世主様が現れてくれた。若く美しい女性であったが、その者は剣を振るい、あっという間に魔物を殲滅してしまったのだ』
と語っていた。
「若く美しい女性……? それに剣……」
それだけを聞いて、カミラ姉の顔を思い浮かべるが……まさかな。
彼女は人間のことが嫌いだった。わざわざ人間の集落を救うほど、酔狂ではないだろう。
もしその『若く美しい女性』という者が全て同一人物なら……行く先々で村や街を救う、お伽噺の勇者のような人間も世の中にはいるものだな。
「いつか会ってみたいものだ」
しかし、ならば予定よりも早くノワールに帰ることが出来る。
正直助かった。
俺はまだ見ぬ人物に思いを馳せながら、再びノワールへと急いだ。
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