34・魔王からは逃げられない
ディルクは腰に差していた剣を抜き、持っていた魔石を柄に取り付けた。
そして地面を蹴り、俺に襲いかかってくる。
「力の違いに絶望しなさい」
剣を振るう。
対して俺も剣を抜き、相手の攻撃を難なく受け止める。
「遅いな。それに力もない」
パリイして、ディルクを遠ざける。
「まだまだぁ!」
するとディルクは四方八方から斬撃を繰り出し、俺を八つ裂きにすべく、さらに速く剣を振るった。
しかし……この程度では俺に傷一つ付けることすら出来んぞ?
俺は一つの取りこぼしもなく、剣を弾いていく……だが、徐々にディルクの動きが速くなっていく?
おかしい。手加減しているにしては、あまりにも不自然な速度の上がり方だ。
俺は一旦バックステップでディルクと距離を取り、彼を注意深く観察した。
……なるほどな。
「剣に付けられている魔石……それによって、お前の身体能力を向上させているのか」
ディルクの持つ剣の柄の部分に装着されている紅色の魔石。
ゴブリンマスターの額、そして渓谷で見たものと同じく、禍々しい光を放っている。
俺が指摘すると、
「その通りです。この魔石は魔物を操ることしか出来ない……そう思っていましたか? こういう風にして使うことも出来るんですよ」
余裕ぶった表情でディルクが答えた。
「なかなか応用の利く魔石のようだな。しかしそのちっぽけな魔石に頼ることでしか、俺と戦うことが出来ないのか? 随分と臆病なようだ」
「くくく。分かりますよ。そう口では言ってるものの、あなたが私に怯えていることを」
「俺がか?」
「まだまだ魔石の真価は発揮していません。覚悟するといいでしょう」
そう口にして、さらにディルクは剣を振るう速度を速くした。
だが……。
「まだ遅いな」
俺は冷静に相手の動きを見きり、ことごとくディルクの攻撃を打ち落としていった。
「くっ……!」
そこで初めてディルクの表情が歪んだ。
「舐めるなっ!」
さらに紅色の光が増していく。
その光はディルクを包み、やがて彼の姿が魔物のように変貌を遂げていった。
「ははは! これが全力の魔石の力か! 私は手に入れた! 世界を我が手にする力をな!」
肌が赤黒く変色し、最早彼を見て『人間』だと判断出来る者は誰一人いないだろう。
瘴気が体から発せられている。
どす黒い眼窩がゆっくりと俺に向いた。
「力に溺れたか」
なるほど。
確かに魔石の力はなかなかのものだ。ただの平凡な人間をここまで変えてしまうとは。
ゴブリンキングをゴブリンマスターに変異させた力は、人間にも有効だったのだ。
しかしそれは反面、人間を捨て魔物と成り下がることを意味する。
彼は人間を止めてでも、全てを手に入れるための力を欲したのだ。
「あまりにも愚かだ」
力など手に入れても、その手ではなにもつかむことは出来やしないだろうに。
「俺が愚かなお前を供養してやる。全力でかかってこい」
「がああああああっ!!!」
まるで獣のような雄叫びを上げながら、ディルクが俺に向かって疾走してくる。
しかし。
「お前の全力はこの程度か?」
俺は片手で剣を握り、ヤツの攻撃を全て弾いた。
「な、なんだと……!?」
その時、彼の顔から余裕が一瞬消えたのを俺は見逃さない。
「だ、だが! これではまだ終わらない!」
一旦俺から離れるディルク。
手をかざす。邪悪な魔力が奔流していった。
「フレイムバースト!」
ズゴォオオオオオオン!
轟音。
俺を中心に大爆発が起こった。
「ははは! 私に逆らうからいけないのだ! 傅けば、奴隷として手元に置いてやったもの……を……?」
調子よく笑っていたディルクであったが、やがて煙が晴れると表情を一変させた。
「なんだ? 随分と涼しい炎だったな」
姿一つ変わらない俺を見て、ディルクは愕然とする。
ふう……いくら魔石によって力を向上させたとしても、この程度か。
そもそもからしてディルク自体が大した使い手ではなかったためだろう。
「偉そうにするから、どれくらい強いのかと興味があったが……正直、ガッカリだ。俺はお前より速い斬撃を見たことがあるし、この程度がそよ風と思えるほど強力な魔法を浴びたこともあるぞ?」
四天王のヤツ等を思い出す。
出鱈目な力を持ったヤツ等に鍛えられることによって、いつの間にか俺は人間の中で破格の力を持つまでにいたったらしい。
あいつ等が規格外すぎるせいで、自分のことを弱いと思っていたが……やれやれ。まさかヤツ等に感謝することになるとは。
この愚か者に制裁をくわえる力を身に付けられたことをな。
「あ、あ、あ……!ば、化け物!」
「お前にだけは言われたくなかったがな」
ディルクは見る見るうちに、戦意を失っていった。
「くっ……!」
そんな彼の足下に魔法陣が現れる。
「今回だけは見逃してやろう! しかし世界の終焉はもう始まっているのだ。もう誰も止められん!」
あれは……転移の魔法陣か?
どうやらディルクが他に持っていた、他の魔石で転移魔法を発動させているらしい。
転移の魔法石は大変高価なもので、一度使用すれば二度と使えなくなってしまう代物。
あんなものまで隠し持っているとは。
「勝てないと分かって、それで逃げるつもりか——しかし」
手をかざし、魔法陣に介入する。
改竄……内容は魔法陣の『無効化』。
「なっ……! どうして発動しない!」
「そんなことも分からないか」
転移魔法を封じられたことによって動揺するディルク。
すかさず、俺は彼に向かって炎魔法を放った。
「があああああああ!」
彼に直撃し大爆発が起こる。
絶望し、傷を負った彼では最早逃げる力すら残っていないだろう。
「こういう言葉を知っているか?」
倒れ伏せているディルクに近寄り、俺はこう続けた。
「魔王からは逃げられない」
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