32・執事の陰謀
「……なんのつもりだ。何故今、アリエルを殺そうとした」
俺がそう質問すると、ディルクの口角がニヤリと吊り上がった。
「あーあ、バレちゃいましたか」
ディルクは髪を掻き上げると、まるで別人のように邪悪な笑みを浮かべた。
「ディ……ディルク? 一体あなたはなにを?」
アリエルは状況をつかめていない。混乱しているようだ。
そんな彼女に対して、ディルクは「くくく……」と笑いを零して、
「その方の言った通りですよ。私はあなたを殺そうとした。アリエルをね」
「そんな……どうして……あなたがそんなことを!?」
「これだから平和ボケのお嬢様は困ります。冒険者になっても、なにも変わっていないんですね」
ディルクの言葉に、アリエルは言葉を失っている。
今度、ディルクは俺へと視線を移し。
「それにしてもよく分かりましたね? 完全に油断させたと思っていましたが。私のことが信用出来なかったですか?」
「先ほども言った通り、血の匂いが酷い。ここに来るまでに何人か殺してきたか?」
「……殺意も限りなく消したつもりでしたが」
「消した? バレバレだったぞ。隠すつもりなら、もっと上手くやるんだったな」
俺はアリエルとエドラを一歩退かせ、ディルクをそう挑発する。
「ちっ……」
彼は舌打ちし、顔を歪める。
「もっと上手くやれると思ったんですけどね……アリエルだけではなく、ここであなた達全員を素早く殺すつもりでした。
そしてご主人様には、こうご報告するつもりです。『アリエル様達はノワールに帰る途中、魔物の大群に殺されてしまった!』……ってね。
どうせ涙の一つでも流して、悲劇の執事を気取っていれば騙されてくれるでしょう。もし騙されなくても今度はバイロンを殺せばいいだけ。どっちでもいい。
何故なら……どちらにせよ全員殺すつもりでしたから」
「お前はなにが目的だ?」
どうしてアリエルを殺そうとしたのか。
疑問が残る。
「それは今からここで死ぬあなたには関係のない話です」
先ほどまでとはうって変わって、ディルクはこれっぽっちも殺意を隠そうとしていなかった。
「アリエル、エドラ。先に戻っててくれるか?」
「で、でも……」
「ブリス一人にはしてられない」
俺は言うが、二人とも覚悟を決めて戦うつもりのようだ。
「……いや。こいつの言っていることが本当なら、ノワールで大規模な《大騒動》が起こるだろう」
「ただの戯言では?」
「その可能性もあるが……先ほどの魔石の件も合わせて、一つの仮説が浮かび上がってくる。俺の想像通りなら、一分一秒も惜しい。こいつは俺一人で片付ける。だから……ここは俺を信じて、先にノワールに帰ってくれ」
「……分かりました」
少し悩んだ素振りを見せながらも、アリエルは胸の前でぎゅっと手を握った。
「ですが、すぐに追いついてきてくださいね。ディルクの言っていることが本当なら、わたくし一人では対処出来ませんので……」
「ブリスの力が必要」
「無論だ」
そう言って、アリエル達は馬車に乗り込もうとする。
だが。
「ここで見逃すとでもお思いですか?」
ディルクから紅色の光が発せられる。
右手には渓谷にあったものと酷似している魔石が握られていた。
そこから禍々しい魔力が発せられ、
「ダークネスアロー」
邪悪な闇色の矢がアリエル達に発射された。
その速度が速すぎたためか、二人は反応しきれていない。
「この程度で止められるとでも思ったか?」
しかし俺はアリエル達に刺さろうとする矢を、素手でつかんで制止させた。
「アリエル、エドラ! 後は頼んだぞ! 馬にかけられた速度上昇の支援魔法はノワールにつくまでだったら継続している。急いでノワールに戻ってくれ!」
馬車から顔を出したアリエル、そしてエドラが頷き、馬車が急いで発車した。
ディルクはそれを止めようとするが、俺が前に立ち塞がってそれを制する。
……よし。なんとかアリエル達を離脱させることが出来たな。
「やれやれ……本当にあなたがいると、計画が狂いますね。ゴブリンマスターの時と同様に」
ディルクが呆れたように肩をすくめる。
「さて……洗いざらい喋ってもらおうか。まず俺の仮説を言う」
彼と対峙し、俺は意識的にゆっくりとした口調でこう続けた。
「まず、どういう方法かは知らないが、ゴブリンマスターの額に取り付けられた魔石。そして渓谷の一つ目トロールの魔石。この二つを用意したのはお前だな?」
「…………」
ディルクは俺の話に耳を傾けるだけで、口を開かない。
「その手に持っている魔石が証拠だ。そして魔石を使用することによって、この周辺一帯に《大騒動》を引き起こした。一つ目トロールのことを思い出す限り、その魔石ではそういったことも可能なんだろう」
魔石から発せられる魔力によって、魔物を手繰り寄せ、操ることが出来るのだ。
こいつの口ぶりからするに、その可能性が高い。
「その魔石をどうやって手に入れたかは分からない。しかし……もう一度問う。どうしてこのようなことを引き起こした? お前は一体なにが目的だ?」
答えてくれるものとは思っていなかった。
しかしディルクは「くくく……」と自分の顔に手を当て、
「驚きました。まさかここまで辿り着くとは」
と答えた。
「全て正解です。魔石の力を利用し、私は《大騒動》を引き起こした。その理由は……世界を我が手におさめるため」
「世界を我が手に? 世界征服か。そんなことがちっぽけな人間一人で出来ると思っているのか?」
「はっ! あなたの言う通り、私一人の力だけでは不可能でしょう。しかし私にはこの魔石がある!」
紅色の魔石が高々と掲げられる。
「《大騒動》など起こすとなると、人がたくさん死ぬぞ。そんなお前だけのワガママでこんな残酷なことを……」
「ワガママ? 残酷? 違いますね。私は選ばれた人間なのです。人間だろうが魔族だろうが、私にとっては邪魔な虫けらのような存在です。みんな、私の前でひれ伏すがいい!」
「驚いたな。まさかこれだけクズだったとは」
人は魔族のことを『残酷』だとか言う。
しかし……この目の前の人間は、今まで見てきた者の中で最も邪悪な心を持っていた。
俺が尊敬する魔王は無駄な殺生はしない。
このように《大騒動》をわざと起こし、無差別のなんら罪のない人間など殺したりしないのだ。
それは四天王のヤツ等も同じであった。
「どうして私がこれだけペラペラ喋ったと思いますか?」
ディルクが言う。
「アリエルは逃しましたが、一対一なら絶対にあなたに勝てると思っているからですよ。魔石の力、今からとくと見せてあげましょう」
「ふう……」
息を吐く。
このような身勝手なことをした人間に怒りが湧いてくる。
しかしこんな時に限って、あの四天王のカミラ姉の言葉が頭に浮かんだ。
『ブリス。戦いの最中はいつでも冷静でいる必要がある。怒りに駆られて、剣を振るっては良い結果を生まないだろう』
深呼吸をして気を落ち着かせる。
「そういえばお前。先ほど『私の前でひれ伏すがいい』と言っていたな」
「ああん?」
ディルクが訝しむような表情を作る。
魔王はこいつのような愚かな人間を、決して許しはしなかったな。
魔王の顔を思い出すと、自然と力が湧いてきた。まるで自分が魔王と一体化したみたいだった。
……自信を持て。
あの魔王のようにな。
俺は頭の中で魔王と自分を重ね合わせながら、ディルクにこう告げる。
「ひれ伏すのはお前の方だ。魔王の御前だぞ」
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