27・冒険者になった理由
「ふうー……湯あたりしてしまったな」
隣でアリエルとシェリルがなにを話しているのか気になって、あれから随分と長い間湯に浸かってしまった。
そのせいで頭がぼーっとする。
俺は風呂から上がって、これまた広いバルコニーまで出てきていた。
夜風が気持ちいい。見上げると満天の星空が広がっている。
俺はバルコニーの柵に腕をかけ、体を冷やしていた。
「ブリス……?」
急に後ろから名前を呼ばれる。
振り返ると……。
「アリエル。どうしたんだ、こんなところに」
お風呂上がりのアリエルが立っていた。
「それはこちらの台詞ですよ」
クスクスとアリエルが小さく笑う。
「湯あたりしてしまってな。良い湯だった。そのせいで長く風呂に入りすぎてしまったみたいだ」
「ブリスもそんなミスをするんですね」
ミスの原因は『良い湯だった』というだけではないのだが……言えるはずもない。
「ねえ、ブリス。お隣いいですか?」
「ん……ああ。もちろんいいぞ」
「では失礼しますね」
アリエルが俺の隣に立つ。
シャンプーの香りが鼻梁をくすぐる。
アリエルのキレイな髪が微かに濡れていて、普段とは違った雰囲気を醸し出していた。
なんだか落ち着かない……。
「な、なあ。アリエル」
「なんでしょうか?」
沈黙が耐えきれなくなって、気付けば俺から口を開いていた。
「その……言いたくなかったらいいんだが、お父さんとなにを話したんだ?」
「……!」
「あ、すまん。言いたくなかったら本当にいいんだ。だがなんとなく気になって……」
なんで俺はこんなことを聞いてしまったんだろう。ジワジワと後悔の念が湧いてきた。
しかしアリエルは少し言いにくそうにしながらも、
「……ブリスには隠し事を出来ませんね」
と切り出して、とつとつと語り始めたのだ。
「わたくし、実は冒険者になる時にお父様から止められてまして……」
「まあ、だろうな。一人娘なんだろう? 親御さんとしては娘が冒険者なんて危険な職業に就いたら、心配になるのも仕方がない」
俺が問うと、アリエルがコクリと頷いた。
「でもわたくしが無理矢理に冒険者になってしまったせいで、お父様とちょっとぎくしゃくしているんです。きっとお父様はわたくしのことが嫌いなんでしょうね」
「そんなことはないと思うが……」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。ですがわたくしみたいなじゃじゃ馬娘、お父様にとっては煩わしい存在に違いありません」
アリエルはそう言っているが、俺には到底そうは思えなかった。
さもなければ、アリエルと俺の関係など気にならないはずだ。
今でもアリエルの父、バイロンさんは彼女のことを気にかけているに違いない。
「お母さんは、アリエルが冒険者なことをなんて言ってるんだ?」
「お母様はわたくしが小さい頃に亡くなってしまいましたわ」
「……すまん。変なことを聞いてしまったな」
「いえ、大丈夫です。亡くなってから大分経ちますしね。それにお母様が亡くなってから、わたくしは冒険者を目指し始めましたから」
「それはどうして?」
アリエルは星空を眺めながら、口を動かす。
「わたくしのお母様、実は街の外に出かけていた時に魔物に殺されてしまったのです」
「……そうだったのか」
珍しくない話だ。俺の両親も魔物に殺されてしまった。この世界ではありきたり……しかし当人にとっては最大の悲劇なのである。
「だからアリエルは魔物を憎み、冒険者になろうと……」
「いえ、それもあるのですが、冒険者になろうと思った理由はもっと別にありますわ。だって魔物を滅ぼすだけなら、冒険者にならずとも領主として出来ることもありますから」
「だったらどうして?」
「お母様は近くの村で貧しくて苦しんでいる子ども達を、自分の領地で引き取るため……出かけていたのです。その子ども達を連れて、帰る途中に悲劇は起こりました」
アリエルは続ける。
帰りの道中、アリエルのお母さんが乗っていた馬車が魔物の大群に襲われたと。彼女一人だけなら逃げることも可能だったが、子どもが魔物に食われそうになったと。
そしてその子どもを助けるために、彼女は魔物に前に飛び出し……命を失ってしまったらしい。
「英雄じゃないか。アリエルのお母さん、優しくて勇敢な人だったんだな」
「その通りです」
そう語るアリエルの顔は、どこか誇らしげであった。
「それからわたくし、誰かを助ける冒険者に憧れるようになりました。自分を犠牲にしてまで、弱き市民を守る。そんな冒険者に……」
「その一念でSランク冒険者にもなったんだ。さぞ努力したんだろうな」
「ふふ、どうでしょうね」
アリエルが照れ臭そうにする。
彼女はそう言うものの、今まで並々ならぬ努力を続けてきたに違いない。
そんな彼女のことを心から尊敬する。
「今度はブリスの話を聞かせてくれますか?」
「俺?」
急に話を振られ、俺は自分を指差す。
「どうしてブリスは冒険者になろうとしたんですか? そしてなにより……その強大な力をどこで手に入れたのですか?」
「……そうだな」
どこまで話せばいいのだろうか……。
悩んだ末に俺は、
「今まで厳しい姉に育てられたんだ。そいつ等はメチャクチャ強かった。俺以上にな」
「ブ、ブリス以上にですか?」
アリエルが目を大きくする。
「そうだ。そしてメチャクチャ厳しく育てられた。そのおかげで、ちょっとは強くなれたのかもしれない」
「ちょっとどころではない気もしますが……」
「だが、そんな日々に嫌気がさしてな。自由に生きたくなった。だからノワールに来て冒険者を始めたんだ」
「冒険者といえば自由な職業ですものね。納得しましたわ。でもそのお姉様達って一体……」
俺の顔を覗き込むアリエル。
「……魔王軍の四天王って言ったら、信じてくれるか?」
「四天王? ふふ、ブリスも面白いですわね。でも信じますわよ。四天王に育てられた男ですか……カッコいいです」
そう口では言うものの、本気で信じていないみたいだ。
俺が冗談を言っているものだと思っているのだろう。
……まあいきなり元魔王軍だと聞かされても、突拍子すぎて信じられないだろうしな。
人間が魔王軍にいることなんて、本来有り得ない話だし……。
このことはもっと時間をかけて、信じてもらえればいいだろう。
「じゃあそろそろ戻ろうか。体も冷えてきた」
「ですわね」
アリエルが冒険者になった理由も分かった。
少しの間だったがアリエルと話すことが出来て、彼女と心が通じ合った気がした。





