18・ブリス、魔物の巣を見つける
「魔物の巣……こんな奥にそんなものがあったなんて……」
アリエルは驚いた様子だ。
「知らなかったのか?」
「ええ。ノワールの森は広大ですからね。わたくしでも全てを把握しているわけでもありませんわ」
調査隊のメンバーを見ると、他も似たような反応であった。
「まあ仕方ないか。見つけにくいところだったしな。だが……比較的新しい魔物の巣のように思える」
魔物の巣にあたっては、あの四天王の連中から一通りレクチャーを受けていた。
魔王からも、
『魔物の巣に近付いたらダメだぞ! 危ないからな! その……ブラッドちゃんには怪我をしてもらいたくない!』
と散々言われていた。
なかなか過保護な魔王だったのだ。
「どれくらいの規模の巣なんだろう? 外から見るだけでは分からないが……」
チャドが悩む素振りを見せる。
「ブリス。あなたならもしかしたら分かるのではないですか?」
「分かるぞ」
アリエルに言われて俺は集中して《探索》を開始した。
……うん。あまり広くないな。これだったら……。
「魔物の数は百体ほどといったところか」
「え……ブリス、今の短時間で《探索》を済ませたのか?」
「まあな」
チャドが「……なんて規格外なんだ」と目を丸くした。
「ですが……百体ほどでしたら、魔物の巣にしてはあまり大規模ではありませんね」
大規模な魔物の巣は、時のよっては一万体以上の魔物が棲んでいる可能性がある。
それを思えば、これは比較的小規模な巣とも言えるだろう。
しかし。
「中にはゴブリンキングが数体いる。おそらく、こいつ等が交配を繰り返していき、数を増やしていったんだろうな」
元々魔物は人間のように交配する個体が少ない。
しかしその中でもゴブリン種は、人間ような繁殖方法をとる魔物だ。
とはいえその繁殖力を侮ってはいけない。人が一回の出産で生む子供の数は、1〜2人ほどのパターンが多いが、ゴブリンは時に10体以上の子供を産む。
だからこそ、短期間で数を増やすことも出来たのだろう。
「ゴブリンキングですか……ブリスの見立てでは、どれくらいの数がいそうですか?」
アリエルが質問する。
「うーん……正確な数はつかめないが、二十体は超えると思う」
「に、二十体!?」
「あと……一体だけ一際強い反応がある。ゴブリンキング以上のな」
他の冒険者もざわつき出す。
俺はみんなを安心させるように、
「心配しないでくれ。二十体ほどだったら、問題なく狩れる。それにいたっては大した問題ではない。一際強い魔物についても、俺とみんなだったら十分勝てる」
と口にした。
「さ、さすがゴブリンキングキラー……! 自信に満ちあふれている!」
「ブリスがいたらなんとかしてくれる!」
「すぐ魔物の巣を壊滅させるか?」
するとみんなは勇気が出てきたのか、瞳にやる気がみなぎった。
「ブリス。どうしましょう」
「うーん……」
腕を組んで考える。
「なんかアリエルが隊長のはずなのに、俺が仕切ってるみたいになっているな。別にいいが」
「ふふふ。だってあなたはこの調査隊のメイン戦力でありながら、参謀役ですもの。頼りにしていますよ」
参謀役か……言い得て妙だな。
まあカッコいい響きだし、悪い気はしない。
「ゴブリンキングにいたっては問題ない。しかし……俺はこういうことには不慣れだ。だからこそみんなの意見を聞いてみたいな」
俺が他のメンバーに意見を求める。
「いいか?」
真っ先に手を挙げて発言したのはチャドであった。
「もちろんだ」
「ありがとう。百体程度の魔物の巣なら、問題なく進めると思う。ゴブリンキングがネックだったが、ブリスが言うならそれも問題ないだろう。後は……この魔物の巣の地形を把握出来ればいいんだが……」
魔物の巣というのは、言うなれば相手のテリトリーだ。中が迷路のように入り組んで、容易に帰還出来なくなる恐れもある。
チャドはそう言いたいのだろう。
だが。
「なんだ、そんなことか。それについても問題ない。《探索》で内部の地図化は済ませたからな」
「……マジか?」
「マジだ」
ゆえに道に迷うこともない。
中に仕掛けられている罠も把握したので、チャドの心配は杞憂とも言えるだろう。
「全く……君ってヤツはとんでもないね。だったら今すぐにでも巣に突入してもいいと思う。あまり放置してしまって、巣がこれ以上強固なものになってしまっても困るからな」
よし、意見が固まってきたな。
ちなみに洞窟型の巣なので、入り口で火を焚いて炙り殺しにする……という手段も一瞬考えたが、それは愚策であろう。
火につられて、森にいる他の魔物が寄ってこないとも限らない。
巣の内部にいる魔物の数は減らせるかもしれれない。だが寄ってくる魔物と合わせて総数は増えてしまうのだ。そうなっては本末転倒であろう。
それに……ゴブリンキングは火や煙に強い特性を持つ。直接ぶち当てるならともかく、間接的に火炙りにするだけでは倒せないのだ。
「じゃあ隊形を決めるか。今までアリエルが先頭だったが……今回は俺が先頭に立とう。巣の地形を把握しているのは俺だからな。そしてチャドは真ん中、アリエルが最後尾……エドラは俺の近くに……」
と俺はみんなに指示を出す。
「アリエル。これでいいかな?」
「問題ないと思いますわ。それにしてもあなた、もしかして指揮官のようなことをやったことあります?」
「ないぞ」
「初めてでこれだけ仕切れるとは……本当にあなたはなんでも出来るんですね」
相変わらず褒めすぎだ。しかし作戦については問題なさそうなので、さっさと巣を片付けてしまおう。
「ではみなさん行きましょう! 油断は禁物ですわよ」
アリエルが一声発し、俺達は魔物の巣に入っていくのであった。
◆ ◆
巣の奥へどんどん進んでいく。
途中、何体か魔物に遭遇したが問題なく狩ることが出来た。
やはりCランク以上の冒険者を集めたとあって、戦力的には大分心強い。ここまでほとんどフリーパスで進むことが出来た。
「……ブリス。本当にゴブリンキングを紙くずみたいに倒すんだね」
魔物の数も落ち着いてきたところで、エドラが俺に話しかけてきた。
「だから言っただろ。ゴブリンキングについては問題ないって」
「うん……正直ビックリした。ここまでとは思ってなかった」
彼女の言う通り、ここに来るまでゴブリンキングに何回か遭遇したが、全て俺の敵ではなかった。
「そういうエドラも大活躍だったじゃないか。頼りにしてるぞ」
「……ありがと」
エドラが恥ずかしそうに顔を赤らめた。
なんだかこの短期間で、エドラと随分打ち解けた気がする。
最初は表情が乏しいと思っていたが、今となっては彼女の感情がすぐに分かる……そんな気がした。
「……みんな。もう少しだ」
俺が声を発する。
歩きながら説明は済ませていたので、みんなは警戒心を強める。
「ブリスの言ってた、奥にいる強い魔物の反応?」
「ああ」
そもそも魔物というのは基本的に群れない。
そこまでの知性がないためだ。
それなのに巣を形成しているということは……強烈なカリスマ力や実力を持った魔物が一体いる。
俺はそう考えたのだ。
ならばその一体を倒せば、魔物達は散り散りになり、結果的に巣が壊滅する可能性が高い。
「いたぞ」
さらに進んでいくと、少し開けた場所に出た。
その魔物を見て、後方からアリエルの声を発した。
「ゴ、ゴブリンマスター……!」