17・エドラと少し打ち解けた
「少し止まってくれるか?」
森の奥に向かって歩いている途中。
俺はみんなを呼び止める。
「どうしました、ブリス?」
アリエルが不思議そうな顔をする。
「反応が引っ掛かった」
「反応?」
「ちょっと集中して、反応の正体を確かめたいから……時間をくれるか?」
俺が問いかけると「まあブリスが言うなら……」と言って、アリエルはみんなの足を止めてくれた。
「ですが、一体なにをするおつもりです?」
「すぐに終わる」
果たして、どこまで俺の魔法が通用するだろうか……。
自分のことながら疑問を覚えながらも、俺は《探索》の魔法を展開する。
すると森の一定範囲の様子が頭に浮かんできた。
これは……うん。やはり当たりのようだ。
ジャイアントビーと戦っている最中にも気になっていたが……どうやら俺の魔法も捨てたものではないらしい。
「ブリス……一体なにをなさっているのですか?」
アリエル、そして他の人達も分かっていない様子。
しかしその中で一人、俺のしていることが分かっている人物がいた。
「……《探索》」
エドラだ。
ぼそっと呟いた彼女を、みんなが見やる。
「《探索》?」
「うん。さっき、その男の人は《探索》を使った」
「でも《探索》って、上位の魔法使いしか使えないのでは? ブリスが魔法も使えることは分かっていましたが、まさかそんなものまで……」
「私も驚いた」
そうは言っているが、エドラの表情が変わった様子はない。
「アリエル、エドラの言う通りだ。今俺は《探索》を使った」
「え、え?」
「そもそも森の入った時から、常時発動はしているんだがな」
大体分かっていたが……やはり《探索》は誰でも使えるものではないらしい。
《探索》は鑑定魔法とさほど難易度が変わらないと言われている。
薬草を識別するのに、魔水式なんていう時間のかかりそうなことをやっていたから、予想はしていたが……そういう反応になるか。
「ここから先、五キロメートル先に大量の魔物の反応を感知した」
「ご、五キロ先!? そんな先まで分かると言うのですか?」
アリエルが驚く。
そして他のみんなも似たような反応であった。
「まだはっきりとはしないが、そこにゴブリンキング大量発生の理由があるかもしれない。行ってみないか?」
「ブリスの言うことでしたら……」
「決まりだな」
俺の案内に従って、みんなが行動を始める。
ゴブリンキング大量発生の理由……と言ってみんなの目の色が変わった。激しい戦いになる、そう感じたのだろうか。
「……ブリス。どれだけ魔力が残ってる?」
歩いていると、隣にエドラがやってきてそう訊ねてきた。
「魔力か? まだまだあり余っているぞ。そうだな……先ほど、ジャイアントビーと戦った時に炎魔法を使っただろう? あれと同質のものが後百発は放てると思う」
「百発……!」
エドラの眉根がピクリと動く。
「魔力、どれだけあるの? 冒険者になる時、魔力の測定をやったでしょ? あの時、水晶は何色だった?」
高ぶった様子でエドラが質問を重ねる。
ああ……そういや、そんなこともやったんだっけな。
だが。
「何色にもならなかった」
「……?」
「というか水晶にヒビが入って、しかも壊れた」
俺が口にすると、エドラは言葉を失ってしまった。
「驚いた」
「そうか?」
「あの水晶を割るなんて、初めて聞いた。ビックリした」
「その割にはあまり驚いた顔をしていないみたいだが」
「……私、感情表現に乏しいみたいだから」
やはりこう話している間にも、エドラの声には感情の起伏みたいなものが少なそうに見えた。
「そういう口ぶりだったら、誰かに言われたことがあるのか?」
「うん。昔、冒険者パーティーに入ってた頃」
「意外だな。そういうの、あんまり好きそうじゃないのに」
「好きじゃないよ」
エドラの表情が若干暗くなったように感じた。若干だが。
「だけど……一人でいるより、パーティーを組んでいた方が難しい依頼に挑戦することが出来るから。一人より効率がいい。だから嫌々、その時に有名だったパーティーに入ったの」
「でも今はソロで活動しているんだよな。なんかあったのか?」
「……『お前はなにを考えているか分からん』とか言われた。そして『魔法の腕前は一級品だが、お前と一緒にいるとなんだか怖い』って……何度か依頼をこなした後、すぐにパーティーを追放されちゃった」
「……すまん。辛い話だったか?」
「そうでもない」
淡々と告げるエドラ。
「だけど……それからパーティーに入るのが怖くなった。そんなこと言われるのも面倒臭かったし……そっから、ずっと一人でやってる」
「なるほどな。まあ人には向き不向きってヤツもある」
「でも私が悪いから……」
沈んだエドラの声。
もしかしたら彼女は自分を責めているのかもしれない。
他人に合わせず、我が道をいくタイプだと思っていたが……やれやれ。俺の人間観察もまだまだみたいである。
そして感情表現が乏しいという理由だけで、エドラを追放したヤツ等もバカだ。
自分達の方から歩み寄ろうとしないなんて。
「そんなに気にしなくてもいいと思うぞ」
俺が言うと、エドラは顔を上げた。
「人には色々なヤツがいる……んだと思う。エドラはたまたま変なヤツに当たっただけだ」
「そうかな?」
「そうだ。運が悪かっただけだ。別にソロでやるのも悪くないと思うんだが……一度の失敗を気にして、最初から可能性を潰さなくてもいいと思う。少なくても……俺はエドラのことは怖くない」
「……ありがと」
短くエドラが礼を言った。
……お。
「今、笑ったか?」
なんだか彼女の表情が嬉しそうに見えたからだ。
「分かる?」
「おお、分かる分かる。やっぱりエドラを追放したヤツ等が間違っていたんだ。慣れたら、すぐに分かる」
「ふふ、ありがと」
今度は見てすぐに分かるほどに、エドラが小さく笑った。
物心ついた時には、俺はずっと魔王城にいた。だから他の連中に比べて『人間』を見るという経験には乏しいかもしれない。
しかし代わりに、常に四天王達の機嫌をうかがっておく必要があった。
だからなのかもしれない。俺は他人の感情というものを過敏に感じ取れる。
最初はどうなることかと思ったが、彼女と上手くやっていけそうだ。
「それよりも……エドラ、アリエル。近いぞ」
「はい。ここまで来たら、わたくしも感じるようになってきました」
調査隊に緊張が走る。
俺達は早足でそこまで向かっていき、やがて洞穴の前まで辿り着いた。
草陰で待機しつつ、俺はみんなにこう言った。
「魔物の巣だ」