16・調査隊、ジャイアントビーに遭遇する
調査隊の森の中を進み、前回俺達がゴブリンキングと戦ったところまで到着した。
「ここですわね」
アリエルがそう言って立ち止まる。
「それにしても……本当にここで十体以上のゴブリンキングと戦ったのか? にわかに信じがたいんだが……」
「本当です」
チャドの質問にアリエルが首肯した。
「わたくしも……あの時は死ぬかと思いましたわ。だけど白馬に乗った王子様が助けにきてくれたのです」
「王子様?」
「ええ」
……なんか嫌な予感がするな。
「それがここにいるブリスです」
予感的中。
アリエルが口にすると、一斉に俺に注目が集まった。
「すごいな。早くブリスの戦いっぷりを見てみたいよ」
「ブリスはそれはそれはカッコよかったですわ! あの時、ゴブリンキングに殺されかけているわたくしに向かって、ブリスはなんと言ったと思います? 『子猫ちゃん、ちょっとどいてな。俺がすぐに片付けてやっからよ』って!」
興奮した様子のアリエルが早口で言った。
そんなこと、言った覚えないんだが!?
アリエルの過度に美化された思い出に、調査隊のメンバーから「おー」と声が上がる。
「……まいったな」
頭を掻く。
調査中でありながら、パーティーには和やかな雰囲気が漂っていた。
「…………」
だが、魔法使いのエドラはやはりこちらの会話に参加してこようとしない。
「どうした。体調が悪いのか?」
俺が手を差し伸べようとすると、エドラがぷいっと視線を逸らしてしまった。
「……体調、悪くない。だいじょぶ」
「だったらいいんだ。話しかけてすまなかったな」
「……だいじょぶ」
まあ予想出来ていた反応だ。
ゴブリンキングの調査中に、彼女と少しでも打ち解けられればいいな……。
そう思っていた矢先であった。
「ん」
「……ブリス、気付きましたか?」
森林が生い茂る先を見ると、アリエルも同じように眼光を鋭くした。
「ああ。結構数は多いみたいだな」
「みたいですわね。こんなところで疲れたくありませんが、仕方ありません。さっさと片付けましょう」
俺とアリエルの会話に、他の冒険者が「?」ときょとんとした表情を浮かべていた。
しかしそれがだんだんと近付いていくと共に、他の冒険者達も気付きだす。
「こ、これは……!」
やがてそいつ等はあっという間に俺達のところまで来て、姿を現した。
「ジャイアントビーですわ」
アリエルが剣を抜く。
俺達の前にでかい蜂のような魔物……ジャイアントビーが現れた。
しかも一体ではない。複数体だ。
「……多分結構強い魔物なんだよな?」
「その通りです。多分という言葉が引っ掛かりますが……一体一体がCランク冒険者に匹敵する強さでしょう。油断は出来ません」
俺の問いかけに、アリエルはジャイアントビーから視線を逸らさず答えた。
あれから俺も、他の書物とかを読んだりして、魔物の大体の強さを調べた。
あまりに世間の常識とかけ離れていたら、これから苦労すると思ったからだ。
その結果、魔王城の周りでよく現れて頭を悩ませていた『蚊』が、こちらでは『ジャイアントビー』と言われ、恐れられていることが判明した。
こいつらに刺されると、とっても痒くなる。
そのせいでカミラ姉は「もう!」と言って、よく片手ではたき落としていたものだ。
「ジャイアントビーには毒があります。みなさん、気をつけてください」
「「「おー!」」」
冒険者が気合いの一声を上げる。
エドラにも視線をやると、彼女もさすがにその手に杖を携え、ジャイアントビーと向かい合った。
「毒か……だから刺されたら痒くなってたんだな」
「ブリス? なにか言いました?」
「なんでもない」
俺も剣を抜き、ジャイアントビーと向かい合った。
なんせジャイアントビーは弱いものの、動きが無駄に素早くて、仕留めるのがなかなか面倒臭い虫……じゃなくて魔物なのだ。
俺も気合いを入れなければならない。
「いきますわ!」
アリエルが先頭に立って、ジャイアントビーに襲いかかっていく。
他の冒険者も追随し、ジャイアントビーを狩っていった。
アリエルを筆頭に……みんな、動きが洗練されている。さすがCランク以上の冒険者といったところだろう。
その中でも(アリエルを除けば)、一番体さばきがしっかりしていたのはチャドだ。
「ははは! やっぱりアリエル嬢はすごいな。まるで舞を演じているかのようだ」
笑いながら戦っている。戦いに楽しみを見いだすタイプということか。
冒険者にも色々な人がいるものだ。
「さて……と。俺もそろそろ本気を出すか」
今後のために調査隊の戦力が、どんなものか見ておきたかったので加減して戦っていたが、それも把握した。
こんなところで道草くってられん。さっさと終わらせるか。
……ん?
「エドラ!」
魔法使いの女の子、エドラの後ろからジャイアントビーが襲いかかろうとした。
気付き、俺は名前を呼ぶが、彼女は反応しきれていない。
くっ……!
「ファイアー」
手をかざし、即座に炎魔法を発動する。
すると手の平から炎の渦がジャイアントビーに向かっていき、一瞬で焼き払ったのだ。
「……!」
エドラは驚き、焼死したジャイアントビーから離れる。
こういう表情も出来るみたいだな。
「大丈夫か?」
すぐさまエドラのところに駆け寄り、彼女の身を案ずる。
「あなた……魔法使いだったの? 剣士っていう噂が流れてたけど……」
「魔法使いでも剣士でもないな。俺はただ器用貧乏なだけだよ」
肩をすくめる。
「器用貧乏? なかなか面白いことを言う」
「事実だからな」
「でも……すごい。あんなにすぐに魔法を放てるなんて」
「そうかな?」
「……ありがとう。あなたがいなければ、わたしはタダで済んでいなかった」
か細い声であったが、エドラが礼を言った。
「ありがとう」と言える子だ。やはり悪い子ではなさそうである。
少し彼女と打ち解けた。そんな気がした。
「よし……エドラ、ちょっと離れていてくれ。すぐにこいつ等を片付けるから」
エドラから少し離れて、再び炎魔法を放つ。
炎が唸りを上げ残りのジャイアントビー達を包む。
やがて炎が消えた頃には、黒焦げになったジャイアントビーの死体だけが残っていた。
「終わったか」
パンパンと手を払う。
「ブ、ブリス!? 先ほどのは?」
「魔法だ。下級魔法のファイアーだな」
「先ほどのものがファイアー……? とてもそうは見えなかったのですが……」
アリエルや他の冒険者からどよめきが起こる。
「……さっきのは上級魔法のファイアートルネード……によく似た、別のなにかだったと思う」
そんなみんなに対して、後ろからエドラが注釈を入れていた。
「そんな物騒なものじゃないぞ。ファイアートルネードなんて使ったら、ノワールの森一帯が焼き払われるしな」
それにまだファイアートルネードは習得していない。
クレア姉のファイアートルネードはもっとすさまじかった。
どれくらいすさまじかったというと、一発で街全域を焼き払えるくらいだ。
しかし……俺の声が聞こえなかったのか、他の冒険者がざわざわと勝手に騒ぎ出す。
「おお……! ファイアートルネード!」
「ブリス殿は剣の腕前だけではなく、魔法の腕も一級品なのだな!」
「心強い!」
なんかまた勘違いされて、変に俺の評価が上昇しているな。
この調子でいくと、最終的にどうなってしまうんだろうか?
「わ、わたくしは分かっていましたからね! ブリスならこれくらい……出来て当然です!」
何故かアリエルも張り合っているし。
「……まあいっか。取りあえずジャイアントビーも狩ったし、もっと奥に進んでいくか」
「そ、そうですわね!」
それに先ほど、ジャイアントビーを察知する前に、他の気になる反応も見つかった。
もっと先に進んでいけば、俺の《探索》の範囲に入る。
まずはそこまで行こう。
俺達はさらに森の奥へと進んでいった。