四天王は次期魔王と戦う(下)
「ブラッド、今度こそ油断するなよ!」
「ああ!」
「わたくしも戦います!」
強襲。
俺とアリエル、カミラ姉は散り散りになって、エルダーウッドに斬りかかった。
だが。
「ちっ……やはり固いな」
俺たちの攻撃はエルダーウッドの厚い樹皮に阻まれ、大したダメージを与えることが出来なかった。
「オオオオオォオオオオオオオッ!」
エルダーウッドの咆哮が森中に響き渡る。
俺にはそれがまるで、「この程度か?」と嘲笑っているようにも感じた。
「チマチマ攻撃しても無駄だな。体力を浪費するだけだ。となると……」
「最大火力で──一発でケリをつける!」
答えを出すと、それはカミラ姉にとって満足のいくものだったのか、こくりと頷いた。
「アリエルもいけるか?」
「ええ、もちろんですわ!」
アリエルも俺たちの意図を汲み取り、深く頷く。
俺たちが視線で意思疎通をしている間、エルダーウッドは根を操って、攻撃を仕掛けてくる。
地面から根が飛び出し、俺たちに向かってくる。
しかし慌てず、一度深呼吸をしてから、剣を振り上げた。
「「「気斬!!」」」
三人の声が重なる──。
同時に放たれた三重奏の気斬は合わさり、大きな衝撃となってエルダーウッドに突き刺さった。
「オオオオオォオオオオオオオッ!」
本体を両断され、エルダーウッドが断末魔を上げる。
あと数ミリ迫れば、エルダーウッドの根は俺の心臓を貫いていただろう。
だが、本体がやられると同時、操られていた根らもピタッと止まり、地面に落ちていった。
「なんとかなったか」
終わってみれば圧勝だ。
動かなくなったエルダーウッドの残骸を前にして、俺たちは勝利を讃える。
「私の気斬に合わさられるようになったか。ブラッドも成長したではないか」
「いつまでも、カミラ姉の背中に隠れているわけにはいかないからな」
「アリエルだとかいう女も……その、なんだ。思っていたよりは、動きがマシだ」
カミラ姉がそう言って、頬を掻く。
言い方はぶっきらぼうながら、彼女なりの最大の賛辞だ。相変わらずこいつは素直じゃないな、全く。
「ありがとうございます」
アリエルもそれが分かっているのか、嬉しそうに一礼した。
「森の中にいた、ルートスネークやツイッグルといった魔物も、全てエルダーウッドに操られていたんですね」
「そうだな。どおりで強いはずだよ」
「だが……それだけではない」
戦いが終わったというのに、カミラ姉は鋭い視線のまま、エルダーウッドの幹に手を当てる。
「そもそも私たち三人がいて、この程度の魔物に手こずるわけがないのだ。ただの魔物なら、この仕事も一瞬で終わっていた」
「カミラ姉の言う通りだな」
「つまり……この事件には黒幕がいる。魔物を強化し、操っていた者がな」
アリエルはカミラ姉の言っていることにピンときていないのか、首をひねっていた。
その時、誰かが逃げるような気配を感じた。
「そこかっっ!」
しかしすかさず、カミラ姉がなにもない空間に気斬を放つ。
カキンッ!
カミラ姉の気斬は結界で阻まれる。
しかし魔力を放出してしまったことにより、その者の姿が顕になった。
「なにをしよる! いきなり気斬を放つな! お主は儂を殺す気──あっ……」
彼女は当初、不意な攻撃をしたカミラ姉に抗議していたが、やがて今の自分の状況に気が付き、言葉に詰まる。
「やっぱり、お前のせいだったんだな──クレア姉」
俺がそう言うと、突如姿を現した彼女──クレア姉が罰が悪そうな顔をした。
そうなのだ。
今回の事件の真相。
こいつらはただの野生の魔物ではなく、クレア姉が操っていた魔物だったのだ。
クレア姉は以前から魔物を自由に操るため、その研究に勤しんでいた。その成果なのだろう。
真相が分かるまで気が付かなかったが……クレア姉は隠蔽魔法で姿を隠し、俺たちを見守っていた。
その隠蔽魔法は、カミラ姉の気斬を防ぐために、咄嗟に解除してしまった。だからこうして、なにもない空間から突如現れたように見えるわけである。
「くっくっく……よくぞ、儂の配下を倒すことが出来おったな、ブラッド」
しかしクレア姉は表情を一転、少しも悪びれる様子を見せず、不敵なことを言い放った。
「これは儂からの試練じゃ。お主が次期魔王に胡座をかかず、鍛錬を欠かしておったら、魔物にやられておったじゃろう。しかし……合格じゃ! よくやった、ブラッド! もう儂がお主に教えられることはない!」
「バカか、てめえ! 他にやり方があっただろうが! 貴様のせいで、どれだけ迷惑かけられたと思っていやがる!?」
「わ、儂も予想外じゃったのだ! 儂の研究は道半ば。魔物が勝手に暴走して……あっ」
「勝手に暴走? ということはやはり、試練だっていう理由は後付けじゃねえかああああああああ!」
カミラ姉がとうとうキレて、クレア姉に襲いかかる。
「う、うるさい! そもそもこれもブラッドを思って、行動したまで──」
クレア姉も彼女に真っ向から立ち向かった。
「ど、どうしましょう、ブリス! 早く二人の止めないと……」
アリエルもどうしたらいいか分からず、おろおろしている。
カミラ姉とクレア姉の二人は、《剣》と《魔法》の最強格だ。アリエルだけでは止められないという判断だろう。
だが。
「は、ははは──」
俺は無意識に笑いが零れていた。
「ブ、ブリス?」
「いや、すまんすまん。なんか平和だなあと思ってな」
「こ、この状況がですか!?」
アリエルが戸惑う。
──カミラ姉とクレア姉の喧嘩は、魔王軍の中では最早風物詩みたいなものだ。好きにやらせてやればいい。
まさか俺が二人を見て、純粋に笑う日がくるだなんて。
今までの四天王たちとの記憶が蘇ってくる。
──無能と呼ばれたから絶縁してやった。
しかし、世の中には元鞘という言葉もあるように、俺はようやくそこに収まったのであった。
コミカライズ10巻もよろしくお願いいたします!