四天王はメイドになりたくない
コミカライズ三巻が発売となりました!
こちらは発売を祝しましての記念短編となっています。ぜひ、お楽しみくださいませ。
「さすがアリエルだな。こんな良い喫茶店を知っていたとは」
眠気を誘う昼間。
今日は冒険者の仕事はお休みだ。こうして休暇を取ることは魔王城にいる時は有り得なかったので、いまいち落ち着かない。
俺はアリエルの誘いで、街の喫茶店を訪れていた。
「ふふふ、気に入ってもらえて幸いですわ」
とアリエルはティーカップを傾け、紅茶を口に運ぶ。
なにげない動作ではあるが、貴族である彼女がやると非常に様になる。まるで一枚の絵画のようである。
肝心の喫茶店も雰囲気がよく、毎日喧騒に包まれている冒険者ギルドや大衆居酒屋にいるものが多いから、こういった時間の過ごし方は新鮮だ。
出される珈琲やサンドイッチも旨く、日々の疲れが取れていった。
だが。
「…………」
「ブリス? 先ほどから、どうされたのですか? なにやら、店員の方をチラチラ見ていますが……」
アリエルが首を傾げる。
彼女の目線の先には、メイド服に身を包んだ女性店員がいた。
本来は貴族の使用人として仕えることが多いメイドではあるが、最近では「かわいい!」と制服が流行の兆しを見せている。ゆえに、こうしてメイド姿の女性店員の姿は、街の至る所で見受けられた。
「ま、まさか! あの店員に惚れた……とでも? 確かに可愛いお方ですが──」
「い、いや、違うんだ。昔のことを思い出していてな」
「昔のこと?」
さらにアリエルの表情が怪訝さを帯びる。
まさか俺は魔王城に住んでいて、四天王に育てられていた──と言うわけにもいかず、誤魔化しの言葉を考える。
思案しながら、俺は昔のことを思い出していたのだ──。
「わー! カミラお姉ちゃん! かわいい!」
俺がまだ幼くて、四天王からのスパルタ特訓もさほど厳しくなかった頃。
メイド服を着たカミラ姉に、感嘆の声を上げてしまった。
「ちっ……! なんだよ、この服。どうして私が人間の真似事なんかしないといけない。それにスカートも短すぎないか? 人間の女は全員痴女なのか?」
カミラ姉が顔を赤らめながら、スカートの裾を必死に伸ばしている。
「しっしっし。カミラよ、なかなか似合うではないか。お主はメイドの方が向いているかもしれぬな。どうじゃ? 四天王の座を降りて、今すぐ儂の使用人になるか? ゴミ捨てくらいなら、やらせてやってもいいぞ」
「ぶっ飛ばすぞ」
揶揄うクレア姉に対して、カミラ姉はガンを飛ばした。しかしクレア姉はどこ吹く風といった感じで、彼女を見ておかしそうに笑っていた。
どうして、こんなことになったのか。
それには理由がある。
『カミラお姉ちゃんはスタイルもいいから、きっとメイド服が似合うよ! 一度でいいから着てみて!』
と──カミラ姉の恐ろしさも知らない幼い俺が、無邪気にそう言い放ったのだ。
無論、カミラ姉はそんなキャラじゃない。俺に言われたくらいでは、ぜっっったいにメイドのコスプレなんてしなかっただろう。
しかし問題はその場に魔王がいたことだ。
『ブラッドちゃんが頼んでおるのだ! メイド服は我がどこからか見つけてやるから、ブラッドちゃんの願いを叶えよ!』
俺を溺愛している魔王は、カミラ姉にそう命令を下した。
魔王の言うこととなったら、さすがのカミラ姉とて反論出来るわけがない。
渋々メイド服に袖を通し、こうして恥ずかしそうにしているのだ。
「ブラッド……これでもう満足しただろ? 魔王様からの命令も守った。もう脱ぐぞ」
その場でメイド服を脱ぎ始めるカミラ姉に対して。
「えーっ! もっと見ていたいよ。だって、そんなに可愛いんだよ? せめて丸一日はそのままでいたら?」
「はあ!?」
カミラ姉は目を見開く。
「どうして、私がそんなことをしなくちゃならない!? そんなの死んでも嫌だ!」
「いいじゃん、いいじゃん! きっと、魔王も同じことを言うと思うよ。あっ、そうだ。今から魔王にも聞いてみるね!」
「ちょ、ちょっと待て! 魔王様にだけは言うな! ブラッドの言うことを魔王様が否定するはずない──」
後ろから追いかけてくるメイド服のカミラ姉。
そんな彼女の姿を、クレア姉が腹を抱えて笑っていたのを視界の片隅で捉えた──。
──なんてことがあったのだ。
「…………」
メイドといったら、あの時の思い出が否応がなしに頭に浮かんでしまう。
アリエルの──クアミア家のメイド、シェリルさんを見た時は緊張していたからな……こんなことを思い出している場合じゃなかった。
「やっぱり、ブリスはメイドフェチ……? それだったら、わたくしもメイド服を着てみましょうか。シェリルに言ったら、一着くらい服が余っていそうですし……」
「ま、待ってくれ。俺を変態にしないでくれ。俺はただ……」
ぶつぶつ呟いているアリエルを、慌てて止める。
しかしそれ以上の言葉が浮かんでこず、俺は口を噤むのであった。