四天王たちのクッキング大会
コミカライズ二巻、発売記念短編となっております。
ブラッドが魔王城からいなくなり、四天王たちがまず頭を悩ませたのは料理である。
何故なら、魔王城で出される料理は全てブラッドが美味しく調理してくれていた。
ゆえに魔王城にいる誰もが、料理なんて作ったことがない。
四天王たちは渋々調理せずに食材を口にしていたが、なんとも味気なく感じてしまう。
食は人生(正しくは『人』生のではないのだが)を彩る要素なのであった。
そこで四天王たち各々が料理を出し、誰のものが一番美味しいか競おう──という話になったのだが。
「お主は儂を愚弄しておるのか?」
《剣》の最強格カミラが出した料理を見て。
クレアがいの一番に、不機嫌そうな声を発した。
「てめぇ、私が作ってやった料理にケチをつけるのか? そりゃあブラッドに比べたら味は落ちるかもしれないが……悪くはないはずだ。きっと。真心込めて作ってやったんだから、さっさと食って採点しやがれ」
「これのどこに真心がこもっているのじゃ!?」
クレアが非難の声を上げるが、カミラは変わらず不満げな表情のままである。
彼女の前にはスープが出されていた。
しかし見た目は最悪。
まず、オークの目玉がふんだんに盛り付けられている。さらにどんな調理をすればこうなるのか──スープの色は紫色で、腐臭を放っていた。口に付けなくても『不味い』と断定出来るような料理である。
そしてそう感じたのはクレアだけではなく。
「これはさすがに……食べる気にはなりませんね」
「ふえぇ、食べたらお腹を壊しちゃいそうだよ」
他の四天王──ブレンダとローレンスもそう口にした。
カミラは「なっ……!?」と驚愕の表情を作り後退するが、どうしてこれで料理対決に勝てると思ったのだろうか? クレアには理解不能である。
「そ、そういうお前はなにを作ったんだ?」
「……儂のことはいいじゃろう」
カミラが話を振ると、クレアは彼女からさっと視線を逸らした。
それを好機と見たのか、
「おいおい、偉そうなことを言ってたわりには、自信がないのか? 私だけというのは不公平だ。観念して、お前の料理も早く見せろ」
と嬉しそうにカミラが捲し立てる。
クレアは気が進まなかったが、彼女をあれだけ非難して自分だけ敵前逃亡するのも収まりが悪い。ブレンダとローレンスの二人も納得しないだろう。
クレアは溜め息を吐いて、自らが錬成した料理の皿をテーブルの上に置いた。
「……おい、どうして空の皿を置いた。私はお前が作った料理を出せと言ってるんだ」
「そこにあるじゃろうが。よく見てみろ」
「んー? 確かに……黒い塊のようなものが、微かに見えんこともないが……」
しかし注視しないと気付かないほどである。
「クレア、これはどういうことですか?」
ブレンダがそう質問する。
「さ、最初は豚の丸焼きを作ろうとしたのじゃ。しかしそのためにファイアートルネードを使ったら、少々加減を間違ってな……このように、消し炭になってしまった」
罰が悪そうにクレアが答える。
本来、四天王の中でも《魔法》の最強格であるクレアが、魔法の加減を誤ることはない。
だが、今回の相手は魔物や人間ではなく、料理なのだ。
未知の敵を前にして、さすがのクレアでもお手上げであった。
「ガッハッハ! 差し詰め、お前の料理は『無』ということか。食べられる部分がないのに料理は果たして、料理と呼べるのだろうか」
「カミラの料理も、食べられる部分がないじゃろうが!」
「なにを言っている。それでも、私はちゃんと実体のあるものを出した。しかしお前は『無』だ。さすが四天王クレアさん。『無』を魔法で作り出すのも、お手のもののようだ」
「お、お主! バカにしておるのか!?」
クレアがカミラに掴みかかる。
お互いほっぺや髪を引っ張り合う。
子どもの喧嘩だった。
とはいえ、そのような様子を見てもブレンダとローレンスは顔色一つ変えない。
日常茶飯事のため、喧嘩を止めるのも時間の無駄だと考えているのだろうか。
「次はボクだねー! ボクは可愛い熊さんのオムライスを作ってきたんだ! みんな、見て見てー!」
《支援》の最強格、ローレンスが声を弾ませる。
「く、熊さん……?」
喧嘩をやめローレンスの料理に視線を移したクレアは、戸惑いの声を上げた。
熊……の形にしかったんだろうが、なにせ形が崩れているため、とてもそうには見えない。ゾンビだと言われた方がまだ納得が出来る。
それにケチャップもべっとりと付いていて、なんとも旨そうには見えないなんならケチャップが血に見えて、熊がボコボコにされた後のようである。
「却下」
「うむ、却下じゃな」
とカミラとクレアが声を揃える。
「そ、そんな……」
ローレンスは愕然とし肩を落とすが、どうして彼女がそこまで落ち込むのかがクレアには分からない。
どうして、こんな死体みたいな料理を自信満々に出した?
クレアは内心そう思い、首を傾げる。
「やれやれ。みなさん、料理の一つも作れないとは感心出来ませんね。後で反省文です」
ブレンダが額に手をやり、未だ蓋がされており中が見えない皿を持ってくる。
そうだ、ブレンダだ。
彼女はおっとりとしたお姉さんだ。
無論、彼女の本性はそんな生やさしいものではないのだが……少なくとも、表面上だけは、四天王の誰よりも生活力があるように思える。
クレアは知らず知らずのうちに期待感を膨らませていると、その間にブレンダは蓋を取って、料理の全貌を露わにした。
「ほほお、これは……」
カミラが感嘆の声を漏らす。
お皿に載っているのは、甘そうなアップルパイであった。
見た目も美味しそうで、カミラが作った『オーク目玉のスープ』と違って腐臭も漂っていない。
「キャラメルアップルパイです。どうぞ、召し上がれ」
「では、早速……」
クレアとカミラが同時にアップルパイを実食する。
ちなみに、ローレンスは心の傷が癒えていないのか、「せっかく本気で作ったのに……」と部屋の片隅でいじけていた。
「ん……旨い。アップルパイの甘味が見事に消えていて、口の中がひりつく刺激──というか痛いと感じるほど、刺激的な味をしている。全身を電撃が駆け巡ったかのような衝撃を覚え、目眩もしてきて──ぐぼあぁああああっ!」
突然、カミラが口に含んだアップルパイを吐く。
「はあっ、はあっ……おい、ブレンダ。これはなんだ!? 歯が溶けちまったぞ? キャラメルソースだと思っていたが、この上にかかっているのは……」
「アシッドプラントの溶解液ですが? なにか?」
きょとんとした表情で答えるブレンダ。
「昨日、城に庭に生えていてアシッドプラントを討伐しましてね。せっかくですから、その溶解液をキャラメルソースの代わりに使ってみたんです。見た目はよく似てますから。どうですか?」
「バ、バカか! アシッドプラントは魔物じゃろうが! そんなものを食材に使うバカがどこにおる!」
クレアもアップルパイを吐き出し、声を荒らげる。
アシッドプラントの溶解液は、骨すら溶かす恐ろしい液体なのである。そんなものを使っているものだから、クレアの歯も溶けてしまった。
まあ、常人ならそんなものが体内に入ったら、全身どろどろになってしまうであろうが……せいぜい歯が溶けたくらいで済んでいるのは、四天王が四天王である所以である。
ブレンダはクレアとカミラから立て続けに怒声を浴びせられても、
「はて……? 歯が溶けた程度なら、治癒魔法ですぐ治せますよ。そんなに文句を言うなら、後で治して差し上げます。全く……アシッドプラントの溶解液ごときで、軟弱なことを言って……」
「当たり前だ! さっさと治しやがれ!」
「カミラ以上の最悪はいないと思ったが……間違いない。最下位は間違いなく、ブレンダの料理じゃ!」
「な、なにをおっしゃるんですか! そもそもカミラとクレアだって──」
──かくして、今日も魔王城はなんだかんだで平和だった。
ちなみに料理対決は「他人に不快感や被害を与えない」という理由で、クレアの『無』が勝利したのであった。
白土悠介先生による当作品の2巻が、本日発売日となりました!
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