119・俺達は冒険者だから
「アリエル、やっぱりここに来たか」
ノワールの広場。
そこに転移すると、アリエルが一人で黙々と剣を振るっていた。
「ブリス!」
アリエルは俺の姿を見ると、まるで尻尾を振る子犬のように駆け寄ってきた。
「わたくしがこの場所にいるとよく分かりましたわね?」
「もちろんだ。ここは俺達にとって思い出の場所だからな」
最初──俺がアリエルを助けるためにゴブリンキングを倒した時、彼女はその報酬金を辞退した。
その代わりに、アリエルは俺に剣術を教えてもらうことを願った。
それからこの場所で、俺とアリエルの二人きりの稽古が始まった。
……まあ途中でエドラも加わったけどな。
「ブリスは最初、わたくしに気斬を教えてくださいましたね」
「そうだな。すぐにアリエルが気斬をものにした時は、素直に驚いたよ。その上、千本気斬華まで……」
「ふふふ、これもブリスのおかげですわ。あっ、そうだ──足捌きについて、ちょっと気になるところがありますの。教えていただけますか?」
「もちろんだ」
女神は倒して脅威は去ったが、俺達のすることは変わらない。
日々鍛錬を続け、心身ともに強くなる。
怠けていたら、すぐにあの四天王共に怒られそうだからな。
それから俺達はしばらく稽古に勤しんでいた。
「そこはもう少し握りを強くしてだな……」
ピタッ。
教えるのに夢中になりすぎて、いつの間にかアリエルの手首を握ってしまっていた。
「……す、すまんっ!」
「い、いえいえ! それに……こうしてくれた方が分かりやすいですから。このままでお願いしますわ」
「お、おう」
アリエルの後ろに回り込んで、あらためて彼女の両手を取る。
彼女と正式に付き合えるようにはなったものの、まだまだこういうのには慣れない。
カミラ姉は俺がアリエルとエッチなことをするんじゃないか、と危惧していた。
やれやれ。
これじゃあ、そういうのはまだ先のようだ。
「ブリス? どうかされましたか?」
「い、いや! なんでもないっ!」
慌ててそう誤魔化すと、アリエルは不思議そうに首をかしげた。
こうしているとアリエルの温かみが伝わってくる。
どうして男と女では、こうも体つきが違うのだろうか。
柔らかな肌は、こうして触れているだけで気持ちいい。華奢な腰回りは色気を感じさせた。
「……ブリス。さっきから手が止まっています。もしかして……エッチなことを考えていましたか?」
じーっと疑うような視線を俺に向けるアリエル。
「そ、そんなことは!」
「本当ですかー? もしかして、わたくしとエッチなことがしたいんじゃ……」
「し、したくない──と言ったら嘘にはなるが、俺はアリエルの嫌がることをしたく……」
焦っていると、アリエルはくすくすと揶揄うように笑いを零した。
「冗談ですわ。それに……わたくしもブリスといつか、そういう関係になってみたいです。だってわたくし達、こ、こ恋人同士なんですからっ」
自分で言ってて恥ずかしくなったのか、アリエルの顔が真っ赤になる。
俺達はお互いに照れてしまって、次にどんな言葉を口にすればいいか分からなくなっていた。
──その時であった。
俺達の頭上を一羽の鳥が飛んでいる。
突き抜けるような青空。
その鳥はまるで泳ぐように頭上を滑空していた。
「あれは……伝羽鳥か?」
通信魔法は誰にでも使えるものでもないし、魔石も高価。なので基本的には、この鳥が誰かからの手紙を運んでくれる。
伝羽鳥はゆっくりと舞い降りて、アリエルの指に止まった。
脚のところに付けられている手紙を、アリエルが丁寧に解く。
「……ギルドからです。教団の残党のことですわ。その基地の所在を探していたのですが──ようやく見つかったようです」
「それは大事だな。俺も行くよ。すぐに向かおう」
「ええ」
アリエルが駆け出そうとした寸前、
「アリエル」
俺は彼女を呼び止める。
「……? なんでしょうか?」
「その、なんだ……手を繋いで行こうか? そうしてないと、君がどこかに行ってしまいそうで──不安になるんだ」
「──っ! そうですわね」
アリエルが嬉しそうに俺の手を握る。
そして俺達はギルドに向かって走り出した。
やれやれ。女神を倒しても、まだまだ落ち着けないな。
しかしそれについて不満はない。
何故なら──俺達は冒険者だからだ。
大切なものを守るためなら、俺はどこにでも駆けつけるだろう。
アリエルと走る道はどこまでも続いていそうで、彼女とならどこまでも行けそうな気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これで絶縁から始まったブリスの物語、本編が完結いたしました。
ここまで書くことができたのは、読者様のおかげです。本当にありがとうございました。
ですが、ブリスの人生はまだまだ続きます。
書きたいことも色々と残っていますので、もしかしたら短編──もしくは新章を投稿するかもしれません。
なので、完結設定ではなく連載中のままにしておきます。
最後に、もう一度。
みなさま、本当にありがとうございました。
書籍三巻も好評発売中ですし、コミカライズ一巻も1月6日発売予定となっています。
そちらもぜひ、手に取ってくださいませ。