118・最強の四天王に育てられた俺は
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「私は反対だ!」
会議開始後。
いの一番に声を上げたのはカミラ姉だった。
「ブラッドはまだ子どもだぞ? それなのに不純異性交遊はまだ早い」
「儂もカミラの意見に賛成じゃ」
クレア姉にしては珍しく、カミラ姉の意見に賛同の意を示す。
「ブラッドは立派になった。しかし女に溺れ、道を踏み外してしまう可能性もゼロではない。ブラッドは女についてもう少し勉強するべきじゃ」
「ちなみに……どうなったら許してくれるんだ?」
「そうじゃな……千年は勉強してもらおうか」
長えっ!
俺は魔王の血を取り込んでいる。ゆえに人間と寿命が同じなのかは分からないが……なんにせよ、千年なんて我慢出来ない。
「そもそもカミラ姉とクレア姉は、俺が彼女の部屋に忍び込んだ時も、黙認してくれたじゃないか。それなのにどうして今更?」
「それとこれとは話が別だ」
「うむ」
カミラ姉とクレア姉が腕を組み、不機嫌そうな顔で何度も頷く。
いつもは喧嘩ばっかだというのに、こういう時にだけ結託しやがって……。
「ブレンダ姉とローレンス姉はどう思う?」
「私は相手次第ですね」
「ボクも〜」
ブレンダ姉とローレンス姉は、比較的柔和な意見だ。
「その点を踏まえ、ブラッドの恋人──アリエルについてですが、私の方でもあらためて独自に調査させてもらいました」
バンッ!
会議室のホワイトボードに、アリエルの似顔絵が貼られる。いつの間に用意したんだか。
「まず出自については文句はありません。ノワールの領主でもあるクアミア家の貴族です。責任感が強く、誰にでも優しい。剣術、知性共に優れており、周囲の冒険者からも尊敬されています」
「随分詳しく調べたんだな……」
「当然です。大事な問題ですから」
キリッと真面目な顔をして、ブレンダ姉がそう答える。
「だったら、アリエルが素晴らしい人物だということが分かっただろ? 恋人として認めてくれても──」
「いえ──大きな懸念点があります」
「そ、それはなに!?」
ドキドキハラハラといった感じで、ローレンス姉が彼女に問いかける。
「それは……おっぱいが大きいことです」
「はあ?」
「ブラッドも男の子。こんな大きなおっぱいで誘惑されれば、一たまりもないでしょう。なので私は断固反対の立場を取ります。おっぱいが大きいゆえに」
「難癖すぎないか?」
そもそもブレンダ姉の胸もかなり大きい。それなのに、どうしてアリエルの胸だけを目の敵にするんだろうか。
「うーん、だったらボクも反対! そっちの方が面白そうだからね!」
「ローレンス姉は主体性を持ってくれ」
溜め息を吐く。
これで反対意見が四人になった。俺と魔王を含め、この会議には六人が出席しているので、この時点で過半数は超えてしまった。
だが。
「魔王はどうだ?」
俺は魔王に聞く。
彼女は会議が始まってから目を瞑り、沈黙を守り続けていた。
俺が次期魔王に指名されたとはいっても、現魔王が彼女であることには変わりない。
仮に過半数を取られようとも、魔王が白と言えば白。多数決など無意味なのだ。
「我は……」
魔王の目がかっと見開き、ゆっくりと喋りだす。
みんなが固唾を飲んで、彼女の意見を見守った。
「我は嫌だあああああああ! ブラッドちゃんが結婚するなど、認めぬううううう!」
──いや、まあ分かってたんだが。
やっぱり魔王も反対派だった。俺、詰んだ。
「というか、どうして話が結婚まで飛躍しているんだ!? 俺はアリエルと今のところは付き合うだけだぞ!?」
そう──。
女神との戦いが終わった直後、俺はアリエルに「愛している」と告白した。
その言葉をアリエルも受け入れてくれ、俺達は正式にお付き合いすることになったのだ。
しかし……ここで障害が立ち塞がる。
魔王含め、四天王のみんなだ。
「付き合うだけだと……?」
魔王は鋭い視線を俺に向け、こう語気を荒くする。
「ブラッドちゃんは中途半端な気持ちで、アリエルちゃんと付き合うつもりだったのか!? 飽きたらポイするつもりだったと? 結婚するつもりはないのだと!?」
「そ、そんなつもりはない。そりゃあ──」
俺は魔王の勢いに負けないように、こう言葉を返す。
「ゆくゆくはアリエルと結婚したい。彼女とは真剣にお付き合いするんだ。だが、俺の意思だけを一方的に押し付けるのもどうかと思う。だからまずは恋人として──」
「なに、お利口ぶってやがる。年頃の男の人間は発情期の猿みたいなものじゃないか。お前も今すぐあの小娘──アリエルとエッチなことでもしたいんだろうが」
とカミラ姉が嘆息する。
「そ、そんな不埒な気分で付き合うわけじゃない! いや、そりゃあ俺も、アリエルとそういう関係に至れたら素敵だと思うが……」
想像してみる。
結婚して──エプロン姿のアリエルが俺に駆け寄ってくる姿だ。
『ブリス、お帰りなさい。お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……わたくし?』
顔を赤くして、もじもじ体を動かすアリエル。
スカートの丈も必要以上に短い。内股で両太腿を擦り合わせ、悩ましげに揺らす姿はなかなか刺激的だ。
俺はいてもたってもいられなくなり、彼女を力強く抱きしめ──。
「ブラッド、なにを考えておる?」
「……っ! なんにもない!」
クレア姉が目を細めて俺の顔を見てきたので、すぐにさっと視線を逸らす。
女神と戦っている時以上に、今の俺は緊張していた。こうして動揺するのも仕方がない。
その後、しばらく議論は続いたが……。
「はあっ、はあっ……まだブラッドはあの女と付き合うっていうのか!?」
カミラ姉が息を切らしながら、俺を追及する。
「もう会議が始まってから、三時間が経過しましたね……」
「ふえぇ。ここまで会議が長引いたのは、初めてだよぉ」
ブレンダ姉とローレンス姉もぐったりしていた。
みんなの疲れも目立ってきた。よし──ここで畳みかけよう。
「何度も言うが、俺はアリエルと真剣に交際する。そして……それをみんなにも認めてもらいたい」
それがみんなに対する、俺の誠意だと思うから──。
「みんなに許してもらえるまで、俺は何日でも──何年かかっても説得を続ける覚悟だ。俺の覚悟に付いてこれるか?」
試すような口調でみんなに問いかける。
すると一転。
優しげな表情をして、魔王がこう口を開いた。
「──ブラッドちゃんが本気でアリエルちゃんを好きなことは分かった」
魔王に言葉に、みんなも一様に頷く。
「どうやら我は子離れ出来ていなかったようだ。ブラッドちゃんがこうして大事な決断を下したのだ。我らもそれを認めざるを得ないだろう」
「だったら……」
「うむ、アリエルちゃんとの交際を──」
魔王は少し言葉を溜めてから、
「認める!」
と晴れやかな顔をして言ってくれたのだ。
それはみんなも同じで、
「魔王様がそう言うなら仕方がないな。癪に触るが、私も認めてやる」
「儂もじゃ。アリエルが良いヤツだということは、今回の一連の流れを見て分かったしな」
「そもそも私達の可愛い弟が選んだ女性です。悪い女なわけがありませんから」
「ブラッド! お幸せにね!」
と俺に祝福の言葉を投げかけてくれた。
「なんか長い会議をした割には、随分とあっさり認めてくれるんだな」
「まあ四天王のみんなも、ブラッドちゃんが一人前の男になったと認めておるのだろう」
と魔王が弾んだ声で言う。
「じゃあ、話し合いも済んだところで……俺はそろそろノワールに戻るよ。アリエルが待っているだろうから」
それに俺だって、早くアリエルに会いたい。
俺は席を立ち、転移魔法を発動する。
「ブラッドちゃん! 落ち着いたら魔王城に戻ってくるんだぞ? そなたには次期魔王としての引き継ぎがまだまだ残っておる!」
「当たり前だ!」
俺は親指をぐっと突き立てて、ノワールに転移するのだった。
◆ ◆
「魔王様。どうしてこのような茶番をやったのですか?」
ブラッドがいなくなった後。
ブレンダが魔王にそう問いかけた。
「茶番とは?」
「最初からお認めになるつもりだったのでしょう? そしてそれはこの場にいるみんなも同じです」
ブレンダの言葉に、他の四天王も首肯する。
魔王は椅子の背もたれに体重を預け、天井を向いた。
こうしているだけで、ブラッドを拾った時──そしてここまで育てた記憶が甦ってくる。
「……なあ、嬉しいとは思わぬか? 誰と付き合おうが、ブラッドちゃんの勝手だ。それなのにわざわざ、それを我らに話してくれた」
ブラッドがアリエルと一緒にいるのを実際に見た時から、魔王は最初から感じていた。
ブラッドはアリエルを愛している。
そしてアリエルもそれは同じだ。
恋人同士になるのは時間の問題で、我らはそれを見守ることしか出来ない……と。
「だから我も真剣にブラッドちゃんの将来を考え、結論を出すべきだと思ったのだ。それが我らなりの誠意の形だろう?」
「……そうですね」
とブレンダが微笑む。
「ブラッドに恋人か〜! ちょっと前までは、まだちっちゃい子どもだったのに……感慨深いね!」
ローレンスも後頭部に両手を回して、感慨深い様子でそう口にする。
「ブラッドは幸せものだな。一生を賭してでも、守りたい異性が見つかるなんて」
「儂等では出来なかったことじゃな」
カミラとクレアがお互いに顔を見合って笑う。
会議室は幸せな空気で満たされていた。
「そう──あれがブラッドちゃんの良さであり強さだ」
力というのは振るう者によって、良きにも悪きにも変わる。
魔王がブラッドに口酸っぱくして教えていたことだ。
これはブラッドが魔王の血に流され、力を暴走させないためという理由もある。
だが──なにより、魔王はブラッドに立派な人間に育って欲しかったのだ。
「ブラッドちゃんは強い人間に育ってくれた。それが我は嬉しい」
「魔王様。もしかして泣いて……」
ブレンダに指摘されそうになったので、魔王はみんなに背を向ける。
(この歳になると涙脆くなるのお)
しかしそれは悲しさや寂しさからではない。
目から零れ落ちる涙は嬉しさの結晶だ。
おかげさまで、小説3巻がKラノベブックス様より発売となりました。
皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
また、白土悠介先生によるコミカライズ1巻も1月6日に発売予定ですので、そちらもぜひぜひよろしくお願いいたします。