117・次期魔王
「次期魔王として──ブラッドちゃんを任命する!」
魔王が高らかにそう宣言すると、魔王城が打ち震えんばかりの歓声に包まれた。
「次期魔王様、万歳!」
「つい最近まで鼻垂れ小僧だったブラッドが次期魔王か……感慨深いぜ」
「だが、実力なら申し分ない」
そんな声も聞こえてくる。
俺は壇上でむず痒い気分になりながら、頬を掻くのであった。
あれから──俺達は今回の騒動が女神の仕業だったということを、大々的に発表した。
もちろん、魔王軍だけではなく、人間に対しても……だ。
しかし神層にあった紅色の魔石のこと含め、あまりに荒唐無稽な話。
魔王軍の中では別だが、人間の中では信じていない者も多くいた。
やっぱり魔王軍の仕業だったんじゃないか?
《大騒動》もエトガルの殺害も、正体不明の巨人の出現も──全て魔王軍のせいで、ヤツらは大規模な戦争を起こそうとしているんじゃないか……ってな。
そういう意見が出るのは仕方がない。というか今までの経緯を思えば、そう考えるのが妥当だろう。
しかし世界各地で魔王と四天王が颯爽と現れ、巨人──女神の分身を討ち滅ぼし、人々を救ったのは事実だ。
そういったこともあって、魔王軍を救世主として崇める者もちらほらいる。
騎士団長のユリアーナも魔王軍の悪評判を打ち消すのに、一躍買ってくれているらしい。
ゆえに──徐々にではあるが、人間に対する魔王軍の印象も変わりつつある。
魔王が願う『人間と魔王軍の共存』に関しては、今回の件でプラスマイナスゼロといったところ。
その大願を果たすのは、女神を倒すより難しいみたいだ。
しかしなんにせよ、今回の件で人間と魔王軍との全面戦争が勃発する──というのはなんとか避けることが出来た。
これからもしばらくは、だらだらとした戦いが繰り広げられていくだろう。
──という情勢がはっきりしてから、あらためて魔王により次期魔王任命式が執り行われた。
魔王もまだまだ仕事が残っており、俺も半人前だ。
すぐに魔王として就任するというわけにはいかなかったが、彼女が次期魔王として俺を指名したことは大きな意義がある。
先の戦いで、魔王軍は多大な被害を受けた。女神によって魔王城が変貌させられる余波で、城の中に残っていた何人かの魔族が亡くなった。
しかし──全員ではなかった。そもそも魔王城の魔王軍全員が、常時いるわけでもない。それにあれに巻き込まれた魔族も、何人かはしぶとく生き残った。マテオもその中の一人だ。
このしぶとさはさすが魔族といったところだろうか……。
しかし反乱軍を含め、魔王軍を維持する人員が足りなくなったことは事実。
そのため反乱の旗振り役であったマテオにも、再び軍に就いてもらうことにした。
とはいえ、マテオは役職を取り下げられ、しばらく便所掃除係になってしまったが……。
そのことに対して魔王は、
『くくく……我に逆らったのだ。しばらくはコキ使ってやる』
と悪い笑みを浮かべていた。
だが、本来は死刑になってもおかしくない立場。
それなのに再び魔王軍として雇うのは、優しくて器の大きい魔王らしい行動ともいえた。
「ほんとに……こいつには敵わんよな」
「次期魔王よ、なんか言ったか?」
魔王が可愛らしく首をかしげた。
いつか彼女のようになりたい──。
俺はまだまだ、魔王の背中を追いかけることになるだろう。
「それにしても魔王、その『次期魔王』って呼び方はやめてくれるか? 反応がし辛い」
「むむむ。しかしそなたが正式に魔王となったら、我とて『魔王様』と呼ぶことになるんだぞ? じゃないと、下に示しがつかん」
実は魔王にも本来の名前があるんだが──長ったらしすぎて呼ぶ気にもならん。
「だったら、せめて正式な場じゃない時は今まで通り『ブラッドちゃん』って呼んでくれよ。それがいい」
「ん……分かった!」
と嬉しそうに魔王がパッと表情を明るくした。
最高の魔王なのに、こういう無邪気な表情を見ている時は、ただの幼女にしか見えないのであった。
「ブラッド!」
壇上から降りると、真っ先に四天王のみんなが駆け寄ってきた。
「なかなか立派になったな。しかしお前はまだまだだ。これからも剣の稽古を付けてやるぞ!」
「既にブラッドの方が強くなっておろうが。お主が教えられる立場じゃないか? そんなことより魔法じゃ。ブラッドには儂が魔法を教えるのじゃ!」
「貴様だって、ブラッドの方が上手く魔法を使えるだろうが! それに比べ、剣ってのは奥が深いんだよ。バカみたいにポンポン魔法を放ってれば、それで良いってものではない」
「……まずはお主を葬るのが先か?」
火花を散らせるカミラ姉とクレア姉。
相変わらず、二人の仲は最悪だった。
「ブラッドに治癒魔法を教えるのは楽しかったんですが……もう教えることはなにもありませんね」
「ボクも、ボクも〜! そう思うと、なんだか寂しくなっちゃうよね!」
ブレンダ姉とローレンス姉も、そう言う。
だが。
「いや……カミラ姉が言う通り、俺はまだまだ若輩者だ」
俺の言葉に、きょとんとする四天王一同。
「だから……これからも色々と教えて欲しい。俺はもっと強くなれる。そしてその時は──」
俺は肩をすくめて、こう口にする。
「厳しく鍛えてくれよな。俺はやっぱり、そっちの方が性に合うみたいだ」
四天王一同が笑う。
しかし揃いも揃って悪い顔だ。
一体どのような手段で俺を痛ぶろうか……考えているに違いない。
だが、今の俺は何故だかワクワクしていた。
「さて、楽しくお喋りするのもいいのだが……」
一転。
魔王が真剣な表情になって、こう告げる。
「それよりも話し合うべきことがある。今から会議室に直行だ」
「そうだな。なんなら、こっちの方が大切だ」
「由々しき問題じゃ」
「最悪、魔王軍存続の危機に関わってくるでしょうね」
「ブラッドが勝手なことをするから……」
四天王一同も表情を引き締める。
ごくり──。
その物々しい雰囲気に、無意識に俺も唾を呑み込んでしまった。
魔王は俺の手を引っ張り、城の会議室へ歩いていった。
「議題は『ブラッドちゃんに恋人が出来たから、どうしようか問題』──だ」