112・救い
「アリエルを救う。そんでもって女神も倒す」
そう──これが俺の答えだ。
なにかを捨てるために、俺は魔王の力を得たわけではない。
大切なものを守るために、強くなろうとしたんだ。
「そうか」
魔王はニカッと笑い、
「やはり成長したな、ブラッドちゃん。魔王の力を継承してくれたのがそなたで本当に良かった」
と俺の頭を撫でてくれた。
体の大きさだけで言うと、魔王は俺よりかなり小さい。
しかし今の彼女の手は実際よりもとても大きく感じた。
「俺の考えは甘いか?」
「甘い。だが──間違いではない。ブラッドちゃんにとって、アリエルちゃんが一番なんだろう? それはちょっと悔しいが……生涯を賭けても守り抜く人をブラッドちゃんが見つけてくれて、我は嬉しいぞ」
そうだ、俺にとってアリエルは一番で──。
って、え?
「一番って……どうしてそれを魔王が知っている? アリエルだけにしか話していなかったはずだが……」
「……!」
そう言うと、魔王は露骨に視線を外した。
……どうやらあの時の部屋の様子も、魔王にも全部知られていたらしい。まあ今はそれを問い質している場合でもないが。
「他のみんなはどう思う?」
「儂はブラッドがそう言うなら問題ない」
「私もです。ブラッド、成長しましたね」
「ボクはブラッドが自分の意見を言ってくれて、嬉しいよ〜!」
クレア姉、ブレンダ姉、ローレンス姉が順番にそう口にする。
「私も言わずもがな。なんなら、アリエルを見捨てるだなんてブリスが言ったら、一発殴ろうと思ってたんだから!」
エドラを杖を握りしめて、力強く言った。
そして最後に──カミラ姉。
彼女は俺の甘さを咎めていたが……。
「はっ! 最初からそう言えばよかったんだ! 中途半端な気持ちのままだったら、ぶっ飛ばしていたぞ! ブラッド、良い目をしている。今のお前を無能だというヤツはいないだろう」
と気持ちのいい笑みを浮かべた。
「さて……ブラッドちゃんの迷いもなくなったところで、これからのことを決めようか」
パンパンと魔王は手を叩いて、こう話を続ける。
「まずは各地の女神。大元の女神が倒されれば、自動的に消滅するかもしれないが──それまでにどれだけの被害が出るかも分からん。これは我らで対処しよう」
「魔王達だけで大丈夫なのか?」
「ならば逆に問おう。無理だと思うか?」
「……悪い。愚問だったな」
と俺は肩をすくめる。
「みんな……怖くないの? 相手は女神だよ?」
エドラはそんな彼女等に向けて、不安そうにそう尋ねた。
しかし四天王は揃って、
「怖い? そんな感情、忘れちまったな!」
「血湧き肉躍るのお。怖いどころかワクワクしておる。丁度試してみたい魔法がたくさんあった。女神はその実験体となるのじゃ」
「ここまでの大規模な戦いは千年ぶりでしょうか? 久しぶりに本気が出せそうです」
「ブレンダ〜、違うよ。千年前の時の戦いもなかなかだったけど、三百年前の大戦もすごかったよ! それを思えば、今更女神ごときにボク達が怯むはずないよね!」
笑顔でそう答えた。
そうだ。
最強の四天王と魔王が女神ごときに負けっぱなしのままでいるはずがない。
「エドラはどうする? どこかに隠れておくのも手だが……」
「私も四天王さんと一緒に戦う! 私だけ見学だなんて絶対に嫌!」
「分かった。だったら、ブレンダ姉とローレンス姉に付いていろ」
彼女達は《治癒》と《支援》の最強格。
この二人なら、仮にエドラが傷ついても癒してくれるだろうし、彼女をサポートすることが出来るからだ。
「そしてブラッドちゃん。そなたには……」
「ああ、分かっている。女神を倒し、アリエルを救えばいいんだな」
「そうだ」
魔王が力強く答える。
「ヤツは今でも、あの城で完全体になろうとしているだろう。そこでアリエルちゃんから女神を引っ剥がす方法だが──正直、不確定な部分もあって、あまり頼りたくはない方法であった。しかしブラッドちゃんが覚悟を決めたなら教えよう。
まずは女神を戦闘不能状態にする。これは必須条件だ。
そしてその女神の意識が薄くなったところで、アリエルちゃんの意識を呼び戻す。これにはいくつかの方法が考えられるが──手っ取り早い方法が、アリエルちゃんの頭の中をブラッドちゃんでいっぱいにしてしまえばいい」
「いっぱいに……?」
「そうだ。現に女神はそれを一度嫌がった。アヒムを暴走させたのも、それが原因なのだと思う」
と魔王は俺の胸に軽く拳を突き当て、こう言葉を続けた。
「一瞬だけでいい。強烈な一撃をお見舞いしてやれ。とはいえ、相手は女神だ。戦闘不能状態に陥っても、すぐに回復してしまう可能性がある。時間をかけるな。気を抜くなよ?」
アリエルの頭の中を俺のことでいっぱいに──。
なんだろう。
すごくふわふわした回答だ。
だが、俺にはある方法が思い浮かんでいた。
「時間もあまりない。皆の者、すぐに持ち場に付け。我ら魔王軍の強さを神に思い知らせてやるのだ!」
魔王がそう号令をかけると、みんなは鬨の声を上げた。