106・救済
「蒼天の姫とはなんなのでしょうか……」
不安げな表情でアリエルが口から疑問を漏らす。
「それも分からぬ。だが、ヤツらが執拗に狙うほど、蒼天の姫──アリエルちゃんには価値があるということだろう」
「ユリアーナを裏切させたりして、随分と手もこんでいたしな」
「そうだ。マテオは『蒼天の姫は高潔な魂の持ち主』と聞かされていたらしい。さらに魔力も人と違う特徴があるのだが──マテオでは、完璧に見分けが付かないらしいな」
高潔な魂の持ち主──これはユリアーナの話で出てきた、謎の老婆も言っていた。
マテオは魔法など使わず、物理でガンガン攻めるタイプだ。カミラ姉の部下アヒムが気付いて、マテオが分からないのも説明が付く。
「あと──関係あるかは分からないが、こんな言葉がある。『蒼の天を翔る少女。神の姿となりて、世界に救済をもたらさん』──と」
救済──。
その言葉に、俺は何故だかぞっとした。
「なんでしょうか、それは?」
アリエルが目を丸くする。
「神層に関係している遺跡で、我が見かけた一節だ。その時は気にも留めていなかったせいで、思い出すのに時間がかかったがな」
「蒼の天……翔る少女……偶然かもしれないが、覚えておいて損はなさそうだな」
「うむ」
と魔王は首を縦に振った。
「取りあえず、ここからの方針としては教団と紅色の魔石を探りつつ、アリエルちゃんを保護しよう」
「あ、あのいいんですか? わたくしは人間で、あなた達は魔族ですが……そこまでしてもらって」
恐る恐るアリエルがそう口にする。
「なんだ、嫌か?」
「い、いえいえ! そんなことはありませんわ! ただ……どうしてそこまでしてくれるのか……って」
俺は魔王のお人好しの性格を知っているから、こんな提案が飛び出してもあまり違和感はないが、アリエル達はそうではないだろう。
彼女達にとって、今まで魔王は恐怖の象徴だったのだ。
彼女の問いに対して、魔王は優しげな表情を浮かべてこう言った。
「紅色の魔石を所有している魔族が反乱を起こした。そしてマテオ達はアリエルちゃんを攫うための捨て駒とされている節があった。だからアリエルちゃんのことは、最早我らにとっても他人事ではないのだ」
「それはそうですが……ならば、教団に攫われる前にわたくしを殺してしまえばいいという考えは?」
「くくく……その考えだけで、我が人間にどれだけ残虐非道と思われているかが窺い知れるな」
と魔王は苦笑した。
「しかし──それも却下だ。我がブラッドちゃんのお友達に危害を加えるはずがないだろう。そんなことをすれば、ブラッドちゃんに一生恨まれてしまう」
「当たり前だ」
俺はそう言葉を挟む。
「……まあ、おっぱいがでかいのはちょっと気に食わんがな」
「胸は関係ないのでは!?」
「冗談だ」
一転──魔王は再び真剣な声音で、会議をこうまとめる。
「アリエルちゃん──そしてエドラちゃんは我々でしばらく保護する。幸い、この城は部屋も多い。各々の個室も用意出来るだろう。そしてアリエルちゃんとエドラちゃんには、カミラとクレアが警護に就け」
「分かった」
「承知した」
とカミラ姉とクレア姉は即答する。
こういうの、絶対嫌いそうな二人なのにな。それほど、今回の事態を重く受け止めているということか。
「俺は?」
「ブラッドちゃんはなにも言わなくても、アリエルちゃんを守ろうとするだろう? ならばわざわざ指名しなくても問題ない」
「よく分かっていることで」
──ここは魔王城だ。
それに魔王もいる。それだけでかなり強固な守りではあるが、アリエルに気を遣いすぎるくらいが丁度いいだろう。
「魔王様。私とローレンスはいかがすべきでしょうか?」
「そなたらは我と一緒に魔王軍の把握、そして教団と紅色の魔石を探ることに努める。反乱分子がまだ残っている可能性もあるからな。そうすることが、結果的にアリエルちゃんを守ることにもなる」
「仰せのままに」
「分かったよー!」
ブレンダ姉とローレンス姉のやることも決まった。
「よし、これで会議はお開きにしよう。ブラッドちゃんは二人を部屋まで案内してやってくれ」
「了解した」
みんなが椅子から腰を上げ、思い思いに部屋を後にする。
「あ、そうだ。アリエル」
「なんでしょうか?」
呼びかけると、アリエルはそう返事をした。
「あとで話をしないか?」
「それはいいですが……今じゃダメなんでしょうか?」
「出来れば二人きりの方がいい。今はほら──」
チラッと視線をやると、カミラ姉とクレア姉が喧嘩をしながらこちらに向かってくる最中だった。
「邪魔が入りそうだからな」
「それもそうですね。では、待っていますわ」
そう言って、アリエルは扉を閉めるのだった。
それから夜も更けてきて、そろそろ眠気を感じる時間帯に……。
「アリエル」
俺はアリエルの部屋の窓を、外からコツンコツンと叩いた。
「え、ブリス!? どうしてそんなところから?」
アリエルはすぐに気付いて、こちらまで駆け寄ってくる。
「ドアから入ってくれればよかったですのに……」
「俺だって、そうしようと思ったさ」
だが、ドアの前にはカミラ姉とクレア姉がいる。
アリエルと話をさせてくれと二人に頼んだが……。
『ダメに決まっているだろう! お前は大人の階段を登るのはまだ早い!』
『そうじゃ! 魔王城で淫行は許さん!』
となにか勘違いしているようだった。
だから他人が見るとかなり情けない光景であっても、こうして窓から入るしかなかったのである。
「……ここって十階と聞いていますが」
「そうだな」
「まあ今更ですか」
アリエルは息を吐いて窓を開け、俺を部屋の中に招き入れてくれた。
「ありがとう」
「いえいえ。こうまでして、わたくしに会いにきてくれるのは嬉しいですわ。それにしてもお話とは一体なんでしょう?」
「俺がアリエル達を置いて、クレア姉と魔王城に行っただろ? その時のことを話そうと思って……」
「約束……あっ」
「ありがとうございます。とても興味がありますわ」
「あと──話はそれだけじゃない」
「え……?」
アリエルが目を丸くする。
「とにかく、魔王城で会った試練のことについて話をしようか。俺は魔王の血の力を使いこなすため──」
「お待ちください」
そう言って、アリエルは近くのベッドに腰掛ける。そしてその隣をポンポンと叩いた。
「立ち話もなんでしょう? どうかこちらにお座りください」
「ん……そ、そうだな」
隣に座ってもいいのか……と一瞬躊躇するが、アリエルと俺の仲だ。これも今更だろう。
俺は彼女の言葉に甘えて、隣に腰を下ろした。