105・友達を実家に連れて行くのは恥ずかしい
「おお、ブラッドちゃん。戻ったか」
魔王城に転移すると、縄でぐるぐる巻きにされたマテオ達の姿が見えた。
その前には四天王《治癒》の最強格ブレンダ姉、《支援》の最強格ローレンス姉。
そして──魔王の姿もあった。
「ただいま。その様子だと……反乱は無事におさまったみたいだな」
「当たり前だ。我にしたら丁度いい運動になった。それにこやつらに稽古も付けられたし、一石二鳥だ。なあ、マテオよ」
ビクッ!
魔王がマテオを睨むと、彼は恐怖で震え出した。一体、どんな戦いだったんだか……。
「お、お初にお目にかかります。わたくしはアリエルと申しますわ!」
「私はエドラ……です」
魔王と話していると、アリエルとエドラが緊張した面持ちで彼女に挨拶をした。
「ふむ……」
魔王は品定めするように二人をジロジロと眺めて、こちらに歩み寄る。
「ブラッドちゃんが家出中──そなたらがブラッドちゃんを誘惑していた女共だな? アリエルちゃんとエドラちゃんと呼んでいいか?」
「は、はいっ! それはもちろん……ですが、ブリスを誘惑していたなんてことは!」
アリエルは顔を強ばらせる。
魔王といえば、人間の中で恐怖の象徴なのである。そんな魔王が目の前にいたら、こんな反応になるのも仕方がない。
「いーや、そなたはブラッドちゃんを誘惑しておった。何故ならこんなにおっきなおっぱいをしているのだからな!」
おっぱいかよ……。
魔王はアリエルの胸を凝視している。
彼女は恥ずかしがって、両手で胸を隠していた。恥ずかしの表情をしているアリエルも可愛いい……って、今はそんなことをしている場合じゃないか。
「そんなことより魔王」
俺は彼女の顔を見て、こう口を動かす。
「色々と聞きたいことがある。話し合いの場を設けてくれないか?」
「奇遇だな。私もブラッドちゃんと同じ考えだった。分からぬことも多いし、お互いの情報を共有しようではないか」
魔王は顔の表情を引き締めて、そう言葉を返す。
「お主等はそこでおとなしくしておけ」
クレア姉がマテオ達を一瞥して、その周りに結界魔法を張る。
古代竜の息も耐える強固な結界だ。これで俺達が目を話している隙に、マテオ達が逃走することもないだろう。
「アリエルとエドラも来るか?」
「は、はい。みなさんがよろしければ」
「私も話を聞きたい」
アリエルとエドラは首を縦に振った。
魔王城に来たという二人の緊張感は、先ほどのやり取りで大分薄くなっていた。
もしかしてそれを気遣って、魔王はわざわざあんな行動に出たのか?
……と一瞬考えるが。
「よし、行くぞ。ブラッドちゃん。会議室はあっちじゃ」
と魔王は俺に腕を絡めて、歩を進めた。
──多分、魔王はただアリエルの胸に嫉妬しただけだ。そう思った。
その後、俺達は会議室に足を運び、そこでいくつかの情報を共有した。
「うむ……宮廷魔道士エトガルか。そいつから情報を吸い上げたかったが、死んでしまったのが口惜しいな」
「魔王はエトガルのことを知っているか?」
「名前くらいは聞いたことがある。しかし所詮、そのレベルだ。ぽっと出がカミラとクレアに勝てるとは思えんがのお」
魔王が視線を向けると、カミラ姉とクレア姉は苦虫を噛む潰したような顔になった。
「あ、あのー……紅色の魔石とは、結局なんなのでしょうか?」
会議に出席していたアリエルがそう発言する。
「そういえば、アリエルにはまだ言ってなかったな。魔王いわく、紅色の魔石は神層にあるものだと考えられるらしい」
「神層……神々がおられる場所ですわよね?」
「そこにいる女神様は創世の神とされ、この世界や私達を作ったと習った。どうしてそんなものが人間界に?」
続いてエドラから飛び出した質問に、俺は肩をすくめて「分からない」と答えるしかなかった。
「そんなものをゼブノア教団っていう組織が大量に持っていて、他に配っているということだよね?」
とローレンス姉が問いを発する。
「おそらくな。魔王、マテオ達からなにか情報を聞き出せたか?」
「そちらも芳しくないな。真相には辿り着いておらん」
「今回の王都襲撃は儂のバカ部下、アヒムが主犯格じゃった。だったら、同じ魔族であるマテオもなにか知らされていたのでは?」
今度はクレア姉が魔王に聞く。
「教団も色々と指揮系統が分かれているようでな。教皇が直接命令してくることは、ほとんどなかったらしい。今回のアヒムも──」
魔王の説明ではこうだ。
アヒムが王都を襲撃したのも、元々はそこに住むう人達を混乱させるのが目的だったらしい。そしてその後、混乱する街に教団が訪れれば、それは救いの使者として迎えられると。
前回、ディルクが古代竜を使って、《大騒動》を引き起こした時と同じような理由だな。
しかし作戦を展開中、アヒムは気付いた。アリエルが蒼天の姫なのでは──と。
そこで急遽、アリエルを奪還する作戦へと移行した。教団──そして教皇にとって、蒼天の姫の奪取は悲願だった。
教皇はそこで二段構えの作戦を取った。アヒムが蒼天の姫を攫えるならそれでいい。しかし失敗した場合の作戦──という二つ目だ。
ここで一番厄介なのは俺やクレア姉の存在だったらしい。
しかし二人とも、アリエルから離れたことを受けて、マテオに魔王城に反乱を起こすように促した。
全ては目眩しのためだ。
そしてその間に、ユリアーナがアリエルを攫い──ということだったらしい。
「気になるな。命令されただけで、マテオが他人の言うことを聞くか?」
と俺は疑問を覚える。
マテオというと、カミラ姉直轄軍の一番弟子。
彼女の直轄軍は、魔王軍の中でも最も気性が荒い。カミラ姉の下に就く際も一悶着あったのに、マテオが教団の言うことを素直に聞くとは思えないのだ。
それに対して、魔王の代わりにブレンダ姉がこう答える。
「強すぎる力は身を滅ぼします。アヒムと同様、強すぎる力を持たされて、目が眩んだのでしょう」
「あいつは強さに固執していたからな。そう聞かされても、疑問には思わねえぜ」
マテオの性格を一番理解しているであろうカミラ姉も、ブレンダ姉の推測に同意した。
「神層にあるものを、何故だか所有しているゼブノア教団……そいつらのトップである教皇にさえ会えれば、色々と分かりそうだがな」
「一つ思ったんじゃが、あのエトガルという宮廷魔道士が教団の教皇だった可能性は? あれほどの力の持ち主じゃぞ? ……まあブラッドは圧倒していたが」
とクレア姉が推論を告げる。
「それだったら、なおさら惜しいことをした──いや、好都合かもしれない。教皇が倒され、教団は混乱するだろうからな。そうなったらアリエル誘拐計画も凍結するかもしれない」
「しかしそれは楽観的な考えだ。ひとまずはそうではないと仮定して、警戒を続けるべきだろうな」
「そうだな」
魔王の言葉に、俺も首肯する。
「蒼天の姫とはなんなのでしょうか……」