103・魔王軍が攻めてきた
「ベルントがここまで連れてこられた時は、どうだったんだ?」
ベルントが城に閉じ込められていたのは、エトガルの目が届く範囲に置いておきたかったという意味もあるのだろう。ユリアーナが救出しようにも、そういう行動に出れば、すぐに彼を殺すことが出来るからだ。
ゆえにベルントはなにかを知っている可能性が高いと考えた。
しかし彼は首を横に振って。
「ううん……訳が分からないうちに、ここまで連れてこられたから。僕を監視する人も、騎士やメイドの姿をしてた」
「まあ、おそらくは偽装の魔法を使い、ベルントの前に姿を現していたのかもな。そこで倒れている男の魔力だったら、それくらいは可能じゃろ」
とエドラはエトガルを忌々しげな視線で見た。
「だったらそのお婆さんが、エトガルに偽装──もしくは変装していたとは考えられないんでしょうか?」
今度はアリエルがそう質問する。
「うーん、魔力自体は似ていると思うんだけどね。でもボクは魔法の専門家じゃないから、なんとも……だけどボクの勘だったら、そういうのじゃなかったと思う。魔法ならともかく、安易な変装なら見破れるしね」
ユリアーナも明確な答えを返せない。
みんなが頭を悩ませていると──突如、倒れているエトガルの体が輝きを放ち始めた。
「みんな、気を付けろ!」
「こいつ……っ!? まだなにかをするつもりなのか!」
異常にいち早く気付いたのは、俺とクレア姉。
すぐに魔法で押さえ込もうとするが、それよりも早く彼の体が内側から爆ぜた。
その光の欠片は周囲に飛び散り、その内の一つがアリエルに向かっていった。
「はあっ!」
しかし光が届く前に、アリエルはそれを一刀する。
「ア、アリエル! 大丈夫か?」
「ええ、この程度問題ありませんわ」
とアリエルは気丈に振る舞う。
「ちっ。なにか自爆魔法でも仕掛けられていたか?」
それならばかなり巧妙な魔法だ。
なにがあってもいいように構えていたが、反応が一瞬遅れてしまった。エトガルは爆発するまで、そんな気配が一切なかったからだ。
「みんなも無事か?」
俺は周囲を眺めながらそう問うと、みんなも首肯した。
「最後に一矢報いようとしたのか?」
「バカなヤツじゃなあ。そんなことをしても、なんにもならんと言うのに」
カミラ姉とクレア姉も呆れ顔だ。
「とにかく、この部屋にいつまでいても仕方がない。ここを出て──」
と地下室を後にしようとした──その時。
「お、おい。なんだ!? この血だらけの部屋は!?」
「あれは……魔王軍四天王のカミラ?」
「いや、四天王クレアもいるぜ! どうしてこいつらがこんなところに……」
「た、大変だ! 魔王軍が攻めてきたんだ!」
「もしかして《大騒動》の原因も魔王軍の仕業なのか!?」
城の騎士らしき人間が、雪崩れ込むように地下室に入ってきて、驚いた目で俺達を見た。
皆、剣や槍を構えて今にも襲いかかってきそうだ。
「……まあこれだけ騒ぎになったんだ。援軍が来てもおかしくはないよな」
と俺は溜め息を吐く。
「待ってくれ」
どうしようか思考している間に、ユリアーナが一歩前に出た。
「き、騎士団長ユリアーナ様! 一体これは……?」
「この人達は悪くない。彼らはボクを救ってくれたんだ」
「救ってくれた……? どういうことですか。それに宮廷魔道士のエトガル様が、こちらに向かっているのを見かけました。エトガル様はどこに……?」
「…………」
答えに窮するユリアーナ。
「まずいな……」
俺はそう呟く。
騎士達から見たら、俺達は完全なる不審者だ。床には血だらけの仲間達も倒れているし、極め付けはカミラ姉とクレア姉の存在。
「なんだ? 戦いか。ならいいぜ」
「このバカモンが!」
とカミラ姉は拳をポキポキと鳴らす。そんな彼女の頭をクレア姉はポコンと叩いた。
彼ら──騎士達の中には戦争かなにかで、二人の姿を見た者もいるんだろう。
人間と魔王軍は長きに渡って、戦いを繰り広げている。
そんな魔王軍の四天王二人が揃っているのだ。警戒心を募らせるのも無理はない。
ユリアーナがこの場を鎮めようとはしてくれているが、状況は厳しい。
「ブリス、ここはボクに任せて」
ユリアーナは俺の方をチラッと見て、小声でそう言う。
「いいのか?」
「うん。これくらいの罪滅ぼしはさせてくれよ。なんとか話を付けてみせる」
「助かる。ベルントは……」
「それもボクに任せてくれ──というより、もっと弟の顔が見ていたいんだけなんだけどね」
「分かった」
俺はベルントをユリアーナに任せ、こう声を上げる。
「みんな、取りあえずここから脱出するぞ。話はまたそれからだ。俺に近付いてくれ」
「ま、待て! そう簡単に逃すわけが──」
騎士達の何人かがユリアーナの制止を振り払って、俺達の方へ駆けようとする。
しかし──もう遅い。
俺はアリエル達をも含めて、即座に転移魔法を発動させた。