102・宮廷魔道士
「ブリス、お怪我はないですか?」
「問題ない」
戦いを終えて、こちらに駆け寄ってくるアリエルに対して、俺はそう言葉を返した。
「ブラッド。しばらく見ないうちに、たくましくなったな」
「さすがはブラッド。自慢の弟じゃ!」
カミラ姉が駆け寄り、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。クレア姉も俺の背中を優しく撫でてくれた。
今までまともに褒められたことなかったのに……急な変化で頭がクラクラする。
ユリアーナは、
「……武闘大会の時から思ってたけど、やっぱり君は魔王軍四天王と知り合いなんだね。後で話を聞かせてもらうよ」
カミラ姉とクレア姉を前にしても平然と話している俺を見て、彼女はそう口にした。
「現況の把握をしよう」
と俺は話を切り出した。
「まずはエトガルについてだが……」
「結局、そいつはなんだったんだろう……」
床に倒れ伏しているエトガルを見て、エドラはそう疑問の声を上げた。
「どちらにせよ悪いヤツには違いない」
「お主は早計すぎる。まあ躊躇なく味方を殺す男じゃ。ろくなヤツではないじゃろうがなあ」
カミラ姉とクレア姉はエトガルに明確な不快感と敵意を示していた。
「……元々はこんなに強い人じゃなかったんだ」
「そうなのか?」
唯一、エトガルのことを前から知っていたユリアーナは困惑顔だ。
「うん。いや……強いことには間違いなかったんだけどね。でも今のブリス相手とはいえ、ここまでまともに戦えるなんて不可能だよ。元々のエトガルさんにだったら、ボク一人でも勝てる」
「それくらいの実力だったということか……」
ユリアーナも強いが、カミラ姉とクレア姉よりは大きく見劣りする。そう考えると、やはりエトガルの強さは異常だ。
「その男は紅色の魔石を持っておった」
クレア姉が言う。俺もそれは戦いながら確認していた。
「それに蒼天の姫──と。やはりこの紅色の魔石騒ぎに関係しているんでしょうか?」
「いっそ、この人が首謀者って聞かされた方が納得出来る」
アリエルとエドラが順番にそう口にする。
確かにこの強さ、そして魔王軍四天王を前にしても余裕を崩さなかった態度。
首謀者──ではなかったとしても、ゼブノア教団のかなり上の立場であると推測が出来る。
「そうだ。これが君達にとって、役に立つ情報になるかは分からないけど……」
とユリアーナが前置きをして、説明を始める。
「エトガルさんは法務大臣も兼任していたんだ。城の中にベルントが閉じ込められているのは知っていたけど……これで腑に落ちたよ。エトガルさんが敵に回っていたから、ベルントを牢屋に閉じ込めることも出来たんだね」
「ということは、ユリアーナの人質を取り、お前に禁術をかけたのはまた別の人物だということだな?」
ここまでの話を聞くに、てっきりエトガルがそうだとも勘違いしてしまいそうになるが……ユリアーナは彼の本性に、今まで気付いていなかった。
歯車が噛み合わない──それでいて、あと一つピースをはめ込めば全貌が分かりそうな……そんなもどかしい気分だ。
「うん。違う人だね。ボクに魔法をかけてきた人物は、一人の老婆だったんだ」
「老婆? 何者だ?」
「ボクも分からない。ただ──」
とユリアーナはその時のことを、とつとつ語り出した。
◆ ◆
「──君達もとうとう、ここまでのようだね」
ユリアーナは魔王軍の魔族──マテオに向かって、剣先を突きつけた。
魔王軍が人間の村を襲っている。
その報告を受け、ユリアーナは騎士団を引き連れてすぐに村へと向かった。相手の中には魔王軍四天王のカミラの右腕とも称される魔族がいる。騎士団長自らが出ていかないと、マテオは仕留められない。
そして村で暴れ回っていた魔族も片付け、ユリアーナはとうとうマテオを追い詰めた。
(正直……かなり手強かった。四天王のカミラが出てこなくて、本当に助かったよ)
冷静を装っているものの、内心では冷や冷やものだった。
「くくく……」
「どうして笑っている?」
マテオは自分が絶対絶命の窮地に陥っているというのに、不敵な笑いを零していた。
「人間の中にも、こんなに強いヤツがいるとはねえ。驚いた。賞賛してやろう」
「ありがとう。でも……随分余裕なんだね?」
とユリアーナは不快感を露わにする。
「ここからどうやって逆転するつもり? もう君には抵抗する力も──」
「随分と楽しそうですね」
「……っ!」
──気付かなかった。
鳥肌が立つ。ユリアーナがすぐに後ろを振り返ると、そこにはローブを羽織った老婆がこちらを見ていた。
「高潔な魂の持ち主と聞いていたから、期待していたのですが……残念です。あなたは蒼天の姫ではありません」
その老婆の声は驚くくらいに澄み渡っていた。
「くそっ!」
ユリアーナはマテオから目線を切り、老婆に攻撃を仕掛けた。
この状況で現れるというのは敵以外に考えられなかったし、なにより目の前の老婆から感じる圧倒的な魔力量。
歴戦の猛者であるユリアーナの勘が告げていた。
今すぐにこいつを処分をしないと、取り返しが付かないことになる──と。
しかし。
「哀れな……」
ユリアーナの剣が届くよりも早く、その老婆は魔法を発動させた。
光の矢がユリアーナの左肩に刺さる。痛みで悶えそうになったが、ユリアーナはぐっと歯を強く噛み締めて、彼女に再び斬りかかる。
しかしどれだけ剣を振るっても、彼女には傷一つ付けることが出来ない。
それどころか相手の魔法によって、ユリアーナは一気に窮地に追い込まれてしまった。
「形成逆転だな」
マテオが勝ち誇った笑みを浮かべて、老婆の隣に立った。
「くっ……! ボクを殺すつもりかい?」
「殺しはしません。蒼天の姫ではないとはいえ、あなたの剣の腕前──そして立場は役に立ちそうですから」
老婆はそう言って、ユリアーナの頭を右手で掴む。
逃げなければならない──しかし思うように体が動かせない。
「これから、あなたは私達の駒として動いてもらいましょう。安心してください。あなたは普段通りに生活していればいいのですから。ですが、いつかあなたの力が必要となってきます。その時まで、せいぜい偽りの平和を享受してください」
「ぐ、ぐあああああああ!」
ユリアーナが絶叫する。
容赦なく流れ込んでくる魔力の奔流になすすべなく、彼女の意識は途切れた。
◆ ◆
「……そして意識が戻った時には、ボクには爆弾が仕掛けられていた。秘密を喋ったり、彼女の意に沿わない行動を取ったら、弟のベルントが殺される……という爆弾をね」
「ちっ……そういえば昔、あいつ一人で出撃したことがあったな。王国の騎士団長が出てくる可能性があるから、私も行く……って言っても、一人で行くって聞かなかった」
「そうだったのか?」
「ああ。作戦は成功した──と聞いていたが、そんな勝手な真似をしやがってたのか。思えば、あの時からマテオは裏切ってたんだな」
とカミラ姉は怒り心頭のようである。
当たり前だ。自分の右腕とも思っていた魔族の裏切り。そしてマテオを制御しきれなかった自分自身に腹を立てているのだろう。
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