101・反撃
「……?」
一瞬の出来事にエトガルは理解が追いついていないよう。
「もう少しゆっくり姉さん達と話をしたかったが……取りあえず、お前から片付けよう。うるさくて気が散る」
俺はエトガルと一瞬で距離を詰め、胸に刺さっている剣を抜いた。
血が大量に噴出する。
だが、エトガルは少しも怯まず俺から離れる。
「哀れな……」
その表情は悔しさ、苦しさ、驚き──そういった感情が一切含まれていなかった。
まるで可哀想な子羊を見て涙を流しそうな、そんな悲しみに満ちた顔だった。
「救済がまた遠のきましたね。仕方ありません──まずは反逆者を始末しましょう」
「救済? なにを言っているか分からないが、余計なお世話だ」
エトガルの身につけている指輪が赤く煌めく。
あれは紅色の魔石か。まあ今更、そんなものがあったところでどうしようもないがな。
彼の周りに数多の光の矢が出現する。それらは彼が俺に指を向けると、一斉に発射された。
「エビルカウンター」
俺が魔法を発動すると、こちらに向かっていた矢が百八十度方向を変え、エトガルに殺到する。
「私に逆らうとは愚かです」
彼が拳をぎゅっと握ると、光の矢は全て内側から爆発した。
爆風でアリエル達が吹き飛ばされないように、俺は即座に結界魔法を張る──だが、その隙に。
「慈悲なる聖櫃」
ヤツは俺を包むように結界を張った。
俺を守ってくれた? ──違う。聖櫃の中に閉じ込められた俺に、結界の壁の内側から光線が飛ぶ。
本来なら結界を破って逃げることも出来ず、光によって一瞬で身を灼かれてしまうだろう。
だが──まだ甘い。
「無駄だ」
軽く剣で払うと、聖櫃は瞬く間に崩壊した。
俺は休む間もなく床を蹴り、エトガルの元へ疾駆する。胸元に潜り込み、攻撃の一手を放った。
当然、彼も距離を取ろうとする。だが、これでは間に合わない。
ヤツの心臓には届かなかったが、俺の剣は確かに彼の右腕を捉えた。
切断されたエトガルの右腕が宙をクルクルと舞い、床に転がる。
「あ、あの男相手に圧倒しているだと……? あいつの力は底なしか?」
「ブラッドめ。魔王の試練で一体どれほどの力を得たというのじゃ」
後ろからカミラ姉とクレア姉の驚いた声が聞こえた。
「ブリス……元々十分強かったですが、今はまるで別人のようですわ。正直、動きが見えません」
「強すぎる……」
「時間稼ぎとはいえ──ボクと戦っている時は本気だと思った。でもこの戦いを見て気付いたよ。彼はボク相手に、ちっとも本気を出していなかったんだ」
アリエルにエドラ、ユリアーナも順番にそう口にする。
だが。
「素晴らしい。人の身でよくぞここまで強くなりました。素直に賞賛いたしましょう」
エトガルは余裕を崩さず、口元には穏やかな笑みさえ浮かんでいた。
右腕が切断されたままだというのに、痛みを感じている様子はなかった。
「しかし──歯痒いですね。蒼天の姫が目の前にいるというのに、お預けとは。やはりこの雑兵では我が力を引き出せません」
「お前はさっきからなにを言っている? それに蒼天の姫と言ったな。お前はなにを知っている?」
俺の問いかけはエトガルに届いていないのか──彼はくるっと身を翻して、この場から離脱しようとする素振りを見せる。
「仕方がありません。一旦体勢を整えましょう。安心してください。またすぐにあなた達の救済を──っ!?」
そこで初めて、エトガルの顔から余裕が消えた。
無音。
彼の心臓の鼓動の音がやんだ。
「心臓が闇で覆われ……まさか……っ!?」
「表面上は外傷がなかったようだが、闇のままの剣世界の直撃を受けたんだ。タダで済むはずがねえだろうが」
「その身にはしっかりと闇の刻印が刻まれていたようじゃな」
カミラ姉とクレア姉がニヤリと笑う。
「終わりだ」
俺は跳躍し、手を天高く上げる。
頭上に巨大な闇の剣を錬成。
「ダークネスブレイド」
俺がそう魔法名を唱え、手を下げる。
闇の剣は真っ直ぐエトガルに向かい──胸を貫き、ヤツにトドメを刺したのだ。
「哀れな……」
しかし最後の最後。
彼の悲しそうな表情がやけに目に焼き付いた。