100・世界を闇で覆うまで
※前回、出てきました教皇についてですが先の展開も考えまして、教皇→宮廷魔導師エトガルに変更しました。
「闇のままの剣世界」
そして開眼。
「うおおおおおおお!」
クレアの魔力によって錬成した闇の剣を振り上げ、エトガルに向かっていくカミラ。
──古代から魔族の中で連綿と受け継がれるこの魔法には、こんな伝承が残されている。
一振り──地上が闇で覆われる。
二振り──海が闇で覆われる。
三振り──空が闇で覆われる。
世界を闇で覆うまで──剣は殺戮を繰り返すだろう。
無限に振るう剣の切っ先には、無数の闇が付随している。
それは世界を闇で覆い尽くすまで、殺戮を繰り返す闇の剣だ。
そんな闇の剣がエトガルに直撃した。
だが──。
「──っ!」
剣を振るった当人、カミラ──そしてクレアも言葉を失ってしまう。
剣の直撃を受けてなお、エトガルは無傷だったのだから──。
「こんの……っ、化け物が」
カミラの口元には笑みが浮かんでいた。あまりの力量差に笑うしかないのだ。
「待て、話し合おう。話し合えば、分かりあえるはずじゃ」
(今は可能な限り時間を稼ぐしかない!)
クレアは内心そう焦っていたが、その動揺を悟られないように努める。
だが。
「ふふふ、時間稼ぎのつもりですか? 虫ケラらしい考えです。ですが、まあ──それくらいは答えてもいいでしょう」
エトガルは全てを見通していた。
「話し合いというのは簡単なことです。私はあなた達を殺したくない。でも私の世界に虫ケラは必要ない。だから──今ここで自害しなさい」
「……話し合いは決裂じゃな」
そう肩をすくめるクレア。
打つ手なし──悔しいが、儂とカミラではエトガルを討つことは出来ぬ。
それを悟ったクレアは降参と言わんばかりに両手を挙げる。
「残念です」
エトガルは悲しみの表情を浮かべ、掌に光の魔法剣を錬成した──。
◆ ◆
カミラ姉とクレア姉が喧嘩を始め、通信が途切れた時も「またバカやってる」と呆れるくらいだった。
そしてそれから少し経つと、城内で発生した異常な魔力に気付いた。
「なんだ、これは……?」
一人はクレア姉のものだ。しかしそれと同質──いや、それ以上。
「それにこの感じ……間違いない。闇のままの剣世界が発動されたか」
俺でも話に聞いたくらいで、実物は見たことがない。
二人が使う最強の魔法だと聞いていたが、それを使うくらいに追い込まれているということか……?
「ブリス……なんでしょう? とても嫌な感じがしますが」
「すごい魔力……! こんなの、今まで感じたことない!」
「なにが起こっているんというんだい……?」
物々しい雰囲気と魔力に、アリエルとエドラ、そしてユリアーナも気付く。
弛緩していた空気が一気に張り詰める。あらたな戦いの予感を俺達に抱かせた。
「全く、世話の焼ける姉達だ」
そう言って、俺は三人の方へ顔を向ける。
「三人はここで待っててくれ。俺は──」
「もしやクレアさん達のところに行くつもりですか?」
「ブリスの表情を見ていれば分かる。クレアさんとカミラさんになにかがあった」
「ボクも行くよ。ブリス達の盾くらいにはなれるはずだから」
三人をここに置いて、転移魔法を使おうとしたが……そんな「連れてって!」みたいな顔で見られたら、断れないじゃないか。
「……はあ。分かった。まあ今の俺だったら、三人を守ることも出来るしな。よし、俺の体に捕まってろ。バカ姉たちのもとに転移するぞ!」
「待ってください。ブリスも転移魔法が使えるのですか……?」
「あー……そのあたりはまた落ち着いてから説明する。取りあえず、今はバカ姉のことだ」
「「「はい!」」」
三人が一様に頷く。
俺は転移魔法を発動し、クレア姉達のところへ向かった。
二人の元へ転移すると、光の魔法剣によってクレア姉が斬殺されようとしている瞬間だった。
「クレア姉!」
考えるよりも早く体が動いていた。
俺はその光の魔法剣を斬って、破壊する。
自らが握る剣の刀身を斬られ、目を丸くする謎の男。俺はすぐにクレア姉を抱えて、男から距離を取った。
「おぉ、ようやく来よったか。さすがに今回ばかりは死ぬと思ったぞ」
「……なにが起こっている?」
クレア姉を地面に降ろす。
彼女は至る所に傷を負っており、血を流している。ここまで傷だらけのクレア姉を見るのは初めてだ。
「ちっ……お前に助けてもらうなんてな。情けない」
とカミラ姉も悔しそうに歯軋りする。
彼女もボロボロだ。二人の姿を見ているだけでも、いかに戦いが激しかったのかが分かった。
「うむ。ユリアーナの弟は無事に救出したのじゃがな。ブラッドと合流しようかと思えば、あの男が──」
「ベルント!」
クレア姉が喋ろうとすると、ユリアーナが自分の弟──ベルントを見つけて、抱擁を交わす。
「無事だったか?」
「うん! この強いお姉ちゃん達に助けてもらったんだ」
そう言って、ベルントはクレア姉──そしてカミラ姉の顔を順番に見る。
カミラ姉は頬を掻き、ちょっと照れ臭そうだ。
「あの男……ヤツがやったんだな」
彼はこの惨状に似つかわしくない、穏やかな笑みを浮かべている。
まるで生まれたばかりの赤子を前にするような、慈悲に満ちた眼差しであった。
「クレア姉とカミラ姉がここまで苦戦するのは珍しい。ヤツは何者だ?」
「分からぬ……ヤツはエトガルと名乗っていたが……」
とクレア姉が困惑する。
「エトガル……さん?」
俺が相手の動きを観察していると、ユリアーナが震えた声を発した。
「ユリアーナは知っているのか?」
「う、うん。最高の宮廷魔道士と呼ばれた人間だよ。陛下に忠誠を誓い、曲がったことが大嫌いな男。それでいて謙虚で穏やかな性格をしていて、部下にも慕われていた。どうしてエトガルさんがここに……」
なるほどな……最高の宮廷魔道士か。ならばカミラ姉とクレア姉が苦戦しても、なんらおかしくはない。
──とはならない。
カミラ姉とクレア姉はたった一人で十万の兵にも匹敵する力を持つと言われている、魔王軍四天王なんだぞ?
それなのにたかが宮廷魔道士一人に遅れを取るものとは思えない。
そもそもこいつがそれだけ強いなら、俺が魔王軍にいた頃からその名は轟いているはずだ。
ゆえに──最高の宮廷魔道士と呼ばれようとも、所詮その程度。
四天王の敵にはならないはずだ。
「ふふふ──まさかあなたから来てくれるとは」
俺が思考を続けていると、男──エトガルは上機嫌にそう口にする。
その視線は俺──ではなく、アリエル一人に向けられていた。
「……っ!」
それをアリエルも感じ取ったのか、彼女は剣に手をやる。
「好都合です。やはりあなたも私に会いたかったのですか。良いことですね。安心してください。あなたはこの虫ケラ達とは違う。慈悲によって包み、そしてあなたは──」
「うるさいぞ」
──俺が投擲した剣が、エトガルの胸に刺さった。
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