2 そもそも、なにがどうなってるんだっけ?
誰かを責めたり、攻撃したりする前に、相手の立場に立って考えることで、心が落ち着くことがあります。心が落ち着けば、できることが増えて来る。
天平とユーリが何を考えているか、彼らのやり取りを、ぜひ読んでみてください。
天平「それにしても――武漢の新型ウィルス、日に日に大事になっていくな」
ユーリ「熊本の地震のときも、地震が発生してすぐは、被害ってそれほどない印象持ってた気がする……けどそれって、被害が少なかったんじゃなくて、誰が被害にあって誰が被害にあってないかすぐにはわからないから、被害者数っていう数字に出てこなかっただけで――」
天平「熊本のときの場合は、最初の大揺れのときはまだ持ちこたえてて。二度目でくじかれた建物や亡くなった人が多かったから。……あのときはオレらまだ低学年で、何が起きてるかわからないことは多かったけど、毎日のように被害が明らかになってって怖かったの、覚えてる」
ユーリ「――だね。小牟田自体には余震はなかったと思うけど、テレビで毎日、熊本の余震の情報が速報で入ってきてた。それに、さっきも話に出てたけど、地震の後の避難所生活でエコノミー症候群になってしまう人が出て来て、地震関連死者数が増えていって……」
天平「今回のは新型ウィルスによる感染症だから、地震の場合と話が違うけどな? 一度の衝撃で広範囲に被害が出る地震と違って、感染症のホントのホントの始まりはきっと一点からで。けど、その一点で、感染がまだ小さくすんでいる段階で収まらずに拡散してしまったせいで、今は世界中で感染者数が増え続けているけど――」
ユーリ「ホント、世界規模になってきたよね」
天平「こうなるのは……クルーズ船での感染者の増え方とか、日本国内での感染者の増え方とかを連日テレビの放送見てたら、よその国も危険だと思わざるを得なかったから、予想してなかったわけじゃないけど――」
ユーリ「新型ウィルスとか、コロナウィルスとか、新型肺炎とか、テレビでポツポツ言われ始めたころは、通常のインフルエンザと同じようなものだと思っていたんだけど……。もちろん、通常のインフルエンザも危険だから、十分に気をつけないといけないし、毎年、インフルエンザにかかる人はたくさんいて、亡くなる人もいるけど――」
天平「テレビでポツポツ言われ始めた時点では、ちょっと楽観視してたかもなぁ。新型ウィルスの感染者数、こんなに増えると思ってなかったし、学校が休校になるとか、こんな大事になるとは――思ってなかったな」
ユーリ「新型ウィルスの感染力も、最初のころに想定されてた以上に強いみたいだし。感染症って、ホントに感染して感染して広がっていくものなんだね……」
天平「ねずみ算式ってヤツ? 一人が複数の人に感染させたら、その感染した人がまたそれぞれ複数の人に感染させてしまうと、どんどん感染者の数が増えていってしまうから――」
ユーリ「あっという間にすごいことになってしまうね」
天平「タイミングが悪かったよな。春節じゃなければ――春節の時期の中国で発生したんじゃなければ、いくらか感染の拡大を抑えられただろうに。……っつか、中国は、自分の国が発生源じゃないって言ってるんだっけ?」
ユーリ「……そんなこと言ってたかも?」
天平「実際に中国が発生源なのかどうかは、国際的な機関が中国に入って、感染源とか徹底的に調査しないと、ホントのところはわからないと思うから。きちんと調査してみないことには、中国が発生源って決めつけるのはよくないし、そうじゃないって話にもできないと思うけど――」
ユーリ「調べてハッキリわかるものなのかな?」
天平「どうだろ? なんにせよ、目に見えてわかるところでは、世界でトップを切って爆発的に感染者が増えていった中国が、感染源に無関係とは思われないわけで――」
ユーリ「だから日本では、武漢に渡航していなかったか、武漢にいた人と接触しなかったかがずっと問題にされているよね?」
天平「武漢からの観光客、日本に旅行に来てたんだよな? 中国からの観光客はいつもそれなりに来るわけだけど、春節の休みを利用して日本に来てた人、特に多かったんじゃないか?」
ユーリ「春節のときって、日本とか、海外に旅行に行く中国の人も多かっただろうだけど。中国国内でも、国内旅行したり、親戚が各地から集まったりしてたんだよね? 春節って中国の人にとって日本のお正月みたいなものだって言うから」
天平「武漢の人がよその土地に住んでいる親戚のとこに行ったり、各地から武漢にある実家に帰省して来る人がいたりしてその人たちがまた自分たちの住んでいるところに戻ったりして、中国国内でも広がっていってしまってたりするよな? そんでそこからさらに広がったり……?」
ユーリ「日本に住んでる中国人の人の中にも、春節だからって、中国に里帰りしてた人いるんだよね? それくらい人が移動する時期っていうか……」
天平「大人数が集まる春節の集会とかも、中国では例年通りに行われてたみたいだし? 中国が感染の始まりだったかはともかく、『感染の拡大』の始まりは、中国の春節のそんなこんなだったんだろうな? と思う」
ユーリ「中国国内での感染者数や死亡者数、一時期に比べれば増え方が緩やかになってきたっていう話だけど……」
天平「それがホントのことで、感染の予防がうまくいくようになってきたから緩やかになってきたんだよ、っていうことならいいけど。――だとしたって、今の中国の感染者数、すごいことなってるみたいだから……心配だよ」
ユーリ「――早い段階で、武漢のお医者さんの一人が、武漢の海鮮市場でウィルスが発生してる、って、他のお医者さんたちに注意を促していたんだよね? SARSっぽい病例が複数見受けられる、って」
天平「SARS――昔、中国から大流行したって言われてる呼吸器系の感染症だよな?」
ユーリ「僕はSARSってチラッと聞いたことあったかな? くらいで、今回ので初めて知ったようなものだけど。あれって、エボラほどじゃないけど、致死率が高かったっぽいもんね? 罹りたくない、怖い病気。そういうイメージ?」
天平「だから、そのお医者さんもコレはヤバいだろってSNSを使って警戒を呼びかけてたんだろうな? 本当にSARSだったら、あるいは、ソレと同じような感染症だったら、大事になるから」
ユーリ「今になってみれば、そのお医者さんの警告を大事にして、すぐさま感染の状況を調べて対処しておけばよかったのにって、みんな思ってるよね」
天平「そのお医者さんさ、『よく気がついたな!』って認められるどころか、『デマを流すな!』って、中国政府から処分された、っていうからなぁ」
ユーリ「……もったいない。――『もったいない』って言い方はおかしいかもしれないけど、もったいない。新型ウィルスに誰も気づかないでいたから感染が拡大していったっていうわけじゃない。気づいて警戒を呼びかけていた人がいたのに、その警告が活かされなかったなんて」
天平「活かすどころか殺してるからな」
ユーリ「デマ扱いしてたわけだからね」
天平「そんで確か、中国って、新型ウィルスの情報をもみ消そうとして、けど感染者が増えて隠しきれなくなったら、今度は、たいしたウィルスじゃないです、みたいな話にしていってなかった? ――オレはまあ、その時点では、中国が『危険はないです』みたく言ってしまった気持ちはわからんでもないって思ってたんだけどなぁ……」
ユーリ「え?」
天平「『よっしゃ! 春節だぞ!』ってときだったし。そこで『ちょっと待って、もしかしたら新型ウィルス、ヤバいかもしれないから、ここはちょっと慎重になっておこうよ』ってなるかっていうと、なかなか……」
ユーリ「んん? わかる? それ」
天平「なんつーかさ、震災や豪雨で被害が出ると、観光地とかですぐに、『大丈夫ですよ! 観光するのに支障はないですよ! みなさん、来てください!』ってやるだろ?」
ユーリ「それは……風評被害を防ぐためだろう? 被害があった地域やその近くの地域は、安全なのに危険そうだからやめておこう、って、観光に来るはずの人が予定をキャンセルしたりして観光客が減ってしまって、被災地が経済的な打撃を受けてしまうから。観光客が、被災地の被害報道を見て、尻込みして観光に来るのをやめることがないように、来ても大丈夫ってアピールするわけで――」
天平「けど、地震の後だと余震が続いているときもあるだろ? 大雨が降って少し経って、晴れてるときに突然、土砂災害が起きることもあるだろ? そういうのを考えると、災害の後、すぐに大丈夫アピールするときの大丈夫さは、本当に信用できる大丈夫さなのか? って。災害あってすぐに間髪入れずに、うちに来てくれて大丈夫ですよってアピールして、もしものことがあったらどうするんだろう? みたく思ってしまうことがあって」
ユーリ「けど、小牟田なんかは、熊本地震のとき、揺れるのは揺れたけど――小牟田ではこれまでにないくらい揺れたけど――実際の被害は、ほとんどなかったんじゃないかな? 少なくとも僕の知る限りでは被害らしい被害って聞かなくて」
天平「そうだな、小牟田は断水も停電もなかったと思うし、オレもオレの知る限り、家具が倒れたとかもないみたいだし? 熊本の方でも、断層――地震の脈? の上に家があるかないかで被害が格段に違ってて。どこででも大きな被害が出ていたわけじゃないみたいなんだよな?」
ユーリ「だよね? だから、地震とかあっても、本当に被害が出てないところはあって。なのに、他の甚大な被害のあったところのイメージのせいで、被害のなかった地域にも大きな被害があったと思われるのは、ちょっと違うと思うよ?」
天平「――だからさ、どっちもだと思うんだ」
ユーリ「どっちも?」
天平「被害がないのに、安全なのに、ヤバそうだと敬遠されてダメージをくらうのはつらいっていうのが一つ。そうやってダメージを受けるのを避けるために、大丈夫ですよ、安全ですよ、ってアピールしたものの、実は安全じゃなかったので、被害が出てしまう、っていうのが一つ。どっちも被害がキツいって思うんだ」
ユーリ「――それは……」
天平「今回は、後者の方が発動しちゃったな、って思うわけなんだけど――」
ユーリ「……そっか。表裏一体なんだ。『逆サイドの法則』――」
天平「――だろ?」
ユーリ「新型ウィルスの感染を広げないためには、感染が起こることを想定して、それを防ぐために新型ウィルスは危険なものかもしれないと思わせるような呼びかけをしなくちゃいけないところだけど。地震や豪雨災害の場合に、被害がなくて安全なのに、なんか怖そうだから観光に行くのはやめておこうってなって、観光客が来なくて地元の人が厳しい生活を強いられるのはすごく問題だったわけで――」
天平「そういったことを考えると、新型ウィルスが発見されたというだけでは、国民の生活を制限するようなことはできにくいかもしれないだろ?」
ユーリ「確かに――わからなくもない、に、ならなくもない……」
天平「だからさ、今ふり返ってみれば、中国が海外渡航をもっと早く禁止しとけよ、ってなるとこなんだけど、実際のところ、それはそれで、当時やろうとしても、難しいことだっただろうとは思うんだよな? 新型ウィルスの威力がどれほどのものか、国民みんなにわかるくらいハッキリしてない段階ではさ? 渡航を禁止するなら、禁止するだけの根拠がないと、国民が納得しないで、最悪、暴動が起きかねないかもしれないから」
ユーリ「ハッキリこれは危険な感染症だ、ってことが確定するまで、国が国民に強制的に働きかけるのはちょっと、踏み切れない――」
天平「――かもしれないだろ? そしてそれは世界保健機関も同じかもしれなくて」
ユーリ「もっと早く、世界保健機関が武漢の新型ウィルスを指定感染症にしておけばよかったんじゃないか、って思うけど。世界保健機関にも簡単なことじゃなかったかもしれない、武漢で確認された新型ウィルスを指定感染症に定める決断は、って……?」
天平「世界保健機関もさ、よくわからんけど、企業癒着とか、誤報? とかいろいろ、問題あったみたいだしな……?」
ユーリ「誤報?」
天平「誤報っつーか、誤警告? ネットで読んだだけだけど、前に、新型のインフルエンザを『人類の脅威になるレベルの危険なウィルスだよ』みたいに発表したことあったらしいんだよ?」
ユーリ「うん?」
天平「けど、その新型のインフルエンザウィルス、実は、通常のインフルエンザと同じ程度の威力だったらしくて?」
ユーリ「え?」
天平「そのことで他にもまあ、いろいろ問題があったっぽさそうなんだよな?」
ユーリ「……それで、余計に、今回の場合も、新型ウィルスに警戒するよう、強く言えなかった?」
天平「――かもしれない……?」
ユーリ「それは……まあ、確かに、誤警告が本当のことだったら、次に未知のウィルスが見つかった場合にそのウィルスに厳しい警告を出すかどうか、慎重になるかもね?」
天平「だろ? 通常のインフルエンザでも、人が亡くなることはあるし、気をつける必要はあるんだろうけど、それでも、通常のインフルエンザなら、人類の脅威になるレベルとは言えないだろうに。それを、人類の脅威になり得るなんて言ったんだとしたら――」
ユーリ「そんなこと言われたら、聞いた人はびっくりしてパニック起こすよね? そこまで強いことを言うなら、それは本当に確かだとわかっていることじゃないと、聞かされる方は困るよね?」
天平「新型ウィルスのことを『これは危険デス』って発表して、今度のもまたそこまで危険のないウィルスだったとしたら、『世界保健機関はいい加減だ』『信用ならないぞ』って批判されるだろうし。今度こそ本当に信用を失って、マジで危険なウィルスが見つかったときに『これは本当に危険デス! 信じてください!』って訴えても、『嘘つき少年』みたいに、信じてもらえなくなるかもしれないし……」
ユーリ「ってことを考えると、今回、新型ウィルスが確認されたときに、すぐに警戒を強くするように言えなくても、仕方がなかったところはあるのかも……?」
天平「っつってもそれだけの問題じゃなくて、新型ウィルスが危険性の高いウィルスだって公言してしまうと、中国から嫌がられそうで世界保健機関は危険だって言い出せなかったんじゃないか、みたいな批判もあるみたいだけどな?」
ユーリ「それは――『中国で発生した』、『中国が感染源だ』『中国で感染が拡大しているぞ』ってなっていく中で、その新型ウィルスが危険性の高いウィルスだってことになってしまうと、周囲の国から、中国が非難を浴びることになりかねないから? 危険性の小さなウィルスってことにしておけば、感染が広がっても、周囲の国から批判されにくいだろう、って?」
天平「『新型ウィルスは、中国の開発した、テロ用のウィルス兵器なんじゃないのか⁈』みたいなデマも出てただろ?」
ユーリ「中国の香港やウィグルへの締め付けの厳しさとか考えると、そういうデマが出ても自業自得っていうか、『身から出た錆』かな? って思っちゃうけど――。ただ、さすがにこの新型ウィルスが中国のウィルス兵器だって決めつけるのは無茶だよ。都市伝説すぎる」
天平「そうなんだよな。都市伝説思考で行くと、めっちゃありそうな話だけど。ここは都市伝説思考はちょっと封じておくとこだよな。結局、ホントのところなんてわからないし、そういうこと言う人は、中国政府が何を言ったってどうせ信じないだろうし」
ユーリ「――ホントのところがどうであれ。中国にしろ、世界保健機関にしろ、できれば、というか、できるだけ、危険性の少ないウィルス、ということですませたかったってことかな? 新型ウィルスが発生しているのは認めざるを得なくても、発生したウィルスが、危険なウィルスと危険性の少ないウィルスじゃ、全然ちがうから」
天平「もしも本当に危険レベルの高いウィルスだったら、人類の脅威になり得るって言わざるを得ないんだけどな? じゃないと、軽く受け止められたら、みんな予防しようなんてしないだろうから」
ユーリ「それはまあ……そうだね」
天平「難しいよな、世界保健機関の仕事もさ? 人にパニックを起こさせてもダメ。かといって、人の意識をゆるーく持たせててもダメ。――ってことだろ?」
ユーリ「どういったウィルスなのか――危険かどうか、どれくらい危険なのか、ハッキリしているものなら、迷わずにどう公表するか、決断できるだろうけど……」
天平「そうなんだよ。今回の感染拡大問題だって、武漢で確認されたのがエボラウィルスだったら、全然ちがってたはずなんだ」
ユーリ「そうだね、エボラみたいに致死率の高いウィルスだったら、すぐにでも感染源と思しき危険性のありそうなとこを封鎖して、絶対に感染が拡大しないように、中国だって対策を講じていたはずだよね? 日本だって、他の国々だってそうしただろうし」
天平「あるいはさ、エボラじゃなくても、人がいきなり高熱を発して見る間に亡くなるとか、全身から血があふれ出すとか、急激に肉が腐るとか、なんかこう、ヤバそう感満載の異常な死に方をするような人が出てきたら、コレは何だ⁈ って大急ぎで対処しようとしただろうけどな?」
ユーリ「……全身から血があふれたら、むしろ悪魔の仕業を疑って、国によっては逆に、そんな死に方する人なんていないって人目につかないように隠されてしまうんじゃ……? 悪魔憑き、って」
天平「あ」
ユーリ「――とりあえず、今回の新型ウィルスが危険性の高いウィルスかどうかを、世界保健機関が把握することは難しかったかもしれない、っていうのは、そうなのかもね……?」
天平「未知のウィルスや未知の病気に対しては、ジャッジする立場の人たち――政府や自治体や、場合によっては世界的な機関とかが――ジャッジを下すにあたって。白か黒か、危険があるかないか『ジャッジ』するのって、すごく難しいことで、大変だろうな、って思うよ。だって、未知のものだから、ジャッジする人たちだって、どれくらい危険なんか、わかんねーもんな?」
ユーリ「……そうだねぇ。……んー、このもどかしさ。何かに似てる」
天平「災害時の避難指示」
ユーリ「あ。そっか」
天平「『指示』とか『勧告』とか弱い印象の言葉だと、そこまで危険じゃないと思って逃げようとしないで逃げ遅れてしまうけど、『避難命令』っていう強い言い方されてれば逃げようと思ったのに。みたいなのと同じで、中国政府や世界保健機関が、新型ウィルスが危険だと思わせるような言い方していれば、みんな感染を広げないように気をつけたんじゃないか――みたいな?」
ユーリ「けどそれって、国や自治体が、災害が予測されるときに、避難するよう強く言わずにいたのって、避難するように言われて避難したら、なんの被害も起きなかったときに、『避難して損した!』って文句を言う人がいて。避難の『空振り』をさせることで国民から不満を持たれないないように、確実に避難する必要があると予測されたときでなければ避難するように勧めないで済ませてた、みたいなのがあったからだよね? その結果、逃げ遅れて命を失うことになってしまう人がいて、それで、このままじゃいけない、ってなって――」
天平「『空振り』でいいじゃないか、避難しとこうよ、って、みんなの意識が変わって来たから、避難の指示の出し方も変わって来たわけだろ? それでも、自分たちは大丈夫だ、って避難せずに被害にあう人がいて、それでまた、避難に対する意識が変わってきて……って、改善に次ぐ改善、っていうか。意識改革に次ぐ意識改革、っていうか。少しずつ、みんなの考えが変わって来て。そういう積み重ねができてきたから、今は、避難の必要がなさそうでも避難しておくことを大事にするようになってきてるわけだろ?」
ユーリ「そうだね、数年前に比べて今は、早めに避難しようっていう人が多くなってきているみたいだよね? それは、そうすることが大事だって、みんなが思うようになってきたからで――」
天平「犠牲が出ないと気づけないっていうのは、よくないことだけどな」
ユーリ「けど、犠牲が出たのに、そこから何も学ばないってわけにはいかないよ」
天平「そうだな」
ユーリ「つまり、避難指示の問題を参考に考えると、世界のどこかで感染系の病気が発見されたら。感染が起きることが予測されたら。――感染の拡大を防ぐためには、『空振り』覚悟で、感染している可能性がある人を隔離したり、行動を制限したりしていかなくちゃいけない、ってことだね?」
天平「そしてそれを、国が、自治体が、人が、受け入れていくってことだよな」
ユーリ「感染防止のための制限が『空振り』しても、文句を言わないこと。これは最低限、僕たち一人ひとりが実行しなくちゃいけないことだね」
天平「それに、中国が危険はないという態度でいたり、日本政府が厳しい制限や対策を取っていなかったり、世界保健機関が新型ウィルスが危険性が高いものだと告げずにいたとしても――どこかが危険だと指定しない限り『危険はない』、と考えることが、問題なんじゃないか?」
ユーリ「……それは言えてるか。指定感染症に定められなくても、世界各国で、民間の人々が独自に、感染し得るものとして警戒しておけばよかったわけだから。危険なウィルスだと指定されるのを待つ必要はないんだよね」
天平「危険であるかどうかは、誰かに決めてもらうことじゃない。自分たちで決めていくことで、自分たちで危険に対して備えていくべきだ――って、これまでの災害で学んできたはずだろ?」
ユーリ「……そうだね」
天平「――と、思っていたんだけど」
ユーリ「ん?」
天平「どうも、そういう話ではなかったみたいで?」
ユーリ「そういう話じゃないって?」
天平「武漢では、『SARSのような感染症が発生してる』って情報を最初に発信したお医者さんが処分されて。それを受けて、他のお医者さんたちにも感染症が確認されたことを公表しないようにかん口令が敷かれたり、感染者数が隠されたりしてたって話があって――」
ユーリ「隠ぺい工作ってヤツ?」
天平「けど、武漢としては、中央政府のお許しなく患者数を公表できない、っつー、中国らしいお国事情があったみたいだし? ウィルスの感染源って言われてた海鮮市場、武漢の地方政府は、かなり早い段階で閉鎖してたらしいんだよ? 去年の年末……だったかな?」
ユーリ「……そうなんだ?」
天平「それと同じくらいの時期に、中国政府は、新型ウィルスの感染が拡大してることを世界保健機関に報告してたらしくてさ?」
ユーリ「あ、じゃあ、それなりに感染拡大を防ぐための対処をしてたってこと? え? でも、それにしては感染していくのに任せてたっていうか……え? 春節は? 日本のお正月だったら、去年の年末に感染の拡大を危険視しても、すぐに年が明けてお正月で、対策とるの間に合わなかっただろうけど、春節はお正月より遅いよね? 長崎ランタン祭りのときだから、今年の春節は一月の終わり……二十五日から、じゃなかったっけ? え? 新型ウィルスが発覚したの、春節の間際とかじゃなかったわけ? そうじゃなくて年末には拡大してるって報告してた? ってことは、春節の大移動を制限するの、なんとかなってたんじゃ……? え? どういうこと?」
天平「世界保健機関に報告してたくらいだから、当然、中央政府にも武漢から報告がされてるはずだろうけど、それなのに、中央政府の幹部の会議で新型ウィルスについて話し合いがなされてないんじゃないか、っていう話があるらしくって――」
ユーリ「――なんでっ⁈」
天平「――なぁ? せっかく割と早めに世界保健機関に報告してあったのに、報告がなされただけじゃ、世界保健機関が勝手に中国国内の調査をしたり、武漢の封じ込めをしたりとかするわけにいかないだろうしさ? っつか、中国がさせるわけないだろうし?」
ユーリ「SARSのときは、世界保健機関の権限があいまいで、中国にシャットアウトされると手も足も出なかったみたいだよね?」
天平「SARSの流行りはじめのころ、世界保健機関が中国由来と思われる感染症について問い合わせても、中国から情報がもらえないし立ち入り調査もさせてもらえないしで、感染を防ぐために必要な情報が不足して、感染が世界中で拡大してしまった、って話だろ?」
ユーリ「逆に、世界保健機関の先生が、すぐに対応したことで、SARSの感染を最小限にとどめることに成功した国もあった、って、テレビで紹介されてたよね?」
天平「そうらしいよな? そういう、最小限に留められた例を知ると、だったら最初っからこうできなかったのか? って思うよな?」
ユーリ「感染が世界中に広がって、たくさんの人が亡くなってしまう前に、ね?」
天平「薬の効かない、接触者が次々感染していく肺炎らしき病気が出現したことを把握したとき、すぐに世界にSOSを出せばよかったんだよな? こんな病気があるけど、これってふつうですか? ヤバくないですか? って。協力してもらえばよかったのに」
ユーリ「それをしなかったせいで、中国国内で爆発的にSARS感染者が増えてしまったんだよね? 他の国に感染が広がったのも、中国で異常な状態になっていることをすばやく公表して、感染の危険を呼び掛けたりしてなかったからで。中国と世界保健機関とですぐに協力して、どうやって感染するどういう病気か、どうすれば予防できるか、どういう治療が効果があるか、研究できていれば、きっともっと感染を抑えることができたはずで……」
天平「中国、隠すからなー。中国が共産主義だからそうする、とは言えないけど。あの国は、よその国を入れなさすぎる、と思う」
ユーリ「その結果、国内外で感染が広がれば、困るのも、非難されるのも、中国なんだけどね……」
天平「――中国の『なんでっ⁈』って言えば。ここで新型ウィルス対策とらんでどうするよ⁈ って時期に、中国政府のトップが仕事で海外に行ってて中国を不在にしてたとか? そういうこともあってたらしくて……?」ユーリ「――なんで……」
天平「母さんが言ってたけど、日本でも、今から二十年近く前……十九年前? に、愛媛の水産高校の実習船がアメリカの潜水艦に沈没させられた事故があったらしいんだけど」
ユーリ「……高校の実習船? 潜水艦に? 沈没……?」
天平「この事故があったとき、当時の首相が休暇中で海外でゴルフやってたって、マスコミに叩かれたっつーことがあったらしくてさ?」
ユーリ「え? ゴルフ? 事故の知らせを聞いてもずっとやってたの?」
天平「ネットに載ってたインタビュー記事によると、事故の詳しい状況がすぐにはわからなかったんで、よくわからないまま、とりあえずさっさとゴルフ終わらせようってことでやってたっぽいから、事故そっちのけでゴルフ楽しんでた、っつーわけじゃなさそうだけどな? ただ、この話を聞いて、この事故のときの首相の対応と、中国のトップの今回の新型ウィルスへの対応が、ちょっと似てる気がしてさ?」
ユーリ「……どちらも、状況がよくわかってない、って?」
天平「な? そこが問題っていうか。……もちろん、情報が入って来なきゃ判断できないだろうし、自分から情報をつかみに現場に取材に行くことができるわけでもないから、状況がわからないから、通常のスケジュールをこなすしかない、ってなってしまうのも、わからないではないんだけど――なんつーか、『刑事の勘』! ならぬ『政治家の勘』! みたいなのって、ないもんなんかな?」
ユーリ「『政治家の勘』って――手薄な情報の中から、『これは重要な問題だ!』っていう問題には即座に反応して、優先的に問題を処理出来たらいいのに、ってこと?」
天平「すぐに対処した方がいいものかどうか、ピーンと来んの。そしたら、すぐに対処した方がよさそうなのは速攻で情報集めたり、すぐに動けるよう待機したりするだろ? そこまですぐに対処しなくてもいいと判断したら、それなりに対処する――みたいなことができれば、よくない? それこそ、政治家になる人は、『判断能力千本ノック』みたいのやって、政治家の勘どころを日ごろから養っておく、とかしといてさ?」
ユーリ「『判断能力千本ノック』……? いろんな事例を千個集めて、テストする気? 集められた事例を、緊急案件か、通常案件か、仕分けていくことで、緊急案件をかぎ分ける勘を養おう、って?」
天平「そうゆうの、政治家の人ってやってないんかな? だって、勘どころがないと、優先的にやるべきことがあったときに、後回しにして後手に回るだろ?」
ユーリ「ここは大事! っていう勘どころなら、成功した実業家の人とかは持ってそうだけどね? ――千本じゃ足りないんじゃない? 一万本か十万本ノックとかしないと、勘どころなんて養えなさそう」
天平「十万本ノックは、やる人より、問題作る人が大変だな」
ユーリ「千本ノックはともかく、まずは、状況がわからない場合、通常のスケジュールをこなすより、どういう状況なのか把握しようとしないわけ? って、思ってしまうよね? 中国のトップの人に関しては、よその国に行ってたのって外交問題なんだろうから、予定を調整するのは難しかったかもしれないけど、それにしたって……」
天平「どういう状況か把握してたら。マジでSARS的なことになってるってわかったら、その時点で緊急措置を講じることができたかもしれなくて。そしたらもっと早くに手を打って、感染者数を減らせたかもしれないけど。――非常事態って、日常に紛れてやって来たりするから、すぐには気づけないもんなんかもな……?」
ユーリ「災害も、病気も、予告や宣戦布告なしに現れるから……ある日とつ然、怖いことが始まって。それまでそういうことになると思ってないと、ホントに後手に回っていくよね」
天平「東日本の津波とか、あと、9・11のテロのときとかは、すぐに衝撃的な映像がテレビで中継されたらしいから、これはエライことだ! ってなったみたいだけど。――危機的なことが起きてるって一目でわかる映像とかがないと、緊急事態だ! って、スパッと意識を変えにくいのかもな?」
ユーリ「けど、いつどんなときでも、すぐに衝撃的な映像が目に入るとは限らないよね? 今はSNSがあるから、昔よりリアルタイムで事故や事件の現場とかを見られるようになってるとは思うけど――衝撃的な映像を見ないと緊急事態だと判断できない、っていうのでいては、いけないよね?」
天平「そうだな。けど、それだけじゃなくて――」
ユーリ「んん?」
天平「阪神と淡路の震災のときはさ、早朝からニュースで地震のことやってたらしいんだ。けど、政府の対応は遅れた。っていうか、遅いっていう批判があったらしいんだ」
ユーリ「神戸の、兵庫県南部の震災のときは、朝早かったらしいよね? けど、すぐにニュースになってたんだね? 朝早くからニュースって、なんか、首里城の火災のときみたいだ……」
天平「――阪神淡路の震災のときに政府の対応が遅れたのはさ、ヤバイことが起きてるって危機感を持たなかったから遅れたってわけじゃなくて、当時の日本には、そういう災害時の緊急対策をとる体制が全然なくて、対応が遅れたってことらしくてさ? ――なんか、緊急対策をとる体制がなくて対応が遅れたっていうのは、今と状況が似てる気ィする」
ユーリ「んー。緊急対策をとる体制……東日本の震災では、阪神淡路の震災のときの経験が生かされた、って言われてるよね? 熊本の地震のときも、阪神淡路のときや東日本のときの経験が生かされて……それって、体制が整ってなかったせいで対応が遅れてしまった後悔から、災害時の体制が整えられていったけど、それを上回る災害に見舞われて、また対応が遅れて、ってなってしまって……」
天平「東日本では津波が起きたし、熊本では二度の大きな揺れが起きたし、豪雨災害、川の決壊、あり得ない強風の台風、ダムの放流……他にもアレやコレや、いろいろ起きてるよな……」
ユーリ「そして今度は新型ウィルス。――って、なんかスゴいね、日本。あらゆる危険を想定して、ふだんから備えておかないといけないとは思うけど、次から次に予想を上回ることが……」
天平「ちなみに、愛媛の高校の船の沈没事故のときの首相って、宮崎とかで家畜に口蹄疫が流行ったときにも首相やってたらしくて。その人、口蹄疫の問題に関しては、すぐにお金の算段して、やれることなんでもやるっつって取り組んで、それでそのときの口蹄疫、短期間で終息したんだって。被害も少なかったらしいんだよ? ――ネット情報によると」
ユーリ「……短期間で終息って、それ、今回の新型ウィルスに対して中国政府にとってほしかった理想の姿じゃ……」
天平「実際は、理想とは逆――って? っつっても、口蹄疫にはワクチンがあったけど、新型ウィルスにはワクチンがまだ開発されてないし。動物の場合は――人と動物は違うから。比べることはできないんだけど」
ユーリ「んー、中国って、SARSのときよりは情報を公開しているみたいな話だけど、結局、同じ轍を踏んでいる気がする、っていうか……」
天平「感染の拡大を抑えるどころか、感染者数はSARS越えしてるっていうし?」
ユーリ「感染が拡大したのは、今回の新型ウィルスの特性のせいもあるみたいだから、中国政府のせいだけではないかもしれないけど。中国政府が武漢の封じ込めに踏み切るのが遅かったんじゃないか、っていうのは……否めないよ?」
天平「今回の新型ウィルスに関しては、中国政府の情報は正確性を欠くものもあったけど。中国のお医者さんとか研究者とかは、最初に新型ウィルスについて警告したお医者さんみたいに、正確な情報をSNSとかで発信してくれてる人もいるとかって話もあるみたいなんだけど?」
ユーリ「ネットの情報だとデマも多いっていうから、見極めが難しいよね? お医者さんになりすまして適当な情報を書きこむなりすましが出てこないとは言えないかもよ?」
天平「なりすましか。危険がないとは言えないけど、本当のお医者さんの正確な情報も疑われてたらもったいないし……」
ユーリ「よほどとんでもない話なら信じないけど、悪質な偽情報を作る人は、それっぽい話を出してきそうだよね?」
天平「専門家でないと、正しい情報かどうか、わからないよな……。情報っていうと、中国の新聞とかは、決して中国政府の言いなりってわけじゃないっぽくてさ? 政府の対応を批判してる新聞もあるらしいけど?」
ユーリ「そっか。中国の新聞って、どれも政府のことを擁護するっていうか、政府に都合のいいことしか書かないイメージだった」
天平「そういうマスコミもあるだろうけどな?」
ユーリ「けど、肝心の中国政府の情報がアヤシイよね? 最初に新型ウィルスに警戒するよう呼びかけてたお医者さんが、そのウィルスに感染して亡くなったら、政府に批判が集まらないように英雄みたいに称えたりしてただろう?」
天平「英雄であるのはその通りだと思うから、ようやく正当な評価に向かったとも言えるけど――露骨すぎる。いくらなんでも、国民へのご機嫌取りというか、ごまかし感、あったよなぁ……」
ユーリ「そのお医者さんのことを、デマを流した、って処分したことで、新型ウィルスを危険視する流れそのものが潰されたようなものなのに、そのことを棚に上げて、その人が亡くなってから英雄扱いしてたら、どうかと思うよ? もっと早くにちゃんとした情報を――」
天平「オレは――パニックを起こさせないために情報を管理すること自体は、必要に応じてやらざるを得ないこともあり得なくもないとは思っているんだけど。――パニック怖いからな」
ユーリ「それは――それはね、パニック怖いけど」
天平「だろ?」
ユーリ「パニックっていうと、詳細は覚えてないんだけど、前にアフリカでエボラが流行したとき、エボラに感染してるって隔離された人が、そこに入れられたら確実に死ぬしかないってパニクッて、隔離区域から脱走したって、テレビだったかな? 誰かに聞いたんだったかな? そんな話を聞いたことあって……」
天平「キツい話だな。脱走したくらいなら、その人ってまだ重症じゃなかったんだろうし、エボラ感染者ばかり集められた中に、まだ重症じゃない感染者が入れられるのは怖かっただろうな……」
ユーリ「エボラの場合は致死率が高すぎるから、怖くなって、とにかく隔離場所から逃げ出したくなるの、無理がないとは思うけど。その脱走者から、感染者が増えていくかもしれないし、それに、脱走したらその人自身も治療を受けられなくなるし……」
天平「中国でも、封鎖されてるとこから脱走して捕獲されるとかそういうの、実際にあってるっぽいよな……?」
ユーリ「武漢とか、封鎖されてるし、武漢以外の場所でも、武漢から来た人とか、武漢に行って帰って来た人とかに対する周囲の封じ込め方が厳しいって、一時期テレビで問題視されてたよね? 今もそうなのかな?」
天平「自宅の外へ出て来られないように、ドアに木を打ちつけて閉じこめてます、っていう映像とか、テレビで何度か見たな?」
ユーリ「やってしまう気持ちはわかるし、ある意味、適切なフォローをした上でそういう措置を取ることも必要な場面はあるのかな? と思わないではないけど――ああいうのって、下手をすればリンチに発展しそうで怖いよね……?」
天平「ウィルスを持っているんじゃないか、って、誰に対しても疑心暗鬼になっていくよな……」
ユーリ「逆に、『大変だったね』って武漢に行ってた人を迎え入れてよかったかっていうと――それでその迎え入れた人たちが武漢に行ってた人から感染してしまうということも、あり得ないことじゃないから……」
天平「その辺の心理は、オレたち日本人にも言えることだよな? 『誰が感染してるかわからないぞ!』『武漢に行ってたヤツはアヤシイぞ!』『あそこん家のヤツは感染してるらしいぞ!』って、自分たちで独自に排除しようとしたり、関わらないように距離を置こうとしたり、あるいは、無防備に近寄ったりして感染して今度は自分が他の人に感染を広げてしまったり……。そういうことやってちゃダメだよな」
ユーリ「ウクライナ、だったかな? 実際に、中国からウクライナに帰国した人? とかを排除しようとして暴動になってたよね?」
天平「怖いよな、ああいうことになるの。中国から退避してきたの、半数以上が同じウクライナ人だったんだろ? 外国人を排除しようとするならわかる、ってことじゃないけど、同じウクライナ人でも受け入れられないなんてこと、あるんだな……」
ユーリ「――僕が気になってたのは、日本人とかは日本に帰国して来るし、他の国も、中国に滞在していた他の国の人は自分の国に帰っていけるってことで。今は日本も、他の国も、状況厳しくなってきたから、帰国しさえすればそれで感染の恐怖から逃れられるとは限らないんだけど、とりあえず、一番の渦中からは抜け出せるわけで――」
天平「日本人が日本に逃げていくのを横目に見ている中国の人たちから、恨まれたりするんじゃないか、って――?」
ユーリ「――恨みに思ってる人、いるんじゃないかな?」
天平「日本でも東日本の震災のときに、福島からよそに移る人たちが、残ってる人たちからいろいろ言われたりしてたって問題になったりしてたことあったみたいだもんな?」
ユーリ「――そのときのイメージがあるから、ちょっと心配だな、って。もちろん、だから何ができるってわけでもないし、日本人も含めた外国の人たちは自分たちの国に帰らずに中国にとどまるべきだ、って思ってたわけでもなくて――」
天平「けど、ソレ、福島の問題のときと、言えることも同じじゃないか?」
ユーリ「――っていうと?」
天平「よそに移れる人が移ったことで、残った人たちへの支援が手厚くできるのと一緒で、帰国できる外国人が自国に帰国していけば、中国の人たちが受ける支援や治療が、その分、手厚くできるわけだろ?」
ユーリ「――そっか」
天平「まあ、福島の場合は一時のことじゃないし、いざ復興するぞってなったときに、残った人が少ないと復興しにくいとか、複雑だから。まったく同じに考えることはできないし、中国は人口多いから、手厚くなるって言っても、劇的に一人ひとりの待遇がよくなるとかじゃなかっただろうけど」
ユーリ「それでも、外国の人の治療や健康に気を遣わなくていい分、中国の負担は減ったんじゃないか、ってことだよね……?」
天平「――と、思う」
ユーリ「――と、中国の人も考えてくれれば、中国の人たちも少しは心を落ち着けられるかもしれないね? じゃないと、自分たちは逃げ場がないって、暴動とかおきそうで怖いな、って思ってたから」
天平「そういうイメージ、持っちゃってるよな? だから、新型ウィルスの情報をすべて公開してパニックが起きて国民を統制できなくなったり、国民が勝手な行動を取るようになったりするの、怖がって、中国政府が情報を仕舞いこんだんなら、それはそれでわからなくもないって思わなくもなかったんだけど――だったらちゃんと対処だけはしておこうぜ、って話だよな?」
ユーリ「人の目から存在を隠そうとしたところで、隠して人に知られないようにすれば、それでウィルスが根絶されるわけじゃないからね」
天平「そうだよ。だから、正確な情報の公開はともかく――中国だからな? こういうときこそ、共産主義の強権で、ウィルス発生後にすぐさま問答無用で武漢を封鎖できていそうなもんだけどな?」
ユーリ「中国って、感染症の取り締まりのときには、強く出てくれないんだよね。――ウィグルとか香港とかには強く出るのに」
天平「そう! そうなんだよ。ウィグルをシャットアウトしたみたいに、最初の警告があった時点で武漢をシャットアウトして、武漢の中で感染の拡大を阻止しとけばよかったのにな? そうすれば、中国国内の感染者も減らせただろうし、武漢の中でも、一部を隔離区画にすることで対処できてたかもしれないのに」
ユーリ「――それはしなかった、と」
天平「その結果が今、なんだよな」
ユーリ「それって、中国って、感染が拡大して感染者数が公表されたりするようになる前は、新型ウィルスのこと、大丈夫そうに話してたせいもあるんじゃないかな?」
天平「中国政府の言うことを真に受けるなら、武漢で新型ウィルスが発見されはしたけど、それほど危険はないですよ、みたいなカンジだったよな?」
ユーリ「パニックを防ぐためかもしれないけど、危険があるかないかわからないっていうのと、危険がないっていうのとでは、全然ちがうよね? 危険がないって言ってしまうのは、性質が悪いと思うよ? 危険はないんだって安心してしまうから」
天平「まあ、そこはなぁ……」
ユーリ「感染が拡大する前の時点で、感染力が強いかどうかハッキリしていなかったなら――さすがに、感染力が強いのわかってて放置したりはしないだろうと信じるとして――。新型ウィルスが存在していることを認めたときに、『新型ウィルスは感染が拡大する危険がある』とまで言い切れなかったとしても、『まだ危険がないとは言えない』って言っておけば、中国国内の人も、よその国も、もっと警戒できてたんじゃないかな?」
天平「かもな? ただ……。もしもそういう話になってたとして、それで武漢の人たちが、春節休みに個人個人で海外へ旅行するのを自粛しようってなっていたら、少なくとも、海外への感染拡大は大きくなっていなかったかもしれないわけだけど。だけど――」
ユーリ「それで、自粛しなきゃ! って思えるものかっていうと――」
天平「ムリだろ。いや、オレたちソウ力向上推進委員会としては、ここはムリだと言っちゃいけないとこなんだけど。個人個人が自分たちで考えて自粛するってことを選択できるようになる! っていうのが、オレたちの目指すところだからな。ただ――」
ユーリ「ただ――ね? ちょっとね?」
天平「だって、急に思い立って『あ、明日、日本に行こ!』って急いで準備して、いきなり日本に旅行に来るってことは、なかなかないだろうから。事前に、いろいろ計画立てて、日本旅行を楽しみにしていたんだろうし」
ユーリ「どこに行って何をするか決めて、予約とかも必要に応じて取っていたんだろうしね。お金持ちでいつでも日本に旅行に行けますっていう人なら、今回は新型ウィルスが武漢で発生したみたいだから、日本旅行は見送っとこう、ってなったかもしれないけど、そんな人ばっかりじゃないよね?」
天平「だからさ、自分の国で、自分のいた地域で『新型ウィルスが見つかった』とか言われても、それで日本への旅行を取りやめようとか――思わないよな?」
ユーリ「しかも、SARSみたいな症例があるっていうのはデマだ、ってことにされてたんだし。SNSにその手のデマが書きこまれるのはあり得そうなことだし。むしろ、デマだっていう方が信ぴょう性を感じられるような話だもんね?」
天平「それでも、自分自身が具合が悪いとか、感染した疑いを感じてるんなら、旅行を取りやめようとするとこだろうけど」
ユーリ「自分自身が健康に特に問題を感じてないのに、楽しみにしていた旅行をやめられるかっていうと――難しいよね」
天平「中国も、感染者数が増えてからは、海外への団体旅行を制限したり、対策を取ってったけど。制限されるまでの間に、武漢からの観光客はたくさん来日してたわけだろ? そんで、日本のあちこちを訪れていたりしているわけで――っつか、日本以外の国にも行ってるよな……」
ユーリ「それなんだけど、春節が始まる前に、日本では、武漢で新型ウィルスが見つかったって問題になり始めてたよね? テレビでも、『これから春節で中国の人たちが大移動を始めるので、新型ウィルスが広がるのではないかと心配です』みたいなこと、言ってあって。ちゃんと危険を予測できていたわけだよね? それなのに――」
天平「日本では、政府や自治体がどうこう言ってなくても、少なくともマスコミが危険を指摘していた。その時点で、『もしかしたら、中国から来る人は、新型ウィルスを持ってくるかもしれないのかな?』って警戒して、国民の方で備えておけばよかったんだ、ってことだろ? それはその通りだよな? ――難しいことだけど」
ユーリ「さすがに、個人個人で感染拡大をガードする限界はあると思うから、難しいだろうけど」
天平「いくらなんでも『武漢で新型ウィルスが発見されたみたいなんで、武漢からの観光客は日本には入れません、一切シャットアウトします』って、日本の空港やホテルとかが独自にやるわけにはいかないもんな」
ユーリ「日本の観光バスも、武漢からのお客さん、断るわけにいかなかったよね? 当時、そんなことしてたら、武漢からのお客さんとバス会社とですごくもめただろうし、そうやってお客さんを断ってたら、バス会社が損害賠償請求されたり、仕事がなくなって、会社が倒産しかねないことになったかもしれないし――」
天平「だから、個人でできることとしてはさ。感染を広げないための予防策としては、通常のインフルエンザに対するのと同じようなカンジで対処してく、ってことだよな?」
ユーリ「――今までのところ、そこんとこはブレがないよね?」
天平「新型ウィルスって、ノロウィルスに対するみたいな『超! 取扱い注意』感は、なさそうだから、そこはちょっとよかったと思ってるんだけど」
ユーリ「アルコールや石けんで消毒すればいいみたいだから、漂白剤とかで消毒しなきゃいけないノロウィルスよりはめんどくさくなさそうだけど。新型ウィルスって、人の体内から出てもすぐに死んじゃうわけじゃないってことらしいから――」
天平「人体から出てもすぐに死なない――って、もしかして、クララ?」
ユーリ「クララ? クララって……あ、魚の方のクララ? アルプスじゃなくて」
天平「そ、魚のクララ。ウォーキングキャットフィッシュ」
ユーリ「クララって――沖縄とかにいる外来種の魚だよね。ペットとして買われてたのが川に放たれて、そしたら野生化してしまったっていう。そのクララと新型ウィルスが、似てるって?」
天平「ほら、魚ってふつうは水の中でしか呼吸できないから、陸に上がるとあまり生きていられないだろ? けど、クララの場合は、陸の上を歩く、っつーか、腹ばいで進んで移動できるくらい、水が無くてもそこそこ陸上で生きていられるらしいんだよな?」
ユーリ「ウィルスが歩いて移動するわけないから、『生存できないはずの環境でも長生きできる』という意味で、クララと新型ウィルスが似てるような気がする、ってことか」
天平「ウィルスって、生き物にとり憑いて、生きものの中で生きていくわけで。逆に言うと、生き物の中でないと生きていられないってことなんだろうから、生き物とウィルスって水と魚みたいなものかもしれないな、って考えるとさ? だったら、人体から出てもすぐに死なないウィルスなら、魚で言うと――やっぱ、クララじゃ?」
ユーリ「魚で言えば、クララかもね……?」
天平「ウィルスって、人にとり憑いても、宿主が咳をしたりすると、唾液とかそういう飛沫に混じってその人の身体の中から飛び出るだろ? 飛び出たウィルスは、別の人の体内に入ることができればその人にとり憑くけど、別の人の体内に入れずに、物に付着したりすることもあるわけで。それって、魚が陸上に打ち上げられた状態みたいなことだよな?」
ユーリ「今回の新型ウィルスの場合は、ドアノブとかテーブルとかにひっついてもすぐに死なずに、そこでしばらくの間、生き続けてる――っていうか、『感染力を持ち続ける』らしいから。アルコールで消毒できるっていうと楽勝そうに思えるけど、陸上で長く生き延びられるっていう点では、しぶといウィルスってことみたいだよ?」
天平「しぶといのか……。イヤなカンジ」
ユーリ「だから、手洗いはしっかりやりましょう、って言われてるよね? しぶといウィルスでも、ウィルスを触った手で食べ物を食べたり、目をこすったりしなければ、人の身体に入らないわけだし」
天平「そのために、手洗い大事! なわけだよな? アルコール消毒も有効だっつーから、石けんや消毒用のアルコールで手を洗って、あるいは流水でしっかり洗い流して、ウィルスとバイバイしとくといいわけで」
ユーリ「うがいも大事、だよね? ウィルスを体内から出すためには」
天平「あ。インフルエンザ予防に、お医者さんはこまめに水とか飲んでるっていうの、聞いたことあるわ。うがいはこまめにできなくても、飲み物を飲んでのどにへばりついたウィルスを胃に流しこむと、胃の中で、胃酸がウィルスを弱毒化してくれるとかなんとか……?」
ユーリ「けど、バスの運転手さんの場合だと、ある程度まとまった時間、車の運転をしているわけだから――飲み物をこまめに飲むってわけにはいかなかったよね?」
天平「観光バスだと、どこかに立ち寄ったときとかは、運転手さんもお茶を飲んだり、どっかでうがいしたりできるかもしれないけど。長距離を移動するときは休憩できるまで時間がかかることもあるだろうし。それでも飲み物を飲もうとしたら、そっちに気を取られて運転がおろそかになって? 事故起こしたら、それこそヤバいし……」
ユーリ「それで、新型ウィルスが体内に入るのを防ぎきれずに、武漢の観光客から、日本の観光バスの運転手さんやバスガイドさんが新型ウィルスに感染したんじゃないか、ってことだよね? そして、その運転手さんたちから、おそらく、他のお客さんとかに感染していったんじゃないか、っていう話で……」
天平「マスクをしとけば、人に感染すリスクを減らせるのは減らせるんだろうけど。マスクっつーと、観光バスの運転手さんやガイドさんって、武漢からの観光客を相手にするときに、最初のうちはマスクつけてなかったって話だよな?」
ユーリ「けどそれ、ふつうだよね? 風邪気味だったり、花粉症だったりで、咳やくしゃみがよく出るような状態でなかったら、基本的にマスクってしないよね?」
天平「ファッション感覚でつけてる人とか、香港のデモで顔を隠すためにつけてた人はいたけど、そうでない場合は、喘息持ってるからインフルエンザとかにならないよう人より気をつけてる人、とかでないと……ふだんからマスクってしないだろうし」
ユーリ「それより、新型ウィルスがこれだけ大きな問題になる前だったら、マスクしている運転手さんの観光バスには乗りたくないかもね? なんか、『風邪ひいてるのに運転してるのかな?』とか、不安になりそう。バスの運転手さんって接客業なとこあるから、むしろ――マスクをしない方がいい、みたいな?」
天平「マスクしてるってことは何かの病気なのに業務をしているのかとか、マスクしているのは相手に失礼だとか、そういう印象を持たれかねないからなぁ」
ユーリ「今は、むしろマスクをしていない人は敬遠されるけど。感染者の数がまだ少なかったころは、マスクした人に接客されるのをイヤがる人もいたりしたみたいだよね?」
天平「そだな、元々、『新型ウィルスには大した感染力はないし、感染者もほとんどいない』みたいなこと言われていたし」
ユーリ「たいしたことないのに、大げさなことする方がよくないことなんじゃないか、みたいな風潮があったような気がするよね……?」
天平「だから、観光バスの運転手さんが大丈夫だと判断してマスクしないでバスを運転していたことに、おかしなところはないわけで」
ユーリ「そうなんだよね……」
天平「春節前に、マスコミで『武漢で新型ウィルス発生の疑いがある』っていうのは言ってたから、それを受けて、春節の時期に武漢からやってきた観光客全員にマスクをつけてもらう――っていう手もあったけど。それやっちゃうと、武漢の観光客が病原菌扱いされていると感じるかもしれないし。それを思うと、遠慮しちゃうよな? マスクつけろなんて強制しにくいって」
ユーリ「運転手さんがマスクして、そのことを『新型ウィルスが武漢で発生したと言われています。このバスには武漢からの観光客も乗せるので、感染の予防にマスクをしています』ってバスの中でアナウンスして説明するって手もあるけど――」
天平「そのアナウンスを聞かされるバスのお客さん、プチパニックだろ。『予防』じゃなくて『ただ今現在感染真っ最中』って言われてる気になりそうっつーか。とてもじゃないけど、そんな対応、とれないって」
ユーリ「だよね。それに、バスガイドさんはマスクなんかしてたら、ガイドできないし? 観光バスの感染のリスクって、防ぎようがなかったよね……?」
天平「バスガイドさんの仕事だったら、透明なプラスチック製の逆サンバイザーみたいなマスクは? 前、テレビとかで、デパ地下でお惣菜とかにつばがかからないように、お店屋さんの人がはめてるの見たことあるけど」
ユーリ「逆さんば? んーと? 透明のプラスチックマスクだったら、飲食店とかで人気あるらしくて、今も注文が殺到してるってよ?」
天平「そうなん? アレならお客さんから見た印象は悪くないかもしれないし、お客さんと話しやすそうって思ったけど。――ただ、鼻のあたりとかピタッとフィットしてないからさ? 今回みたいなウィルスの感染を抑えるのにいいかっつーと、どうなん?」
ユーリ「どうだろう……?」
天平「プラスチックで口の前面をブロックするから、不織布みたいに微粒子を通すような素材より、ある意味、ウィルスは通しにくいのかもしれないけどな……?」
ユーリ「洗って繰り返し使えるのはいいよね? ただ、どのみち、透明マスクももう、すぐに手に入らなくなっているだろうから」
天平「そうだなー。……とにかく、『あのときこうしていれば』は『これからこうしていこう』に繋げていかないとな?」
ユーリ「観光バスの中の車内感染を、早い段階で防ぐのは難しいことだっただろうと思うけど。そのときにどう対応していたか、それの何がよくないことだったと思われるか、考えられることを考えて。これからの感染予防の対策として、生かしていかないといけないよね……」
天平「そうだよな」
ユーリ「それで、感染予防にマスクって言うけど、プラスチック製のだけじゃなくて、ふつうの使い捨てのマスクも、ずっと前から足りない足りない、って問題になってるよね? 毎日たくさん生産されているみたいだけど、それでもなかなか入荷が増えないみたいで」
天平「うちは前から、防災用に多めにストックしてあったから、マスクに関しては、それほど危機感ないんだけど……」
ユーリ「うちもそう。新型ウィルスが危険視され始めてから、あわててマスクを買い占めした、っていうわけじゃなくて。もしものときの――と言っても、地震や豪雨で避難所で生活することになったときのために、用意してあったものだから――」
天平「ん? 何か引っかかってる?」
ユーリ「今、マスクが足りないで困っている人とかいたりするわけだろう?」
天平「具体的にどこにどういう人がどう困っているか、っていうとわからんけど。ドラッグストアでは『マスクは品切れ中』とか立て看おかれてたりするよな。みんなほしがってるんだな、って」
ユーリ「もしかしたら、切実にマスクを必要としている人がマスクを使えてないんじゃないか、って思うと、うちにはマスク、まだ余分にあるのにって。マスクのストックを持っているのが心苦しいっていうか――休校になって本格的に自粛生活になるから、僕がさらにマスクを使わなくなるだろうってこととか考えると、よけいに、マスク、他の人にあげなくていいのかな? って思ってしまって」
天平「マスクを持ってるの、やましいっつーか、そういう気持ちになる、ってことだろ? 別に、買い占めたものじゃないわけだし、堂々と持っていていいはずなんだけどな?」
ユーリ「うん。……けど、だからといって、じゃあ、いま使っていない分を他の人たちに分けてあげられるかっていうと、それはちょっと怖いっていうか。少しだけ手元に残して、それ以外を人にあげちゃったりすると、いざ、僕かおじいちゃんかおばあちゃんかが体調を崩したときに、マスクが足りなくなって困るんじゃないかと思うと、結局、人にあげることはできなくて……」
天平「わかる。ソレってさ、戦時中の食いもんみたいだよな?」
ユーリ「戦時中の食べ物……」
天平「こういうのってさ、出し方間違えると、悲惨なことになる気がする」
ユーリ「悲惨って?」
天平「それこそ、下手に人にあげると、どう伝わるからわかんなくないか? 『宇美さんとこはマスク買い占めてていっぱいあるらしいぞ』『だったら寄こせよ!』『よし、勝手に持って行こう! 買い占めてたのが悪いんだから、もらっていったっていいに決まってるぜ!』とか言って押し込み強盗みたいなことしてく人とか、最悪、出て来そうな気ィするわ」
ユーリ「押し込み強盗って、時代劇じゃないんだから……。けど、もっと状況が厳しくなったら、そういうことが起きてもおかしくないのかもね? それこそ、戦時中だったら――」
天平「まあ、それはホントに最悪の場合だけどな?」
ユーリ「そうだね」
天平「あと、被災者が避難所で生活するときも、同じような問題って起きているんじゃないか? 個人個人で、避難所に持ちこんだ荷物が違うから――トラブル起きたりしてそうだけど、みんなどうされてあったんかな……?」
ユーリ「なんでも分け合えるのが理想だけど。数の少ないものを、大人数で分け合わなきゃいけないって、すごく難しい……。物がないって、怖いことだね」
天平「そこをどうサバくかが、オレたちの今後の課題っつーか、腕の磨きどころだけどな? いよいよマスクが無くなったら、各家庭のマスクも、いったん提供して、必要なところに優先的に配給していく、みたくなっていくんかな?」
ユーリ「なるほど……。けど、今はまだ、そこまでのレベルじゃないよね。マスクがないっていっても、マスクの生産がストップしていて、今ある分しかないっていうことではないから」
天平「マスクの生産を急いであるけど、なかなか消費に追いつかないのが現状、みたいだけどな?」
ユーリ「マスクを作ってあるところって、もともと通常のインフルエンザが流行する季節だから多めにマスクを作ってあったらしいけどね?」
天平「新型ウィルスが話題になってから、ガンガン売れてしまって。早い段階から、ずっと品不足が問題視されてて、増産に次ぐ増産で――」
ユーリ「国内だけじゃなく、中国への支援物資としてもマスクを送らないといけないだろうけど……そもそも、中国にマスクの大きな工場があって、そこでの生産がなかなかできてないみたいだから。そしてそれは日本や中国だけの問題じゃなくて、どこの国でも今、マスク不足だって――」
天平「日本では、大手の電機メーカーとかが、マスクの生産を始めることにしたって言ってたけどな?」
ユーリ「え? 今から? えっと、やってなかったのに作ることにした、ってこと?」
天平「――じゃないか? 異業種っつーの? マスクの製造メーカーじゃなかったとこがマスクの生産に乗り出したよ、みたいな話だったぞ?」
ユーリ「え? けど、そんなことして大丈夫なのかな? その、今でこそマスク不足ってことだけど、事態が終息すれば、今度は、マスクが余ってしまって、作ってるとこが赤字になって困ることになったりしないのかな?」
天平「日本が他の国より早く終息するかはわからないけど。日本で終息してマスクが今ほど要らなくなっても、どこか終息していない国がある限り、マスクは必要とされるんじゃないか?」
ユーリ「日本でマスクが余るようになっても、海外の人に必要とされるんなら、マスクを作ってなかったとこがマスクの生産に乗り出しても、売り先が無くなる、ってことはなさそう、ってこと?」
天平「それに、日本で感染者がいなくなっても、海外で感染者がいなくならない限り――もっと言うなら、ワクチンとか治療薬ができない限り――海外からまた、新型ウィルスが日本に持ちこまれて、日本国内で再流行しかねないだろ? それ考えると、世界中で終息しない限り、マスクが不要になるってことにはなりにくいんじゃないか?」
ユーリ「世界中で終息か……。SARSは? SARSは予防ワクチンってまだ完成してないっていうし、今でも感染者がいないわけじゃないらしいけど、感染が拡大していないよね?」
天平「その辺は――なんかあるんだろうな? 広がらない秘訣というか? すぐにSARSだと見極めて隔離できるんか? 感染しても初期にこうすれば悪化せずに治せるから人に感染させにくいとか? もしかしてウィルスは一定の数量まで増えたらそれで気がすんで増えようとする勢いが落ちるとか……? そういうことなんかなんなんかわからんけど、なんかしらあるんだろ?」
ユーリ「そのなんかしらが、今回の新型ウィルスでも見つかればいいのか――」
天平「けどまだ見つかってないから。だから、今の時点では、感染を広げないようにするためにはどうしたってマスクって要りようで。しばらくは、いきなり劇的にマスクが不要になる、ってことにはならないんじゃないか?」
ユーリ「中国での生産がまだ期待できないから、余計に国内で作っていかないといけないわけで。だから、異業種のメーカーさんが、生産する決断をしてくれたんだね」
天平「マスクって、どうしたって消耗されていくもんだから、生産体制を増やすしかない、よな? 本来、使い捨てにしないと意味がないだろ? ウィルスがマスクに付着するから――」
ユーリ「洗濯して何度も使う、ってわけにいかないしね」
天平「だよな――って。ん? 使い捨てマスクは不織布っていう和紙っぽい素材だろ? 金魚すくいの最中じゃないんだから、不織布って水に溶けたりしないだろ。アレって、洗えんのかな?」
ユーリ「使い捨てマスクを洗う?」
天平「水で洗うっつーか、アルコール――消毒用のアルコールがなければお酒? 度数っつーのが高いお酒、ほら、ドラマとかで消毒薬がないときにお酒を口に含んで、傷口にぶしゅーって吹きかける、そういう強力なお酒に浸してから、絞って干して乾かしたら……」
ユーリ「絞ったら、マスクの形が変わって、はめたときにすき間ができて、マスクの用をなさないんじゃ?」
天平「……んじゃ、使い捨てじゃなくて洗えるものっていうと、ガーゼマスク?」
ユーリ「ガーゼマスクを手作りしてる人もいるって言うよね? けど、ガーゼって不織布より目が粗そうだから、ウィルスのシャットアウト力は少し弱そうだよね……?」
天平「シャットアウト力っつったら、今からけっこう前――中国の大気汚染の物質がPM2・5って呼び名になったころ。そのころって、『PM2・5はふつうのマスクじゃ防げないらしいぞ、どのマスクなら防げる?』 って、話題になったらしいよ?」
ユーリ「今は百均とかでもPM2・5に対応した使い捨てのマスクって売られてるよね?」
天平「そのころはまだそんなんなくて、っつか、百均もまだ流行り始める前とかじゃないっけ? ん? まあ、とにかく、工事現場で使ってるマスクが、これならPM2・5でも防げるぞ、って売れたりしてたんだって」
ユーリ「PM2・5って――基本的には、PM2・5の粒、一粒一粒は、ウィルスみたいに、目に見えないものだよね? PM2・5のせいで中国の街が、霧みたいな煙みたいなので曇っている映像とか見たことあるから、束になったら目に見えるんだろうけど。――あれ? PM2・5も中国から日本に流れて来てる大気汚染……」
天平「大気汚染っつったら、小牟田は昔、大気汚染がひどい時期があったらしいよな? 光化学スモッグとか言われてるヤツで、そのスモッグのせいで喘息になった人がいるとか、聞いたことある」
ユーリ「スモッグは工場の周辺とかひどかったらしいよね? 喘息とかになった人が、スモッグが原因でそうなったかどうかは確定してないって意見もあるみたいだけど、空気が汚いって、苦しいよね……? 人間は空気を吸って吐いて、息をしないわけにはいかないから」
天平「――新型ウィルスって、空気感染ではないけどそれに近いレベルで感染するんじゃないか、って話になってるよな? それで感染者が増えてるんじゃないか? って」
ユーリ「エアロゾル感染、だよね?」
天平「それって感染危険範囲が限定的になるから、空気感染よりまだマシっていうか、空気感染ほど危険ではなさそうに説明されてるけど。飛沫感染より危険度が上がるってことだよな?」
ユーリ「新型ウィルスがエアロゾル感染するんだとしたら、ウィルスが空中に浮遊して、そのウィルスを取りこんでしまうと感染するってことで――くしゃみや咳の飛沫だけ気を付けておきましょう、じゃ足りなかった、ってことだよね……?」
天平「そうなってくると、もっといろいろな感染の仕方を防げるようにした方がいいわけで――最新型だと、変わったヤツあったな……? マスクっていうマスクじゃないんだよ。ほら、ヘッドフォン型の首からかける扇風機があるだろ?」
ユーリ「ヘッドフォンの耳に当てる部分がファンになってて、顔のあたりを限定的に冷やしてくれるヤツだよね? 試したことはないけど、本屋さんで見本を見たことある」
天平「ソイツのほわーってヤツ」
ユーリ「……? 天平、全然わかんない」
天平「あのさ、ヘッドフォンの左右の先端がでっかい針の頭の、穴が開いてるとこみたいになってるのがあってさ? ソイツを首からかけると、両先の穴から零点何秒おきかでマイナスイオンが発生して、顔の周りをマイナスイオンが包み込んで、バリアーになってくれるんて」
ユーリ「バリアー?」
天平「そのヘッドフォン型マスクを首からかけてると、その人の口や鼻に近づく有害物質がいたら、マイナスイオンがそいつをキャッチして落っこちてくらしいんだよ、体内に入らないように。つまり、顔の周りにマイナスイオン警備隊がほわほわしてて、侵入者がいたら『何してんねん!』って体当たりくらわしてくカンジ? すごくない?」
ユーリ「……『何してんねん?』は無いし、体当たりするわけでもないだろうけど、マイナスイオンで自分の顔周りの空気をキレイにしてくれる仕組みはわかったよ。スゴいね、それ」
天平「マスクじゃなくて、携帯用空気清浄機、っつってたかな……? なんか、自転車のタイヤにつける輪っか型のカギみたいな? 首輪型のヤツもあるんだよ、確か。子供用とかもあるらしいから、ソレ、今度の新型ウィルスにも有効そうだな、と思うんだけど……?」
ユーリ「新型ウィルスをシャットアウトできるかはともかく、加湿器とかでのどが乾燥しないよう保湿しとくのは、新型ウィルス対策に有効だろうって言ってたと思うから、のどを乾燥から守るって意味でもよさそうかも……? ――けど、高いんじゃない?」
天平「それなりに。でもさ、インフルエンザ予防のために毎年使うから、買っといても損にはならないなー、って人はいそうだけど? けど……まだ量産してないのかな?」
ユーリ「マイナスイオンがほぼ途切れないようなペースで出てくるんだよね? メガネってどうなんだろう? 曇らないのかな?」
天平「あ、その辺はよくわからんわ。けど、目に見えるほどの噴霧感はなさそうだったから……?」
ユーリ「マスクだと、メガネが曇りにくいマスクとかあるらしいんだけどね」
天平「お。ユーリにぴったりだな」
ユーリ「まだ使ってみたことないから、ちょっと試してみたいんだ」
天平「オレはダチョウのマスクが気になる」
ユーリ「ダチョウの?」
天平「ダチョウから作ったインフルエンザの抗体、っつーのを使ってるマスクがあるらしくって、それだとマスクつけたときにマスクの表面にウィルスが張り付いても、ダチョウの抗体によってウィルスが無毒化? かなんかされて? 感染力が無くなるらしくて――」
ユーリ「感染力が無くなるって――すごいんじゃ?」
天平「すごいよ。すごいよな? よくそんなん考えつくよな! しかもダチョウ!」
ユーリ「マスクって、つけているうちにマスクの表面にウィルスがつくから、マスクの表面を手で触ると手にウィルスがついて、その手で顔を触ったりしてるうちにウィルスが体内に入ってしまうって。だから、マスクを外すときは、手でマスクの表面を触らないようにしようって言われてるよね」
天平「そうやってマスクについたウィルスから感染することがないようにしてるっつー、優れものマスクらしいんだ。――って、なんでもあるな? 日本」
ユーリ「ホント、マスクだけでもいろいろあるね。スプレー型マスク、っていうのも、ドラッグストアとかで売ってあるの見たことあるよ?」
天平「顔に噴射しとくと、ウィルスブロックしますよ、ってヤツだろ?」
ユーリ「さっきの首かけ携帯式の空気清浄機と同じような仕組みかな?」
天平「逆に言うと、自分でいちいちスプレーするんじゃなく、自動でほわーってやってくれるのが首掛け型ってことかも? ……その辺、ちょっとよくわからんけど」
ユーリ「同じような仕組みだとすると、そうやってバリアーみたいにウィルスを防いでいくのって、携帯式の空気清浄機、っていうより、歩く無菌室、ってカンジだね? ――ん? 無菌は言い過ぎか」
天平「無菌室か……。ひいばあはさ、今の子は除菌除菌で除菌された環境にいるせいで、雑菌に弱くなってるんじゃないかって言っててさ」
ユーリ「雑菌に弱すぎる、か……。昔と違って、どんな菌がどんな病気のもとになってる、とか、菌の研究が進んでいるよね? そのせいもあるのかも? 除菌モノってよく見かけるよね」
天平「トイレも、除菌だの抗菌だのできるっつーからな」
ユーリ「あるよね、そういうトイレ。テレビでCM見ても、へぇ、除菌できるんだ、ってしか思ってなかったけど、改めて考えてみると、どうやって除菌したり抗菌したりしてるんだろうね?」
天平「わかんないよなー。けどさ、除菌していくっていっても、すべての菌をこの世界から無くすことなんてできないだろ?」
ユーリ「それは無理だよね。それに、すべての菌を無くしたら、人間や生き物が生きていくのに必要な菌まで無くなっちゃうし」
天平「そんなことになったら困るから、菌を排除するより、雑菌に強くなっていく方が生き残っていけるだろうに、ってひいばあが言うわけ」
ユーリ「そういう考え方もあるよね。ゴキブリ最強説、だっけ? ゴキブリは人にとって不衛生な環境でも生きていけるとかで、人類は生き物の頂点にいるみたいなカンジになってるけど、実はゴキブリみたいに雑菌の多い環境でも生きていける生き物が最後には勝者になる、って誰かが熱く語ってた。うちのクラスの……誰だったか忘れたけど、僕たちってゴキブリに負けるのか、ってちょっと盛り上がったんだよね」
天平「ゴキブリほど強くなれなくてもいいけど、ひいばあが言うように、雑菌にそこそこ強くなれればいいよな? 今回の新型ウィルスも、思ってた以上にしぶといみたいだし。強いウィルスや細菌にも対抗できるように」
ユーリ「新型ウィルスに感染する人が増えてるのって、体外に出たウィルスがしぶとく感染力を維持してるせいかもね? どこかに付着したウィルスを手とかで触って、その手で目や口を触ったりして感染するパターンが、思いの外あるのかもしれないな? って思って――」
天平「手洗いを徹底しても、四六時中、手を消毒液に浸しておけるわけじゃないからなー。手を洗ったときから、その次に手を洗うときまでの間に、ウィルスを拾って感染してしまう、ってこともあったりするんかも……?」
ユーリ「さっき言ってたダチョウの抗体? のマスクの手袋版とかあればいいかもしれないけど、もしあったとしても、毎日ずっとその手袋をはめて生活するっていうのも大変だよね……」
天平「無菌室ならぬ無菌バリアの中で暮らしていければ安心かもしんないけど、そうもいかないもんな」
ユーリ「そういうこと考えると、ひいばあの言うように、菌に強くなるのが一番いい気がする……」
天平「ホント、菌ってすんげー厄介。目に見えない音もしない襲撃者? ちっこいのに最恐。そんなヤツ、敵に回して戦うより、仲良くなる方がサバイバルできるかもよ?」
ユーリ「そうだね。雑菌に強い身体になっていく方法も、研究が進んでいくといいね」
天平「菌と縁を切ろうと思ったら、将来的に、人間がサイボーグ化したりしてな?」
ユーリ「天平お得意の都市伝説思考? サイボーグ化はあり得なくもないのかもしれないけど、サイボーグに対応したウィルスが出て来たりしてね……?」
天平「ぅあ」
読んでいただいてありがとうございました。
実はこの回は1月に書いていたんですが、構成上、他の所まで書き進めているうちに、新しい情報が入って来て、先に書きたいことができてそちらを書く――ということをしていたら、今度は、内容がそぐわなくなって修正を入れなくてはならなくなり……ようやく投稿することができました。
次回もお読みいただけるとうれしいです。