第9話 アンナ
村に着くなりいきなり体の力が抜けて、その場で沈むように倒れてしまった。
確かに体はけだるかったけどそこまでとは思ってなかったな。
意識はしっかりしてるからババアに担がれながら恥ずかしい思いをしてしまった。
まっすぐ部屋に戻ろうとすると、さすがにこんなおいぼれババアに担がれて戻ってきたんだからダレンも何事かと驚いてる様子だった。
部屋に戻るなりベットにほり投げられる。
帰りは時間がかかったとはいえ1時間もかかっていない。
こんな体の状態でも修行する前よりはるかに移動は速い。
どれだけ体力なかったんだよ俺。
「ありがとう、バアさん。世話かけちまったな。」
「うるさい口臭。空気に病原菌が蔓延するから口を閉じよ。」
「たまに礼を言えばこれだよ。てか口臭くないし。」
「いや、マジで、臭いですから。マジで。」
すごい腹立つ顔で言ってくるじゃん。みんなに見せたいくらいの腹立つ顔。
とはいえここ最近は常に移動か修行のどちらかしかしておらずこういった自由時間はあまりなかった。
体は動かないが意識はしっかりしている。こういう時に聞きたいことは聞いておきたい。
「なぁバアさん、何個か聞いていいか?」
「だめじゃ。口が臭い。しゃべるな。」
マジでいつかぶっ飛ばしてやる。
体が動かないから我慢してるだけだ。
がまんがまん。
「そう言わずにさ。それこそ俺何にもまだ聞いてないんだよ。修行が終わったらどうするかとかさ、聖典はいつ取りに行くんだとか。」
俺がババアに問い詰めているときにバタバタと廊下を走る音が聞こえ部屋のドアが勢いよく開いた。
「勇者様!! ご無事でしょうか!?」
目をウルウルさせながら目の前のベッドに俺が寝てるのにキョロキョロと部屋を見回している。
「アンナ、ここだよ。ここ。」
「えっ!? 勇者様、どこにもいないのに声だけ聞こえる......まさか.....死.....」
「おいおい勝手に殺すな。」
腰元まである綺麗な金色の髪に端整な顔立ちだがきつそうな印象はなく笑顔が似合う柔らかい雰囲気がある。厚手のワンピースを着ておりスカートはくるぶし辺りまである長めのものだが、それでも女性らしいラインが見てわかる ザ・美人の彼女はここの家主、ダレンの一人娘のアンナである。
おてんばというか天然というか、よく言えば元気な娘なのだが。少し心配性なところがあり毎度俺がフラフラで帰ってくることに激しく心配をぶつけてくる。
そして今も慌てすぎて目の前の俺に気づかない始末。うんそういう所、かわいい。
小さい頃に母親は亡くなっておりダレンが男で一つ育てたらしい。よくあんなごつい男からこんな美人が産まれるもんだ。年齢は聞いてないが20やそこらかと勝手に思っている。もう少し若いかも。
「はぁ~良かった。何かあったのではと思って私、心配で心配で。」
心底ほっとしたのだろう。大きなため息を吐き出す。
本当に死んだと思った割にはリアクションが薄いな。
「ご無事で何よりです。勇者様も疲れていると思いますので私はこれで失礼しますね。」
先ほどのテンパりが急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめて、そそくさと部屋を出ていこうとする女アンナ。しかし部屋を出て扉を閉める前にもう一度扉の隙間から顔を出し。
「勇者様......勇者様なら必ずこの世界を救っていただけると信じています。でも無理はなさらないで下さい。あなたは一人ではありません。私もついています。困ったことがあったらいつでもお呼びください。勇者様のためなら私にできる事ならなんだって......あれ? 私何言ってるんだろ? 恥ずかしい......すいません。失礼いたしました。」
「あっ! ちょっと待って!」
急いで出ようとするアンナを急いで呼び止める。
「はい......何か......」
恥ずかしそうに顔を赤くしながらうつむいている彼女の顔に何か言おうとしたけど、そんな恥じらってる顔を見ると俺まで恥ずかしくなってきて頭が全部真っ白になっちゃって、
「また.....明日ね......」
そんな訳の分からないことを言ってしまう。
一瞬、えっ? という驚いた顔をしたアンナだがすぐに嬉しそうな笑顔になり扉を開け、また一歩部屋に入ってきて、
「はい。勇者様。また明日。」
ワンピースのスカートの裾を摘まんで少し上げながらお辞儀をした。
ファンタジーアニメでよく見る貴族とかがやるお辞儀だ。
すごく様になっていてとても綺麗だと思った。
「それでは失礼します勇者様。」
静かにパタリと閉められた扉。
部屋には静けさが戻った。
アンナだけは俺のことを勇者様と呼ぶ。名前で呼んでほしいと頼んだのだが、昔読んだ童話に出てくる勇者みたいに世界を救ってくれる人だからという理由らしい。本人も気に入ってるようなので良しとしているが。
それにしても......あーかわいかったなー。実はあの子がいるからつらい修行も耐えられてるところがあるんだよなー。
なんか俺に気があるような感じしたなー。めっちゃ美人だしああいう子と付き合えたら人生めっちゃ楽しいんだろうなー。
俺はしばし甘い空想に触れた後、ジト目で隣のしわくちゃババアを見る。
「なんじゃその目は。」
「いや、同じ生き物とは到底思えないと思いまして。」
「ふん、ガキじゃの。素人童貞のお前が惚れるのもわかるというもんじゃ。」
「おまっ! なんでそのことを!!」
「わしに相手してほしかったらもっと人生の経験を積むことじゃな。」
「気持ちわりぃー事言いやがって。死んでもごめんだわ。でもさ、聖典使いってやっぱすごいのか? みんな救世主様、救世主様ってさ。俺まだ何にもすごくないからちょっとどうしていいかわかんない事多いんだよね。」
「そらそうじゃ。世界を救うとされている救世主じゃからな。」
「なんだか重荷だよ俺は。」
「みな命の危険に身を震わしとる。そこから解放してくれるというんじゃ。すがりたくもなるじゃろ。」
「なんか嫌な言い方するな。」
「そうかの? しかしそんな甘いものでもないんじゃよ。人の数だけ思想があり、時の数だけ歴史も複雑に絡まる。」
「はぁ? どういう意味だ?」
「いい事ばかりでもないということじゃ。ほれ、お主はもう休め。明日からまた修行が始まる。休めるうちに休んでおくのじゃ。」
「ちぇ、なんだよ。あっ! 俺今日みたいな修行はもう嫌だからな。危うく死にかけたんだ。次やったらもう修行しないからな。」
「最近の若い奴はなんでもかんでも......安心せい。今日はわしもやりすぎた。明日はもっと安全で実践的な修行じゃよ。楽しみにしておれ。」
そう言うとババアは椅子から立ち上がりそのまま部屋を後にした。
「安全で実践的......嫌な予感しかしないな。」
俺はその夜、アンナとの甘い妄想と次の日の安全で実践的なという言葉に喜びと震えが交互に襲いかかり、とてもゆっくり休むなんてことはできなかった。