7話
帰る途中、たくさんの視線を集め居心地が悪くなった剣斗は、解呪前の姿へ変身するため近くのお店のトイレに入った。
(それにしてもめっちゃ見られたな……なんでだ──ろ?)
剣斗はそこで視界の端にうつった鏡を見た。
(とおおおんでもなく──イケメンじゃん!!)
今まで自分の顔を確認する機会がなかった剣斗は、ここにきてようやく自分の容姿が優れていることに気が付いた。
まず美男美女は骨格から違うというが、理想的であるとしか言いようがない骨格。まっすぐで高い鼻。鋭くしかし輝きのある眼。白く綺麗な肌。何を取っても非がないイケメンが鏡には映っていた。
しかもその上、身長はそれなりに高く筋肉質ときている。
(これはモテる!! 確実にモテる!! ここまでのイケメンはテレビでもそうそう見かけないレベルじゃないか??)
剣斗は今までの顔に慣れ過ぎていて、自分の顔とは思えず、まるで他人を褒めるように自画自賛していた。
少しの間顔を眺めてから、変身するために洋式トイレに入った。
・ ・ ・
それからは何事もなく家に帰りつき、荷物を置いて風呂に直行した。
制服を無造作に脱ぎ捨て、濡れても大丈夫だとは思うが邪魔なためネックレスを外す。
変身が解けるが、一人暮らしのため何の問題もない。
さっと髪と体を洗い終えると湯船に浸かり、あまりに濃い昨日から今日のことを振り返る。
「呪いが解けたらイケメン、キメラなんて怪物と遭遇下と思えば、おとぎ話の世界にしか登場しない時空魔術なんてものを使えるようになって討伐。なんて出来の悪い現実だ。最近はやりのネット小説でもあるまいし」
「小説は現実よりも奇なりなって言ったりするでしょ?」
「言わないよ、それを言うなら事実は小説よりも奇なりだ」
「まぁ、そうともいうわ!」
「調子のいい奴だ全く……うん?」
(俺は……誰と話しているんだ?)
湯船の縁に黒髪ロングの齢は高校生ぐらいに見える女の子が腰かけていた。
──全裸で。
「ちょっ、あなたは!! 誰ですか!! そもそもいつからそこにいた!!!」
「私? 私はリリよ」
「和風の見た目にそぐわない洋風な名前だな! って……ん? そういえばスマホの名前もそんな名前だったような」
「そうそう、そのスマホよ私。時空の魔術書インストール特典なの」
「ちょっと何言ってるかわからないです」
それもそうだろう。
この美少女は例のスマホを名乗るのであるから。
どこからどう見ても人間にしか見えない、見れば見るほど人間にしか見えなくなってくるのにである。
「どうしたら信じてくれるのかな、ご主人様は?」
(うっ……裸で上目遣いでご主人様の破壊力やばすぎだろ……)
リリを名乗る少女は湯船の中に入り、剣斗に密着する。
それがほどほどな胸だとしても、女性経験のない剣斗にとっては凶悪極まりない劇物である。
(お、収まれ我がエクスカリバーよ……今はまだその時ではない!! 収まるのだ!!)
「ご主人様はもしかしてチュウニビョウ? とやらにかかっているのかしら?」
「なんのことだ??」
(心が読まれている、だと?)
「そりゃ私はご主人様と文字通り一心同体になっているからね、心ぐらい読めるわよ」
『直接脳内に語りかけることも出来るわ』
(なんと……。じゃぁエロイこと考えていることが筒抜けに……?)
「そういうこと」
「とりあえず出ていけ、いますぐに!!」
「えー? どうして?」
「なんででもいいから!」
剣斗はリリの肩をつかんで(女の子特有の柔らかさにドギマギしていることはリリに伝わっている)無理やり引きはがした。
しかし湯船から出すには至らなかった。もちろん体に障られないからだ。
剣斗には荷が重すぎた。
「やっぱいい、俺が出る」
自分が出たらそれでいいことに気が付いた剣斗はそそくさと出て行った。
・ ・ ・
「さあ、いろいろときりきりと教えてもらおうじゃないか」
「まあ、そうなるでしょうね」
風呂を上がった二人は向かい合って座っていた。
リリは服がなかったため、剣斗の服を着ている。もちろんそこでも一騒動あったが何があったかは大体想像できるだろう、剣斗の女性経験のなさが露呈する結果となった。
今は剣斗のパーカーをワンピースのようにしてきているが、リリの身長は160センチちょっとであるため170ちょっとある剣斗の服を着ると見えちゃいけないところが見えそうになっている。
目に毒だからと剣斗は下も着させようとしたが下着がなく諦めた。
「私はリリ。あなたが拾ったスマホ──の形をしたいわゆる魔導書よ」
「それは聞いた」
「これ以上何を聞きたいっていうの?」
「なんであんなところに落ちてたんだ? そもそも魔導書って?」
「魔導書というのはね、高位の魔術書、それこそ私みたいに意思を持ってる魔術書のことよ。俗称ね。で、あそこに私がいた理由なんだけどね」
リリは剣斗の顔に顔を近づけてニッコリを笑った。
「あなたのことが気に入ったからよ」
「は?」
「あら、聞こえなかった? 気に入ったと言っているのよ」
剣斗の前髪をかきあげておでこに軽く触れる程度のキスをすると、再びソファーに深く腰掛けた。
剣斗は呆然としている。
現状に脳が追い付いていないようだ。
「誰を主人にしようか迷ってるときにあなたを見つけたの。最近のことじゃないわ、だいぶ長いこと見てきたわ。あなたは努力していた、けど努力は実を結ばなかった。そんなあなたを見ていて力になりたいと思ったの」
完全にフリーズしている剣斗にリリは手を振るがまだ反応はない。
「これが理由じゃダメかしら?」
ついにリリが剣斗の鼻をつまみだしたところで剣斗は活動を再開した。
「お、おう。そうか、誰かが見ててくれるもんなんだなぁ……」
平然を装って、まともに返答するが耳の先まで真っ赤になっているので台無しだ。
誤魔化すように口を開く。
「ところで次は何をしたらいいと思う?」
言葉足らずでもリリには伝わる。むしろ声に出す必要はないが、自然とそうなってしまうのだろう。
「そうねー、部屋の中のものを収納アプリを使って取り込めばいいと思うわ。便利よ」
リリを有効活用するには次は何をするべきかという質問であった。
「なるほど、確かにそんなアプリが……って思ったんだがなんでスマホなんだ?」
「別にスマホじゃなくてもよかったんだけど、強いて言うなら時代に合わせて、かしらね? 目立たないじゃない、スマホ」
「それもそうだな。じゃあ、部屋のもの取り込んでしまおうかな」
「うん、アプリを開いたら半径2メートル以内にあるものを念じるだけで収納できるわ。仕舞うときに魔力を消費しちゃうけどエネルギーの小さなもので特に魔力的特色がないものはほぼ無視できる程度だから家の中にあるものは楽々全部入るはず。しまったものが何かは直感的にわかるわよね?」
「ああ、これはすごい。わかるがわからん」
部屋のものを取り込み始めてはたと気づく。
(これ、収納したものの劣化とかどうなってるんだろう。収納先の空気とか圧力だとか)
『時間が止まった状態で保存されるから永久保存も可能よ』
「うわっ、びっくりした! 急に心よんで念話仕掛けてくるなよ!!」
「そこは慣れよ」
これからの生活の幸先が不安になる剣斗であった。