5話
学校が終わり、剣斗は帰路に就いていた。
(それにしても、今までの魔法が使えなくなるなんて。デメリットが全くないと思ったらそういうわけでもなかったな。あのスマホの破格さを考えれば微々たるものだが、デメリットがこれだけと決まったわけでもないし……)
スマホのアプリの一つであり、破格の性能を持つ『鑑定』を使ってアプリで数値化された自己のステータスについて分析していた。
行きかう人々に鑑定をかけ、そこから推測した。
(どうやら、この数値はHPとMPの平均を20、その他数値の平均を10とした相対的なものみたいだ)
そしてこれが剣斗のステータス。
坂口 剣斗
状態:正常
ポイント:0
HP:30
MP:50
攻撃力:15
頑丈さ:20
筋力 :15
敏捷 :25
知力 :32
精神力:30
・魔術書
初級・風の魔術書
・スキル
魔術書の欄には、昼休みに購入した初級・風の魔術書がしっかりと増えている。
ステータスの数値は、すべてが平均を優に上回っており、知力や精神力に至っては平均の3倍以上である。
当然ながら剣斗は気づいた。
(あれ……実は結構俺って強くね?)
なぜこんなに強いのか、知力が32もある剣斗が知恵を絞って出た答えは
(もしや、呪いが大リー○ボール養成ギブスのような効果を生み出していたんじゃないか?)
といったものであった。
(それにしても、このスマホは一体──)
──そのときだった。
どこからか、悲鳴を伴い轟音が聞こえてきた。
(普通の人よりステータスが高いわけだし、行ってみるか)
この時の剣斗は突如として大きな力を手に入れ、調子に乗っていた。
そのことに気付くのはそう先ではなかった。
~ ~ ~
「早くっ! 早く逃げてください!!」
騒然とした道を人々が逃げてくる方へ一人逆走していると、避難を呼びかけている見知った者がいた。
「エクメアさん、これどういう状況なの?」
エクメア・ブラバド。剣斗と同じ二年B組の学級委員長をしている女の子だ。
色白黒髪ロング、高めの身長、清楚な顔立ちが大和撫子という言葉を沸々とさせる。
(性格は大和撫子と聞かれたら首をひねらざるを得ないんだけど……)
「坂口!? あんたなんでここにいんの! 早く逃げ──」
──うなり声をあげ、曲がり角からそいつは現れた。
ライオンの頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ、3mを超える化け物。
「走って!!」
しかし剣斗は突然のことでまるで動けなかった。
それを見かねたエクメアは剣斗を強引に引っ張ったことにより、ようやく状況を飲み込み始め走り始めた。
「なんだあれは!?」
「キメラよ! 全国戦士協会が定めた危険度はA、まさに生きる災害よ! 勝てるはずないわ!!」
(くそ、調子に乗ったらろくなことにならないな!)
剣斗たちは相当な距離を走ったがキメラは自らに背を向け、低速で離れていく剣斗たちの姿を目にすると、瞬時に距離を縮めた。
うなり声と荒い息遣いがそう遠くない距離から聞こえてきたエクメアはこのままでは逃げられないことを悟る。
エクメアは覚悟を決めると立ち止まり、振り向くとキメラに相対した。
「エクメアさん!? なにしてんの、食べられちゃうよ!!」
「わかってるわよ! でもどっちみち逃げられないわ、すぐに二人とも丸呑みされて被害が拡大するだけよ。なら未来の戦士である私たちが少しでも救援がくるまでの間の時間稼ぎになった方がいいでしょ?」
「確かに、そうだけど……」
(危険度Aなんてただ学生の俺らがかなうはずないじゃないか!)
心の中ではそう叫んだ剣斗だが口には出せなかった。
「でもあなたは、はっきり言って使えないのを知ってるからね。あなたは私を支援して。気をそらす程度でいいから」
そんな話し合いをしてる間、キメラは待ってくれるわけもなく距離は50mもなかった。
「わかったらいくわよ!」
「もうやればいいんだろ、やれば!!」
エクメアはすぐさま詠唱を開始した。
剣斗も時間を稼ぐため詠唱を開始するが、本来剣斗には詠唱は必要ない。スマホによってそういうふうにインストールされているからだ。
しかし、今までろくに魔法を使えなかった者がいきなり使えるようになるだけでも驚異であるのに無詠唱なんてもってのほかである。
それゆえにダミーの詠唱を剣斗はあらかじめ考えていた。
「叩け。風の弾丸!!」
初級魔法に相当する短さの詠唱によって生み出された弾丸は、こちらにその巨体ではおよそ考えられない速さで向かってきていたキメラへと吸い込まれていった。
しかしキメラは速度を落とすことなく走り続ける。
(やはり危険度Aの化け物には初級の攻撃魔法なんて通じないか……。だが)
「邪魔しろ。風の悪戯」
強い突風が生まれ、明らかにキメラが速度を落とす。
ここが直線の一本道であったことも幸いして初級の魔法でも通用したようだ。
(エクメアさんはまだかッ!?)
キメラとの距離が5mほどに達しようとしたとき、ようやくエクメアの魔法は発動した。
「その込められた力を解き放ち、爆ぜて塵となれ。爆裂球ッ!!」
あまりの熱気で周辺の温度が数度上昇し、生まれた球体は揺らめいて見える。
「走るわよッ!」
薄ら笑いを顔に張り付け、生み出した球体を押し出すような動作で飛ばした。
球体は火花を散らしながら風を切り裂き、ウィンドバレットとは比べ物にならない速さで一瞬にしてキメラへと衝突。刹那、中に込められたエネルギーが弾けた。
初級魔法や中級魔法とは一線を画した攻撃であったことは衝撃からして瞭然であった。
辺り一帯が熱風にさらされる。
(これが上級魔法……)
走り出していた剣斗たちの背中をチリチリと熱気が焼いたが気にしている場合ではなかった。
──もしこれでも生きているのならば少しでも距離を稼がなければならないからだ。
(呪いが解けてなくて体力と足の速さがあがってなければ、すでに追いつかれてるな……。今はエクメアさんにあわせてるからもっと速く走れるけど置いていくわけにはいかないし……)
剣斗は多少エクメアに比べ余裕があったため、走りながら顧みた。
やはり、さきほどの攻撃では仕留めるには至らず、こちらに向かって走りくる化け物がそこにはいた。
だが無傷とはいかなかったようで、先の機敏さはうかがえなかった。
(あの速度なら俺が本気で走れば、でもそれだとエクメアさんが……)
そんな剣斗の目に、遠いために小さくだが確かに見慣れた看板が留まった。
(これだっ!!)
「すぐに戻ってくるから、ごめんエクメアさん!! それまでどうか……耐えてッ!!」
本気で走り出した剣斗は異常だった。
エクスプロージョンボールを受ける前のキメラまでとはいかないまでも現在の仮にも危険度Aの化け物を圧倒的に上回る速さでキメラそして──エクメアとの距離を離していく。
「待って、待ってよ坂口ぃぃ!!」
悲痛な声をあげるエクメアに剣斗は一瞬止まったが、戻ることはなかった。
──絶望へのカウントダウンが始まったことをエクメアは悟るのであった。