3話
学校のホームルームには間に合わなかった。
──呪いが解けていなかったなら。
そう間に合った、呪いが解け、元に戻った自分の能力を発揮し教室まで走ったのだ。
(息も切れてないし、呪いがかかってなければ俺そんなに身体能力低くないのか……)
席に着くとちょうどチャイムが鳴った。
1限目は一般科目の歴史の授業だ。
今日の授業は現代日本の成り立ちだった。
つい最近まで聞いてそばから頭から抜けていっていた内容が、呪いが解けたおかげでしっかりと頭に残存するようになった。
この学校には、学力は足りていなかったが成績が悪い分をカバーするため、授業を大真面目に受けていたから、内申点で合格することができた。しかし、今日の今日まで、授業の内容を一切覚えることができなかった。
一時期はどうなるものかと不安になったが、どうにかなりそうである。
授業の内容は新年度になって間もないため、比較的簡単な、本編に入る前のちょっとしたところだった。
──30年前、地球は原因は不明だが他の世界と行き来が可能になった。所謂『異世界』である。
獣人と亜人の世界、エルフとドワーフの世界。
その影響か、世界の裏の世界、『魔界』から時折、魔物と呼ばれる怪物が現れるようになってしまった。
裏の世界を除いて地球を含む『三世界』は魔物の脅威を取り除くためそれぞれ協力体制をとることになった。
地球からは科学技術。
獣人と亜人の世界、『獣界』からは獣界で採れる作物や、資源。
エルフとドワーフの世界、『精霊界』からは魔術や、魔術を利用した技術などがもたらされた。
そしてここ、煌星魔術高校のような魔術高校は各種族から多くの留学生が在籍さており、三世界の交流が盛んである──
といったものだ。
このクラスにも人族だけではなく、エルフや獣人といった異世界出身の者も少なくない。
学校単位で見ると生徒だけではなく教師にも人族以外の種族の者ものいる。
魔法系教師にはエルフが、体育系実技には獣人や亜人など身体能力が優れた種族の教師が、技術的なことを専門に教える教師にはドワーフの割合が大きい。
そして人族は学校では事務的なことをしている者が多い。
こういった内容の授業であったが、どうやら解呪する前に予習していた分の記憶を引き出せているようだった。
今まで悪かった成績をせめて高校では、と悪あがきのつもりで中学から勉強していたのだ。
呪いにかかっている間は、予習した内容があまり頭に入っていなかったのだが、どういう理屈か呪いが解けた今なら引き出せる。
呪いが記憶に蓋をしていたのかもしれない。
授業が終わるとすぐに、剣斗の周りに複数の生徒が集まってきた。
何事かと身構えると、その中の一人が剣斗の動揺させることを聞いてきた。
「君は本当に剣斗か……?」
そう尋ねてきたのは、まぶしいくらいの白い肌を持つ灰色の髪のかっこいいというよりきれいという言葉が相応しい美男子だった。
入学式当日から剣斗と親しくしている友人の一人である、フォルト・ロービアンだ。
フォルトは高いコミュ力をもって、当日からクラスの皆と仲を深めていたツワモノである。
彼は狼のような獣人で、実際に人族と違う部分の身体的特徴は狼と一致している部分が多いらしい。といっても体毛が濃いわけではないし、顔は人族と変わらない。見かけ上違うのは、耳が獣のように上についていることや犬歯が本物の狼のようにとがっていることぐらいだ。
そんなフォルトがこんなことを聞いてきた理由に、当然ながら剣斗には心当たりがあった。
(変身のネックレスは能力まで変えられないからな……。外見的なものまでは誤魔化せても、魔力が増えた──いや、元に戻ったことによる魔力の増大までは誤魔化せなかったか……)
「フォルトには俺が剣斗じゃないように見えるのか?」
「いや……そういうわけじゃないけど違和感が……」
どうやらフォルトは直感的にナニカが違うことには気づいたようだが、そのナニカが魔力の増大であることまではわかっていないようだった。
(さすが獣人……勘が鋭いな)
このまま魔力の増大については聞かないでほしかったが、他の友達が発した言葉で剣斗の切実な願いはむなしく散った。
「剣斗くん、魔力が増えた……?」
正解を言い当てたのは、イキシア・ツァルハイト、シアと呼ばれるエルフの女の子だ。
エルフは見目麗しい人が性別にかかわらず多いが、シアはそのなかでも群を抜いているといってもいいだろう。
エルフ特有の鮮やかな翡翠のような髪と瞳、そしてこれまた白いしかし女性的な肌に加え、色気がないようでいて妖艶なかわいらしい表情は、見る者のボキャブラリーと思考力を一時的に奪ってしまうだろう。
シアは優秀な魔法師であり、感覚が人より優れていたため、剣斗の持つ魔力が増えていたことに気付いたのであった。
このとき剣斗はシアたちに正直にスマホのことを話すという手段がなかったわけではなかったが、未だ謎が多いスマホのことは話さない方がいいと判断した。
「なぜか朝起きたら増えてて……。俺も理由はよくわからないけど、害はないし気にしなくていいかな、と」
──後々、剣斗は正直に話さなくてよかったと心底思うのだが、彼にそのことを知る術は無い。
「そんなことあるの?」
シアは首を傾げながら、疑問を呈してきた。
小説やアニメでは、キャラクターが首を傾げるといった行為は自然とされているが、実際するとサムい。
だが、は美少女だ。平凡ではないルックスの持ち主である。
現実にやるとイタい首を傾げるといった行動さえも、違和感を取り払い、絵にしてしまう。
「なってしまっているからな」
「そっか。理由がわかってるなら真似したかったのだけど……」
やはり皆、魔力を増やしたかったのであろう。
理由がわからないと聞くや、二限の授業まで間もないこともあり周りに集まっていたギャラリーは離れていった。
・ ・ ・
二限目から四限目まで、一限目と同じようになんの問題もなく(不都合がないといった意味での問題であり、わかりすぎて退屈だという問題は含まれない)過ぎていったのだが、問題があったのは昼休みを過ぎてからであった。
五限目は体育であった。
座学の場合は、言葉を発しなければ注目をうけることはまずない。
体育の場合は、そうもいかない。
呪いが解けた結果、優れた身体能力を取り戻した。
剣斗は体育の授業でそのことを全く意識せずに動いたため再び注目を浴びてしまった。
それはサッカーの授業であった。
授業であるためキックオフの合図はなあなあであったが、いざ始まると授業といえど真剣である。
味方が相手ゴールにあがっていくのにあわせて剣斗も走っていったが、同時に体の調子も確認していた。
(気持ちいい。まるで風になったようだ)
そう思う剣斗であったが、さすがに試合中に短距離走のように全力疾走などはしていなかった。
それでも周りから見るとそのように見えていたのだろう。
「剣斗、飛ばし過ぎだ」
フォルトはすごい勢いで走っていった剣斗を後ろから追いかけていき声をかけた。
(せっかくなぜ魔力が増えたかについて誤魔化したのに、関連付けられたら意味がなくなるな)
そう考えた剣斗は「急になんだか全力疾走したくなったんだ」と笑いながら誤魔化し、フォルトはどこか不自然な剣斗の様子に気づかず「変な奴だな」と笑った。
意識して抑えた剣斗であったが、どのくらい抑えればいいのかわからず随分と活躍してしまったのはご愛敬だろう。
それでも気にする程度のものではなく不自然というほどではなかっただろう。
不自然でなくても活躍したのは確かで、注目を集めてしまったが大した問題ではなかった。
問題となったのは体育に続けて行われる実技の授業であった。