1話
足元の水面に映るのは、特筆することのない己の顔。
顔の善し悪しにはあまり興味がないため思考を切り替える。
「あー、なんかいいことねぇかなー」
入学して一年がたった都立煌星魔術高校を出て、いつも通り、昔馴染みの古本屋に向かう途中で最近を振り返り始める。
入学してそれなりに経つが友達という友達も出来ず、テストでは最低点を取り、体育の時間ではサッカーボールを顔面に当てられる。
(ほんと、どうしたものかな……。ん? なにこれ、スマホか?)
先の道に、スマホのようなものが落ちていた。
なぜ、「ようなもの」かと言うと、全く見たことのないデザインで、形状から推測することしかできなかったからだ。
拾い上げた瞬間、電話がかかってきた。
相手は非通知からだった。
(スマホの持ち主がスマホを落としていることを伝えてあげた方がいいよね。そしたら持ち主に伝わるかもしれないし……)
そう思って、電話に出る。
「もしも──」
『パスワードはriri』
──プツッ。
女性のかわいらしい声が聞こえ、それだけの内容で電話は切れてしまった。
(なんだったんだ、今の……? パスワードって、このスマホの……?)
電源をつけると、確かにロックがかけられている。
(まぁ、あまりよくないことだとは思うけど、ロックを解除したら電話帳とかに持ち主の情報とか書かれているかもしれないし……)
警察に届ければいいという考えは浮かばず、そもそもなぜあんなベストタイミングでパスワードを教えるような電話がかかってきたのかなど疑問を持たず、ロックを解除した。
すると文字がディスプレイに浮かび、さきほどの声が文字を読み上げていく。
『所有者情報を登録します……登録しました。これよりあなたが所有者となります、使い方はアプリにある説明書をお読みください』
(えっ!? 最初に開いた人が所有者登録されるようになってた!? これ、持ち主になんて謝れば……。いや、所有者登録解除だってできるだろうし……説明書を読んでみるか)
説明書と書かれたアプリをタップして、出てきた説明を見ると数行しかなかった。
(えっと、なになに……?)
説明書にはこんなことが書かれていた。
あなたはこのスマホ──リリに選ばれました。このスマホには元の持ち主などはいません、あなたが、あなただけがこのスマホの持ち主です。そのため御自由にお使い下さい。
次にこのスマホの説明に移らせていただきます。
このスマホはポイントを使ってさまざまなアプリを使用したり『魔術書』を手に入れることができます、詳しくは各アプリを開きヘルプをご覧下さい。このスマホの扱いに慣れてもらうため2000ポイントプレゼントさせていただきます。
操作方法についてですが、このスマホは普通のスマホと同じように操作することもできますが念じることで操作、出し入れすることができます。収納するときは念じると体に吸収されますが害はございません。
収納した状態だと、脳内に仮想ディスプレイを展開することができます。ご活用ください。また、目からの入力もできます。
取り出したい時もまた、そのように念じてください。
これで説明を終わります。リリを使って、便利なハッピーライフを──
「なんだこれはっ!!」
(いかん、思わず声に出して叫んでしまった。周りに人がいなくてよかっ──じゃなくて、この説明の内容が事実ならとんでもないぞ……。このスマホをどうするか、じいちゃんに相談しよう)
じいちゃんとは、昔からお世話になっている古本屋の店主のことだ。血の繋がりはないが、両親を失った頃からよくしてもらっている。
スマホのせいで止まってしまった足を、古本屋に向けて速めた。
・ ・ ・
「別にいいんじゃないか?」
「軽っ!」
じいちゃんにスマホのことについて話したらこんな返答が返ってきた。
(契約に同意とかしてないし、お金を求められるとかはなさそうだし……実害は今のところないな。よし、アプリやらを開いて決めるか。魔術書を手に入れることが出来るならお金を払ってもいいしな)
「今日は何か本を買う予定だったんだけど、家に帰ってもう少しこのスマホについて調べてみることにするよ」
「おう、気ぃつけて帰れよ」
「といっても向かいだけどね」
家は古本屋の道を挟んで隣にあるアパートだ。
「それじゃ、またくる」
・ ・ ・
家に着くと、手も洗わずに自分の部屋に飛び込む。
ベッドにダイブし、ポケットからスマホを取り出し、そこで説明を思い出した。
(確か収納した状態だと脳内でできるとか言ってたような……。収納!)
収納と念じた瞬間、スマホが光の粒子となり体へと吸い込まれていった。
そして、仮想ディスプレイを表示させるように念じると、スマホと一寸も違わないものが思い浮かぶようになった。
(少し慣れは必要そうだが……便利すぎるだろ、これ)
見ると、説明書のアプリはなくなっており、目を引く名前のアプリがたくさんあったが目的のものだろうアプリはすぐに見つかった。
──魔術書インストーラー。
アプリを開くと、色々な魔術書が数字とともに書かれていた。
初級・無の魔術書(1000)
初級・火の魔術書(1000)
初級・水の魔術書(1000)
初級・風の魔術書(1000)
中級・光の魔術書(5000)
中級・闇の魔術書(5000)
上級・時空の魔術書(25000)
【現在の所有ポイントは2000です。】
初級から、中級、上級、超級、禁忌級がある、無、火、水、風の基本魔術。それから、中級からある、光、闇の特殊魔術。
そして──時空の魔術。
この魔術は存在は知られていたが、魔術書はいまだ発見されていなかったはずだ。もし、見つかっていたとしても、魔術書を覚えるのには100年はかかるとされていて、長命種のエルフには兎も角、人には使いこなせるものではない。
(なんだこれは……。大発見じゃないか!!)
だが、このスマホの力はこの程度ではなかった。
ヘルプを開くととんでもない内容が書かれていたのである。
・このアプリについての説明
本来魔術書は覚えないといけません。ですが、このアプリでは、目的の魔術書にポイントを使うと、使用者の頭の中へとインストールが開始されます。
なお、ポイントは現金からの変換も可能ですが、現実で経験を積むことにより入手が可能です。変換したいときは、変換するよう念じるか、スマホにお金を押し当ててください。電子マネーまたはクレジットカードも可能ですが、そのときは変換したい料金も指定して念じてください。
スマホを収納している場合は、体に触れていれば大丈夫です。
10円で1ポイントとなります。
現実で魔術書を買おうとしたら、初級でも5万はかかる。
それが1万円である。
(安いっ! それに覚えなくていい……だと……? これがもし本当ならとんでもないチートアイテムだ!)
だが、驚きはこんなものでは済まなかった。
他のアプリを見てみると、語彙力が一時的に失われてしまうようなものばかりであった。
──写真や、カメラで写したものの詳細が見れる鑑定アプリ。
──物を無限に収納でき、出したい時に出せる収納アプリ。
──まるでゲームのように簡単にスキルを獲得したり強化できてしまう、スキル管理アプリ。
──ポイントを消費して回復することができる、回復アプリ。
──武器や防具、家までもが買えてしまう(しかも普段はスマホのなかに入れておくことが出来るらしい)ストアアプリ。
──自分の能力や状態を見れるようになる、これまたゲームのような、ステータスアプリ。
どれか一つだけでも、影響力が計り知れないトンデモだ。
控えめに言って、ヤバイ。
(ん……? まさか……)
ふと、疑問に思いステータスアプリを開く。
坂口 剣斗
状態:身体能力弱化/魔的能力弱化/醜悪化
ポイント:2000
HP:10(30)
MP:16(50)
攻撃力:4(15)
頑丈さ:3(20)
筋力 :5(15)
敏捷 :9(25)
知力 :12(32)
精神力:10(30)
・魔術書
・スキル
(やはりそうだったか……)