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──ジリリリリ。
目覚まし時計がけたたましく鳴り、寝起き特有の苛立ちからか、少年は少し乱暴に目覚まし時計を止めた。
ベッドから上半身だけ立てると、動きを止めぼーっとしていたら思い出したかのようにベッドから飛び起き身支度を始めた。
事実、思い出したのだろう。
(やっべ、今日入学式じゃねぇか!)
急ごうとするものの寝起きの体は思うように動いてくれず、なかなか滞りなく準備が進まない。
(やっぱり準備は昨日のうちに済ませるべきだったな!!)
・ ・ ・
少年が集合場所である教室に着いたのは、集合時間1分前だ。
初日からやらかしてしまっている。
「おぉ! ギリギリだったね、入学式の日から大胆だなぁ」
息もキレキレで席に座った少年にそう声をかけてきたのは、隣の席に座っているまぶしいくらいの白い肌を持つ灰色の髪のかっこいいというよりきれいという言葉が相応しい美男子だった。
だが、人族ではなく獣人であった。
彼は狼のような獣人で、実際に人族と違う部分の身体的特徴は狼と一致している部分が多いらしい。といっても体毛が濃いわけではないし、顔は人族と変わらない。見かけ上違うのは、耳が獣のように上についていることや犬歯が本物の狼のようにとがっていることぐらいだ。
「自分でもよく間に合ったなって思っているよ、褒めてあげたいぐらいだ」
軽口を叩いて返すと、美男子は爽やかな笑みを向けてきた。
「僕はフォルト。フォルト・ロービアンだ。君は?」
そういってフォルトは手を差し出した。
「坂口 剣斗だ。よろしく!」
剣斗はフォルトの手を強く握ると、内心ほっとした。
ボッチになることを危惧していたのである。
コミュ力の高いフォルトに早々に声をかけられたのは僥倖であった。
剣斗は教室に入ってすぐからずっとこちらを覗っている視線を感じていた。
そちらを見てみると、一人のエルフの女の子と目が合った。
(どうしてこの子、俺を見てるんだろうか?)
「坂口、剣斗……?」
エルフは見目麗しい人が性別にかかわらず多いが、その女の子はそのなかでも群を抜いているといってもいいだろう。
エルフ特有の鮮やかな翡翠のような髪と瞳、そしてこれまた白いしかし女性的な肌に加え、色気がないようでいて妖艶なかわいらしい表情に剣斗は一時的に施行を止めてしまっていた。
そのため剣斗は詰まったようなしゃべり方になってしまった。
「そ、そうだけど、どうかした?」
「私はイキシア・ツァルハイト」
「うん?」
「シアって呼んで」
「わかった、俺のことは剣斗と呼んでくれ。けど俺の名前がなにか……?」
「そう、ならいい」
もはやそこには会話が成立していなかった。
だがその時、シアの表情は残念そうであり、その場にいたものでその表情に気付いたのは話していた張本人の剣斗ではなく、この会話を傍目に見ていたフォルトであった。
(一体なんだったんだ? まぁ、いいか。友達にはなれただろう)
先生が教室に入ってきたことで、そう思考を打ち切ったのであった。
「んあー……。だり」
欠伸をしながら教壇に向かう女性教員は小声でつぶやいた。
髪は整えられておらずぼさぼさで、その上ジャージだ。
剣斗は内心、素材はいいのにもったいないなと思っていたが余談である。
「このクラスの担任を受け持つことになった時雨 京子だ。これから一年間よろしく頼むぞ! ちなみに講義を行っているとき以外は時空間魔法の研究をしている」
ありがちな自己紹介を終えると、手元のバインダーに目を落とす。
「えーっとお? 今から君たちにはいくつかの試験を受けてもらう」
試験と聞いて、学生たちはざわめき嫌な顔をした。
それもそうだろう。試験を好む学生は極少数派であり、大多数はあまり楽しいものだとは感じていないはずである。
「試験と言っても、今後の成績に関係するものではないから気楽に受けてもらって結構だ。あくまでも君たちのレベルを把握する意味合いでしかないからな」
時雨に連れられ、普通の学校にあるような運動場にクラスの皆はやってきた。
普通の学校にあるような運動場と言っても、それは見た目だけの話であり、其の実、ある程度の魔法なら耐えられる頑丈さがある。
「最初の試験は、魔力量測定だ。ここにある、魔力に反応して光る魔鉱石を応用した魔道具を使って測定してもらう」
先生たちの横に並んだ机の上には台座に鎮座している丸く澄んだ水晶が複数個あった。
使い方は手を水晶に翳すだけ。
本来この水晶は、魔力の量に応じて、光り、その大きさを変える特性を持つ鉱石であり、光量でしか魔力の大小を把握できず、精密には測れないものであった。
だがこれは魔道具化されており、台座部に数値を示すようになっており精密な測定を可能としている。
「番号順に並んで、空いた台で測るように。また測る前にはそばの先生に出席番号を告げるように」
生徒たちは続々と水晶を光らせていったが、あまり目立ったものはいない。
「神崎……聖と言ったか? なかなかの魔力量だな」
(イケメンが……天は二物を与えないんじゃなかったのかよ)
と剣斗は悔しがっていたが、天に二物を与えられたものはほかにもいた。
水晶が、聖のときより明るい光を発した。
「すごい魔力量だ。入学したてとは思えないぞ」
時雨がべた褒めした生徒はイキシアであった。
胸を張って──それでもまな板である──どことなく誇らしげに見える。
「先生に褒められた。剣斗、褒めて」
「すごいな、ほんとに」
剣斗は中学では落ちこぼれだった。
それだけに、優秀なやつらがうらやましかった。
魔力量の差は努力で伸びるが、どこまで伸びるか、どのくらい伸びるかは才能であるからだ。
どうしようもない、無力感を剣斗は持っていた。
だが、それをこの少女の前で出してもしょうがない。
褒めてほしくてきらきらした目で見つめてくる少女がいとおしくて、剣斗は反射的ともいえるほど自然にその頭に手を伸ばしていた。
(さらさらで触り心地が……って、俺は何をしているんだ)
気づき手を放すと、名残り惜しそうにしていたが無視することにした。
ここで手を離さなければ、剣斗の番になり先生に声をかけられるまで撫で続けていたかもしれない。
そんなのは御免であった。
順番は来て、緊張した面持ちで剣斗はイキシアに手を伸ばしたときとは対照的な不自然でぎこちなく、水晶に手を伸ばした。
水晶は小さく光り、台座に数値が示された。
「うん。平均以下だけど、これから頑張れば大丈夫さ」
数値は164だった。
「なぁ、シア。お前の数値をよければ聞かせてくれないか?」
「ん。350」
膝をついてうなだれていると、今度はイキシアが剣斗の頭を撫でていた。
ますます惨めな気持ちになる剣斗であった。