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プロムの夜 ─中─

「カナハ・ローレン。お前は竜の巫女たるサクラに、数多の罪を犯した」王子が言った。


 王子の傍らに控えていた宰相子息が、巻物状になった羊皮紙を渡す。そこには、カナハ嬢の罪とやらが列挙されているらしく、王子はこれみよがしに読み上げていく。


 いわく、椎葉への脅迫罪、傷害罪、暴行罪、自殺教唆罪、暴行未遂罪……それぞれの罪について、事細かに証拠や証人の名も挙げられていく。


 うーん。


 俺、椎葉の騎士認定されたせいで、ここ半年は学園で椎葉の護衛をしていたんだけど、ぜんぶ初耳なんだよな……。というか、それが全部実際に起こっていたら、俺って護衛の仕事できてなさすぎじゃない? 一度たりとも宰相子息からそういう確認をされてないし、俺が護衛についたここ半年で椎葉が怪我をしたことだって一度もないんだけど。


 椎葉のことは大っ嫌いだけど、椎葉のために騎士の仕事をサボるつもりはなかったからな。仕事は完璧に。それが俺の騎士としての誇りだ。おかげでポーカーフェイスが板につきました、本当にありがとうございます。


「証人一。オルハ・シュトーレン伯爵令嬢、ここへ」


 宰相子息が声高に言うと、一人の令嬢がしずしずと前へ進んできた。


 その顔には覚えがあった。オルハ嬢は二年生で、年齢でいえば俺たちの一つ下。そして、騎士団長子息カイエン・サザーランドの婚約者であり、椎葉の友人だった。


「わたくしは立場柄、様々なお茶会にお呼びいただくことが多くございます。以前……あれは、確か七月のころでしたでしょうか。中立派の方のお茶会にお呼ばれして、そちらで、なんとも不思議なことを見聞きいたしましたの」


 オルハ嬢は第一王子へ向かって優雅にカーテシーをして見せたあと、そのように語り始めた。


 中立派の多く参加する会ではあったが、そこにカナハ嬢の姿はなかったらしい。が、茶会の主のもとに危急の手紙が届けられた。封蝋の中身を改め、茶会の主は「まさか。早まってはなりませんわ……」と独り言をいった。それから、侍女へ向けて二言三言、なにかを指示した。一体、なにを早まってはいけないのか、そのときはわからなかった。わからなかったが、印璽は、公爵家のものだった。


 それから少ししたある日の放課後、オルハ嬢は見たのだという。茶会の主だった女生徒とカナハ嬢が人払いをした上で、こそこそと何かを相談しあっている。気になって、近づいてみると……


「恐ろしいお話でした。カナハ様は、第一王子殿下の傍近くにいらっしゃるサクラ様を、害そうとしていらっしゃいました。竜の巫女の力がなくなれば、もう殿下のお傍にはいられないからと……サクラ様が街へ出かけられる日を見計らい、人を雇ったのだと……。あまりにも汚らしい男たちで、会うも憚られたが、古来より女を傷物にするには……その、病を得た男を使うのがいいと仰って……」


 オルハ嬢は、いかにも恐ろしいというような顔をして、そのように言った。


 なるほど。


 日本ほど衛生観念の発展していない世界のことだから、当然性病というのがある層では蔓延している。そういう男を椎葉にけしかけようとしていた、と主張しているらしかった。


 ほーん、で? である。


 いや、だって性病のインパクトで薄れてしまっているけど、その話に一体なんの証拠があるのか。オルハ嬢がそのように聞いた、そのように見た、という話なだけで、カナハ嬢が手配した証拠もない。そして実際、椎葉はそんな目に遭っていない。現実にそんなことがあったら、性病の男なんて即叩き斬っている。それが俺の今の仕事だからだ。


「なんと、恐ろしい……」


 ホールのどこかで、そんな声が上がった。そこから、恐怖が感染なり伝播なりしていくように、ホール全体に広がっていく。カナハ嬢が、驚いたように周囲を見渡していた。「まさか、こんな与太話を信じるのか」と言いたいようだったが、両脇の男に頭を抑えつけられ、俯かざるを得なくなった。


「貴重なお話をありがとう。か弱い女性の身で、このような恐ろしい経験をお話しくださった。彼女の勇気に敬意を。……よく慰めてやってくれ」


 第一王子が微笑みを浮かべ、そう言う。最後の一言は、王子自身の傍らに控えていた騎士団長子息へ向けてだ。カイエンは無言のまま一つ頷き、オルハ嬢の腰を抱いて何事かを囁くと、オルハ嬢がぽっと頬を染めた。なんとなく見ていて腹が立ったので、そちらから視線をそらした。


「証人二。ラルフ・ノクタス風紀委員長、前へ」

「は」


 次の証人は、騎士団長子息であるカイエンの隣にいた。宰相子息に言われるがまま、一歩前へ進み出る。


「生徒の皆には伏せていたが、ここ半年ほど学園の敷地内にたびたび不審者が現れていた」


 風紀委員長がそう切り出すと、ホールにざわりと動揺の声が上がった。


「学園内には貴族の出身が多いし、何より現在は第一王子殿下が御在籍だ。よって、風紀委員では人員を増やし、学園内を巡回していたのだが、なかなか不審者の目的がわからず、また取り押さえることもできていなかった」


 だが、と風紀委員長が続けた。


 自分は一つの共通点を見つけていたのだ、と。曰く、不審者が目撃された日には、決まって「竜の巫女」が言いしれない不安を訴えていたのだ、と。彼女に詳しく聞くと、どうも誰かから見られているような、監視されているような気がするのだという。少女の戯言と打ち捨てるわけにはいかなかった。なぜなら彼女は「竜の巫女」だからだ。「超越者」たる彼女には王族にも似た不思議な力があり、常にその意見を重視する価値がある。そこで、風紀委員を一人、ひそかに「竜の巫女」の護衛につけることにした。


「そして、つい一昨日のことだ。ついに不審者は、行動に出た。サクラが一人になったところを見計らい、階段で彼女を突き飛ばした。護衛はとっさに彼女を助け、不審者ともみ合い……結果、全治二か月の怪我を負った。これは、不審者ともみ合いになった際、護衛が手に入れたものだ。公爵家の紋の入ったカフスボタンである。これが、そこのカナハ・ローレンがサクラを害そうとした動かぬ証拠だ」


 風紀委員長が、ドヤ顔でポケットからボタンを取り出した。まあ、見ての通りカフスボタンだ。その紋が公爵家の紋なのかどうかは知らないが、確かにこじゃれた模様が刻まれている。だけど、あれが証拠……ねえ。いくらでも偽造のしようがあるように思う。あと、大事な証拠の品がポケットから直に出てくるあたり、取り扱いに文句を言いたいところではある。


 口を挟むかどうか迷っていたところ、


「言うに事欠いて、そちらのボタンが動かぬ証拠と仰る。我が家の紋など、彫ろうと思えばどなたでも彫ることができるではありませんか。それに、学園内で全治二か月の御怪我をされた方がいらっしゃるなど、初耳ですわ。ぜひお見舞い申し上げたいので、その方のお名前をお教えくださいな」


 カナハ嬢が先に口を開いた。


 顔を上げようとするが、なおも両脇の男に抑えられ、その頬は今や床に触れんばかりだった。


「……へらず口を。お前はいつも、そうして正論を振りかざす。その正論に傷つき、怯え、泣く者がいると考えもせずに」


 第一王子がぎりぎりと噛みしめるようにそう言うと、隣で椎葉がぐすんと鼻をすするような音を立てた。


「泣くな、サクラ。このような卑しい女のために、お前が涙することはない。衛兵、その女の顔、もう見たくもない。牢へ連れていけ」

「はっ」


 男たちがぞろぞろとやってきて、更にカナハ嬢を取り囲む。彼女を取り押さえていた男が、その美しい髪を引っ掴んで、無理に引っ立てようとした。


 痛かったのだ、と思う。当たり前だ。


 カナハ嬢の美しいかんばせが痛みにしかめられた。その目じりから一筋、輝く雫がこぼれた。紛うことなき涙だった。


 限界だ。これ以上は見ていられなかった。


 仕事のため、椎葉の後ろにひっそりと控えて一連の様子を見ていた俺は、ついにそのとき持ち場を離れた。


「あ、アヤトくん……?」


 椎葉が引き留めるように手を差し伸べたような気配があったが、気づかないふりで無視を決め込んで、口を開いた。


「その手を離せ。その方は公爵家の御令嬢でいらっしゃる。お前たちの触れていい御方ではない」


 内心、はらわたが煮えくり返るような心持ちだったのに、自分の口は他人事のように淡々とした口調でしゃべっていた。俺の意思に関係なく、セリフが自動再生されているみたいだ。


 驚いたようにこちらを見上げるカナハ嬢と目が合う。ここで微笑んであげたら彼女も少しは安心するのだろうけど、あいにくポーカーフェイスが板につきすぎている今の俺には、微笑み方というものがすぐには思い出せなかった。


「しかし、フォーカスライト殿……」


 衛兵たちがうろたえ、助けを求めるように第一王子を見やる。


「フォーカスライト、一体なんの権限があって罪人逮捕の邪魔をする?」


 第一王子は、怒りを押し殺しすぎて笑うのを我慢しているような、奇妙な顔で俺を見ていた。


「ああ、これは逮捕のつもりでいらしたのですね。茶番劇の一種かと思っておりました」

「お前……!!」


 王子やその後ろの面々がいきり立つが、それを片手を挙げて制した。だって俺、まだ言いたいことの百分の一も言ってないもん。


「いくつかお聞きしたいのですが。まず、オルハ様の証言について。すべて彼女が見た、もしくは聞いた情報に基づいており、証言の要件を満たしていないと存じます。オルハ嬢は、公爵令嬢のお手紙を実際にお持ちですか? 又は、公爵令嬢が密談していた中立派の令嬢のお名前をこの場で言えますか?」


 ちなみに、貴族の印璽の偽造は犯罪だ。


 オルハ嬢は少しだけ顔色を変えたが、口は固く閉ざしたままだった。俺とて、彼女の答えは期待していない。彼女は最初から「そう言え」と命令されていただけに違いない。自分であんな筋書を考えられるほど、彼女は賢くないから。


「次に、ノクタス風紀委員長殿の証言について。私はここ半年、サクラ様の護衛騎士としてひと時もおそばを離れたことがありませんでしたが、すべて初耳でおります。職務のことですから、そのような不審者があったことは当然連絡があって然るべきでは? また、一昨日の……ええと、サクラ様が階段から突き落とされそうになった件でしたか。それは、校舎の一体どこで、何時何分に起きたことですか? ねえ、サクラ様?」

「ア、アヤトくん……」


 椎葉がうろたえ、怯えている。


 うーん、別にビビらせるつもりはなかったんだけどな。それより、早く答えてくんないかな。答えられるなら、だけど。


「アヤトくん、どうしてそんなこと言うの? 一昨日、確かにあたし……」

「どこで? 何時ですか?」

「ど、どこって。そう、四階の東階段で……そう、生徒会室に行くとちゅうに」

「何時ですか?」

「な、何時って……放課後に決まってるよ」

「具体的に、何時のことなんです?」

「えっ……と、その、確か四時半くらい……かな?」

「なるほど。放課後なのですから、当然午後でしょうね?」

「そりゃあ、そうだよ。午後の四時半」


 うーん、おかしいね。


 だって、その時間、椎葉はさ……


「サクラ様、嘘は仰らないでくださいね。だってその日、その時間のあなたは、予定していた孤児院の訪問を急遽取りやめ、王立シュペール座で『眠れぬ夜はあなたと』を観劇しておられましたよ」


 椎葉が息を呑んだひゅっという音が、ホールにやけに大きく響いた。


 あの日は大変だったから、俺はよく覚えている。


 「竜の巫女」は王族に準じる立場なので、基本的に公務というのがけっこうビッシリ埋まっている。特に椎葉は国民の好感度を上げるため、孤児院の訪問とか病院の慰問とか、そういう公務を中心に行っていた。で、だいたいそういう訪問先って忙しくしてるから、訪問時間が何時から何時までってかっちり決められている。


 それを通りすがりに見たシュペール座のポスターが気になるからって、急にキャンセルしてしまうものだからさ……。


 キャンセルの理由を考えるのに苦労した。なんせ、椎葉のこういった気まぐれはわりと多いので、急な体調不良とかありがちな理由は使いつくしちゃっている。どれだけしょっちゅう体調崩すんだよ、って思われてしまうとマイナスイメージだし。


 結局、ちょっと見かけたスリの子供が、市民に暴力を奮われかけていたので助けに入っていたということにして、予定の時間が過ぎてからキャンセルの連絡を入れることになってしまった。


 え、もちろん謝り倒したよ。俺が。


 俺からしたらけっこう大変だったから、鮮明に記憶に残ってる。あと、ちゃんと報告書にも書いてる。だけど、椎葉にはどうでもいいことだったんだろうな。だから、覚えてない。


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