平凡な日々
騒音の苦情が来るのではないかと心配になるほどの音を鳴らす目覚まし時計に、意識を夢から現実へと引きずり出された俺は、目覚まし時計に渾身の一撃を食らわせて黙らせてから、布団を体からひっぺがしベッドから起き上がる。
そして目覚まし時計を見てから、カレンダーを見て深くため息をついた。
今日は、日本中の人々が最も忌み嫌うあの日なのだ。
お分かりいただけただろうか。
今日は、月曜日なのだ。
サラリーマンは、これから執行されるであろう満員電車という刑を、肩を落とし、悲痛な表情で自ら受けに行き、学生は、これから始まるであろう授業という名の拷問の光景を幻視し、諦めたのかのようにため息をつく。
それが月曜日というものである。
そんな事を考えながら、高校一年生である三上 悠人は、階段を下り、憂鬱な気分を上げるべく、朝食をとるべく、冷蔵庫から卵をとって焼く。
うちは父と母の3人家族であったが父は単身赴任で母は病院で夜勤なので朝は基本1人である。
そして出来上がった朝食を頬張る。
だが、いつもより憂鬱な気分は中々上がらなかった。
原因ならすぐにいくつか思いついた。
原因の一つはおそらく今朝のあの夢のせいだ。
豪華な鎧にみを包み、何人かの少女を侍らせた少年に奈落へと突き落とされるあの夢のせいでいつもの倍近く気が沈んでいた。
悪夢を見た、というだけならそこまでしなかっただろう。問題なのは記憶の方だった。
いつもの夢なら、全体的に朧げにしか、覚えていないのにもかかわらず、今回の夢はほとんどの部分をまるで、録画した番組をそのまま再生するかのように思い出せていた。
しかも、人物の顔を思い出そうとすると顔の部分だけ、靄がかかったのかのように見えなくなるのだ。
ここまで違和感があると、本当に起こってしまいそうな気がして気が沈んでいた。
そうこう考えているうちに、いつのまにか朝食を食べ終えていた。
「まあ、あの光景は明らかに日本のものじゃなかったしなぁ。起こるかもなんて考えるだけ無駄か。」
そう自分に言い聞かせるようにして言いながら身支度をして、自転車にまたがって、学校に登校する。
10分ほどして学校に着き、教室のドアを開ける。
クラスメイト(主に男子)の鋭い視線が一瞬集まるというなんとも言えない気まずさを味わいながら自分の席につく。
「よぉ、深夜のアニメは楽しかったか?キモオタ」
「ちげーだろ、エロアニメだろ」
「お前そんなもん見てんのかよ、やっぱキモオタはキモいなぁ〜」
と4人組の生徒のうちの1人が俺に絡んでくる。そいつの名前は石田承太郎、学校で俺に事あるごとに絡んでくる、俺が憂鬱な気分になる要因の1人だ。
他にも、武藤 剛史 、津田 良平 、小林 寛太 という石田の取り巻きの様な奴らがいて常に絡んでくる。
俺に絡んでそんなに楽しいのだろうか?
そもそも、俺はキモオタと呼ばれるような格好はしていない、服装には気をつけているし、会話もしっかりとできる。顔は一般的だし体型も中肉中背である。
では、この4人が何故、ここまで絡んでくるのかと言うと、
「おはよう!三上くん!今日も早いね」
と1人の女子生徒が話しかけてくる。その瞬間クラスのあちこちからドアを開けた時よりも鋭い視線が飛んでくる。
全ては明らかに彼女が原因である。
彼女は橘 玲奈といってこのクラス1の美少女だ。髪は染めていない綺麗な肩甲骨のあたりまで伸びている黒髪で、目は少し垂れていて優しさを感じる。
当然人気が出ない訳がなく、入学してすぐにクラスの大半の男子がファンになり、 今やクラスや学年を超えて大勢のファンがいて、本人は知らないと思うが、ファンクラブが出来ている。
「お、おはよう。橘さん」
俺がそう返事をすると玲奈は嬉しそうに微笑み、男子からの視線に殺気が混ざり始める。
正直、自分が何故話しかけられているのか、その理由がよくわからなかった。中学で学校が一緒だった訳でも、以前どこかであったと言うわけでもないのだ。
理由がわからなくて当然である。
今は6月で入学してから2ヶ月以上経つが、未だ理由は分からず、入学してからずっとこんな感じなのである。
俺は、クラス1の美少女から話しかけられている訳だから男子からは「俺達の橘さんがなんであんな奴に」と言わんばかり視線をぶつけられ、当然新しい友達なんか1人も出来なかった。
「三上君は今暇かな?よかったら今からホームルームまで何かして遊ばない?」
と、そう言われて返事に困っていると
「玲奈!まだ宿題出来てないんじゃなかったの?」
「あっ、そうだった。早くしなきゃ。それじゃあまたね!」
と言って玲奈は自分の席に戻っていく。
「玲奈が毎日ゴメンね。大変でしょう?」
「いや、そんな事は無いよ。黒川さん」
「そう?ならいいのよ。でも、困った言ってね、玲奈に直接は言えないだろうから」
「わかったよ、ありがとう」
「大した事はしてないわ」
そう言って玲奈の幼馴染である黒川 静香は自分の席に戻っていく。
彼女は玲奈と同様に綺麗な黒髪をしているが
、彼女の家は相当な名家らしく、雰囲気に凛としたものを感じる美少女というより美人と言う言葉の方が似合う様な人だ。
そんな彼女は周りの男子が俺に殺気のこもった視線を向けている理由が玲奈である事を知っているため、それに全く気づかない玲奈を、事あるごとに遠ざけてくれていて、正直助かっている。
そんなこんなしているうちに担任の教師が教室に入って来てホームルームを始める。
そんな中、廊下からとてつもない速さで走って来る人影があった。
その人影は、ドアを勢いよく開けると
「うおおおーー、セーーーフ!」
と言いながら教室に突撃して来る。
「アウトですよ。早く席について下さい」
「そっ、そんなぁ〜。いつもより二時間以上早く来たのに......」
「あなたの場合はいつも三時間目の途中に来るんですから二時間くらいで間に合うはずがないでしょう」
こんな会話を繰り広げているのは他でもない俺の幼馴染かつ親友である鹿島 翔太と
うちのクラスの担任である五十嵐 麻衣先生
である。
翔太の身長は178センチと高めでサッカー部に所属している。
それに加え、かなりイケメンであり、気さくな性格である。それに後輩にも優しく、分け隔てなく人に接するため、男女問わず人気がある。
先生は、スーツを着こなし、背筋がピンと伸びているため、静香を大人にして、少し身長を伸ばしかの様な人だ。こちらは一部の女子から「お姉様....」と言われているのを見たことがあったが、本人は知らない筈だ。
「よっ、悠人。今日は早く来たぜ!」
「普通からしたら結構遅いほうだと思うけどな」
「それは周りが早すぎるんだよ」
翔太は俺にとって唯一の友人といえ、そんなたわいの無い会話をする事が出来る過度に感激していた。
ホームルームの連絡を聞き終え、先生が教室の中で数人生徒に囲まれて会話し始めるのと同時に、俺と翔太に1人の男子生徒が近寄ってくる。
「鹿島君、キミはもっと高校生としての自覚を持って行動した方がいいよ。そうすればキミの高校生活はもっと楽しくなる筈だ。それに三上君、キミはもっと友達を作るべきだ。いつまでも鹿島君とだけいると新しい友達を作る能力がなくなるよ」
笑顔で明るい口調で一方的に喋ってくる生徒に、翔太が「げっ、またお前かよ......」と、表情をし、俺は「望んでしたわけじゃない!」と叫びたい気持ちを抑え、なんとも言えない表情になる。
自身満々、といった様子で翔太と俺に注意をするこの生徒はこのクラスのカースト最上位にして神宮寺財閥の御曹司である神宮寺 拓也だ。
彼は文武両道でイケメンで優等生、そして金持ちという絵に描いたかの様な生徒だ。当然女子からの人気はすごく、いつも数人の女子が群れている。
先程の反応の通り翔太はあまり拓也の事が好きでは無い。彼曰く「完璧過ぎて少し気持ち悪い」そうだ。
「鹿島君、ちゃんと聞いているのかい?」
「ちゃんと聞いてるよ、気をつける」
「ぜひそうしてくれると嬉しいよ」
そう言って拓也は女子の群れの中へと帰っていき、翔太がため息をついて愚痴る。
これらの光景は俺にとって良くも悪くもありふれた日常だった。
あれが起こるまでは。