6話 私だけの空間
「なんで時が止まった中でも動けるか、教えてやろうか?」
「…………」
あまりの異常さを、時が止まった中でも動ける相手を目の当たりにして、咲夜は声がでない。
「俺の能力だ。特に名前はないんだが、免疫みたいなものを獲得できる。もっとも、相手の能力のみしか適用されないっぽいが……」
再び侍は自身の情報をひけらかしにする。再びアドバンテージを失っているのにへらへらと笑っていた。
それに対して咲夜は焦っていた。
――時間操作が効かなくなる……。マズイわね……。
咲夜の能力は強い。それゆえに依存しやすい。
だから時間操作が効かない相手に対しては弱く、そして脆い。
どんな能力さえも対応してしまうような相手には尚更だ。
侍は息を吐き、肩に刀を置く。
「俺は女を斬る趣味はねぇ……降参するなら今のうちだぜ」
侍の予想外な言葉に咲夜は目をパチクリさせるが、すぐに平静を取り戻し言った。
「あら……死闘を尽くすんじゃなかったのかしら?」
明らかに話が通じなかった相手。
戦うしか能が無かった相手に思わず、そのままの疑問を吐いた。
だから咲夜の呟きのような問いかけは戯れ言で、しかしそれは率直な疑問を言ったことになる。
それに侍は淡々と答える。
「まぁ降参しても俺の主の奴隷ぐらいにはなると思うが勘弁してくれ」
――…………本当に狂人なのかしら? ……もしかしたら……実は殺しなんてしたくないのかしら?
咲夜はその考えがどうしても頭に残ってしまう。
そんな、戦闘で余計なことを考えてしまうから、
「そっちから来ないんなら……俺から行くぜ」
「――!?」
あまりに不規則で、且つ速すぎる動きをするその侍は、タネが解れば何故速いか簡単に分かる。
それは『暴風・嵐刀』によって巻き起こる風を操り自身に追い風をかけ、さらにはその刀の先端を背中より後ろに構えながら風を後方に射出することで、この異常な速度を叩き出していた。
それを目の当たりにして咲夜は絶望――していなかった。
侍は異常な速さで咲夜に肉薄、そして――咲夜を真っ二つに斬った。斬った……はずだった。
「おっ? 刀が……取られたのか?」
「さすがに貴方もこれには対応できないようね」
咲夜は自身の次元をずらしていた。
次元をずらしたことで刀が当たらなかった。
さらには、その刀さえ奪っていた。
通常、手練れな侍から刀は絶対に奪えない。当然敵対している侍も相当な手練れだ。しかしながら、咲夜の『能力』を使えば刀を奪うことなど造作もない。
刀に手を伸ばし、触りながら『咲夜の世界』にアクセス、指定したオブジェクトは『咲夜の世界』に収納される。それによって刀は侍にとってみれば、消えているようにしか思えなかったのだ。
さらに、咲夜は空間を操ることでテレポートを可能とする。
侍との距離を離す。
――ここからなら!
かなり距離をとっているため、もう一本の刀を使おうが戦える。『咲夜の世界』からナイフを取り出し続け、投げ続ければ勝てる。殺さずに体力を消耗させるだけでいい。そして捕まえればいい。
それなのに、それなのに、
「面白くなってきたぜ!」
侍は残り一本の刀に手をかけて、その刀を――抜かない。しかし抜刀直前の状態までもっていく。
――どうして!? どうして刀を抜かない!? この状況で居合斬りなんてあり得ないのに!?
咲夜の驚きは最もだ。
本来、居合斬りは臨時態勢にも入っていない相手を屠るための手段。
居合斬りの『居』は座する、という意味だ。
つまり、この状況でそんな構えを取る理由がまったくもってない。
……ないはずなのに、あるということ……それはつまり、
――何か刀に仕掛けがあるわね? もしくは鞘に刀ではない何かを仕込んでいる……? いずれにしても、一筋縄じゃいかないわね……。
咲夜のその思考は刹那で、対抗策を実行する――それは、『咲夜の世界』にアクセスして無数のナイフを引き出しながら、ナイフのベクトルを弄って侍に飛ばすこと。現に今している。
無数のナイフをそれぞれ別々のルートを辿らせ、360°、どの方向からでも侍に当たるように速度を調整しながら放っていた。
当然、侍は何か策を持っていて、それは、
「――行くぜ!」
そして侍は刀を鞘からだし、さらに、
――鞘を飛ばしてきた!? それに何かがある!
咲夜の刹那の理解は、鞘を壊すようにナイフを操る結果となる。
ナイフを手放しているのに、手を離しているのにも拘わらず操れるには理由がある。
通常、ナイフは――否、物が急旋回することなどありえない。だが、咲夜ならば、『咲夜の空間』にアクセスすることで可能となる。
そのためには『咲夜の空間』と繋がなければならない。しかしながら『咲夜の空間』を扱えるのは咲夜との距離が近い場所しか“発生させること”ができない。
しかし、一度『咲夜の空間』と接続し続ければ、咲夜の意識が無くならない限り無限に『咲夜の空間』を発生できる。
咲夜のナイフには糸がついている。『咲夜の空間』と現実世界の間を繋ぎ続けている糸だ。それも一つのナイフに対して無数についている。見えないのは一本一本が細いからだ。
それが咲夜のゲームリメイク。繊細で緻密な演算を行える元ヴァンパイアハンターの実力。
その実力者が直感を信じた結果、侍の鞘を破壊する。
“何か”があったのは間違いない。しかし、何かあったとしてそれは破壊すべきものではなかった。
「――っ!?」
侍が消えた。そうとしか言いようがない。
「刀と鞘、セットで効果を発揮する刀――『名刀・幻透』だ。驚いたか?」
「――!?」
侍の声は近くで聞こえても、見えなければ完全に捉えられない。それを知っているからこそ咲夜は索敵するために、『咲夜の空間』からナイフを溢れるように出し、しらみ潰しに探したが、
「……残念だ。これは消えているんじゃなくってな……見せているんだ、幻ってやつをな」
そのヒントを与えながら侍は咲夜の首を刀で斬り落とし――