5話 交戦
ここは一言で言うなれば平原。
真っ平らな地面に草が生え、辺りに見えるのは遠くにあるように思える人里、森などだ。
そこで今、咲夜と先ほどまで人魂にしか過ぎなかった存在が、もとある姿である侍の姿を取り戻した。
さらに彼は戦闘体制にまで入っていた。
――戦わなくてはならないのかしら……こいつと……!
咲夜は危惧していた。その理由は相手がどんなやつなのか全くわからないことだ。
どんなに強い人間だろうと、相手が何をしてくるのか分からない場合、最悪死ぬ。それを理解しているからこそ異様な緊迫感を覚えている。
「お前さんは戦いたくないようだが、俺にはある大義名分ってのがある。その為に戦わせてもらう。世界の平和のためにな」
「お生憎様、今はもう平和なのよ幻想郷という場所はね。だから戦いをするなんて選択肢ないと思うのだけれど」
咲夜は今現在の幻想郷の話をする。
――相手は恐らく昔の人間。そして……『生きていたときの記憶しかなければ』彼は制約か何かで仲間以外とは戦わなくてはならない…………そんな状況と言ったところかしら? それなら今の言葉で戦わなくてすむ――
「人同士の死闘。久しぶりなようで滾るぜ。正々堂々よろしくな、咲夜」
――話が通じない…………最っ悪!
心の中でそう叫ぶ。
もはや決定している。
相手が聞く耳をもたないなら、戦わざるをえないと。
「貴方は殺さない。また面倒な争いごとを幻想郷では起こさせない。それが……メイドとしての勤めであり主であるお嬢様の意志」
「殺さないってことは俺相手に手加減してくれるのか? 苦しい戦いになるぜ?」
「百も承知だけれど……貴方は人間。いくらでも捕まえる方法はあるわ」
「おう、そうか。じゃあ…………やってみろ!!」
「――ッ!」
脅威的な速さで一気に肉薄する男に咲夜はゾッとした。これほどまで速く動ける人間を咲夜はほとんど知らない。
――だけど……まだ――遅い!
「スペルカード発動! 幻世『ザ・ワールド』!」
時は静止する。
咲夜は相手を見ながら、
――さすがに動くことはないわよね……。
それを確認して、咲夜は無数のナイフを投げつける。
相手がもしも時を静止している中でも動ける場合の細心の注意を払っていた。
そのときに気がつく。
――あれは……もう一本、刀があるのかしら……?
見ていたのは既に鞘から抜いた刀ではない。もう一つの鞘があり、それに収まっている刀だ。当然調べたいのだが、相手が相当の手練れ。下手したら時止めの中でも動けるような尋常ならざる者である場合のことを考え、咲夜はその刀に手出しはしない。
無数のナイフが時に縛られ、しかし無数のナイフは侍を囲っている。
そして……時は動き出す。
――殺さないために急所は外したけれど…………っ!
咲夜は眼前に起こっている出来事を見て驚愕する。
すべてのナイフが弾かれていた。
相手が高速的な速さで刀を巧みに扱い、攻撃すべてを防いだ。
明らかに人間の為せる技ではない。
「どうだ、俺は? 意外と強いだろ?」
「……ええ」
咲夜は戸惑いながらも状況を理解する。
――恐らく、風を操っている。刀一本では明らかに不自然……。そしてナイフが落ちた場所の多くがあの男の数メートル以内。風の力を操り重力方向にベクトルを変化させてナイフを落としたのかしら……?
そんなことを咲夜は考えていたのだが、
「と言っても俺の力じゃなくてこの刀のおかげだ。『暴風・嵐刀』。この刀で風の力を変幻自在に操れるってわけだ!」
――この男……馬鹿なの? 自分の情報をバラすなんて……。
自身の情報をバラすことは、せっかくあったアドバンテージをなくしているということで、咲夜は相手の行為が不可解で仕方なかった。
自らアドバンテージを無くすやつのパターンはいくつかある。
単なる馬鹿。
実はブラフでそんな能力はない。
その能力を囮のようにして、何か策がある。
様々だ。様々故に、考えがそちらに向いてしまう。
一方、相手は何も気にせずにすぐさま肉薄して攻撃を繰り出してきた。
風を操れる刀による遠距離攻撃。しかしそれはカマイタチが如く、異常な風を巻き起こす。
咲夜はこれをすんでのところでかわす。否、頬から血が垂れる。だがしかし、咲夜はそれに恐怖することはない。昔から、死地をさ迷うことには慣れていたから。慣れていたからこそ、すぐに反撃もできる。
「スペルカード発動! 幻世『ザ・ワールド』!」
時は停止する。だが、
「なん……で……?」
呆然とする。愕然とする。なぜならそこには、
「やっぱり時を止めてたのか」
時を止めても動きを止まらなかった侍が眼前にいた。