4話 奇怪
向かったある場所とは八百屋だ。
咲夜は、八百屋を経営している人に足早に近づく。
その八百屋を経営している人は四十路を越えたような容姿、いわゆるおっさんと呼ばれる部類の容姿だ。
「いらっしゃい! お客さん、今日は何を買いに来たんですか?」
商売だから当然、ものを売る。
ここは八百屋だから果物や野菜など新鮮な食べ物が置かれていた。
咲夜は躊躇いなく口を開き、
「全部よ」
「へっ……? 全部? それは果物か何かを一箱買うのか?」
戸惑い。何か勘違いをしているのではないかと錯覚を起こすほどだ。だが、
「そのままの意味よ。貴方が売っている商品、すべてを頂戴。値切りも何もしないし、お金はすでに用意してあるわ」
そして差し出したものは、インゴットだった。それも大量の金を一瞬で『無』から、否、『咲夜の空間』から取り出した。
『咲夜の空間』は自身のみが繋げることが可能な次元だ。そこには大量の道具、財産などが収納されている。咲夜はそこからインゴットを複数取り出していたのだ。
「これを換金でもすればお釣りさえ返ってくる金額のはずよ」
「確かに……それはそうだが……しかし……」
いきなり商品がなくなるということははっきり言って異常。
さらにお金ではなくインゴット、それも今いきなり手元に出された。はっきり言って、それが本当にインゴットなのか確信を得られないのだ。
「これは本物よ。それ以上疑うならさらに貴方を苦しめることにするけど……」
「俺を……苦しめる……だと……?」
客人からいきなりそう言われれば戸惑う。それは当然咲夜もそれは分かっている。
妖夢は少し困った様子で、
「さ、咲夜さん……あまり人を困らせては……」
「今は……困らせてもやらなければならないことがあるわ、妖夢。そして……私が消えたら北西三キロメートル先まで全力で来て……」
「……分かりました」
咲夜の瞳は本気そのもので、ふざけた様子は一切ない。
「消える? ってことは逃げるってことか? やっぱり嬢ちゃんこのインゴットは偽物じゃないのか?」
八百屋のおじさんは当然、それを疑問視する。
それを分かっていたかのように、咲夜はすぐにおじさんの耳もとまで忍びよって、おじさんにしか聞こえない程度で話す。
「貴方は……八百屋の奥にある居間に住んでいるわよね? それも家族で。そしてそこに貴方のへそくりがある、違う?」
「――!?」
「驚かなくてもいいわ。それがばらされたくなければ私の言うとおりにしなさい。本当にあの金塊は本物なのだから」
もはや恐喝だ。
咲夜は次元を操ったときに人魂がついた場所と、その回りを確認した。そして八百屋の奥にある居間に、へそくりが隠されていたことを知った。
おじさんの鼓動は速まる。
無理もない。
へそくりの額が異常なのだ。咲夜の見立てでは軽く1000万は下らない額があったのだから。
「…………分かった、信用する……。全部持っていくといい」
男は呆然していた。すべてを見透かされ、相手はエスパーかなにかと勘違いしなければ今起こっていることは理解できない。
「じゃあ遠慮なく貰っていくわね。ただし、最初はリンゴを一つしか貰わないけれどね」
そうしてリンゴを手に持って、時を止めて、北西三キロメートルまで先に移動する。
そしてリンゴを置く。
咲夜は一呼吸し、
「出てきなさい! スペルカード発動! メイド秘技『殺人ドール』!」
時は正常化し、無数のナイフが現れて、すべてがリンゴに向けて放たれる。
当然、リンゴは避けることがない。そう、普通のリンゴであれば……。
「……!」
しかしリンゴは避ける。サイコキネシスで物が移動するように、咲夜の攻撃を避けたのだ。
「いや、まさかまさか、見破るなんて大したやつだなぁ」
「やっぱり貴方が人魂ね」
「正解。……にしてもなんでバレた? どんな手品を使った?」
「手品……そうね、私はタネなし手品を使ったわ」
「そりゃそうか、この世に手品なんて存在してるかなんて分かんねぇもんな」
リンゴが喋っていた。
否、リンゴを支配していた人魂が喋ったのだ。
リンゴを媒介として、人魂は変化する。変化したその姿に咲夜は、
「嘘……!?」
驚く。なぜなら、人魂はすでに人間になっていたからだ。
刀を二本所持し、まるで戦国時代の格好をした侍が咲夜の目の前に現れていた。
「どれ、一つ稽古でもつけてやっか、えーと……咲夜、だっけか? よろしくな」
男は既に刀を引き抜いて、戦闘体制に入っていた。