1話 稀有
博麗神社。
ボロい、脆い、今にも崩れそう。そんな感想を抱くのがこの場所――博麗神社。
たとえそう皮肉られようとも、今日も元気に博麗の巫女――博麗霊夢は巫女の仕事を……しない。
「はぁ……」
霊夢は居間で、ため息をした。
「おいおい、どうして私がいるってのにため息つくんだぜ?
ため息はパワーを逃がすぜ?」
意味不明な理屈を言っているのは魔法使い――霧雨魔理沙。
「だって異変が来ないからお金が入らないのよ? それって私を殺しに来てるってことよね?」
「そういや、霊夢は異変でお金を貰ってんだっけか?
それなら自分で異変を――」
「――それはマズイわよ、博麗の巫女として。何より私が異変を解決できないわ!」
声を大にして霊夢は否定した。
「それよりも――魔理沙はどこから収入があるのかしら?
私以上にお金の出所が不明だと思うけど」
「あぁ、私は盗み――じゃなかった。人から借りたり人に奢ってもらったりしているのぜ。
結構楽だぜ!」
「……魔理沙って意外と依存性高すぎよね?」
「????????????????????????????」
「首を傾げてはてなマークいっぱい出さないで 」
霊夢は嘆息した。
それをキョトンとした表情で魔理沙は見ていた。
「私は友達が奢ってくれるから食べるだけだぜ?
友達はパワーだぜ?」
「友達はパワーって、何言ってるのよ」
そのツッコミを気にも止めない魔理沙は、「そう言えば話は変わるんだが――」と前置きして、
「紅魔館での事件、知ってるか?」
「ええ」
「それで件の彼女――元吸血鬼、元人間、現在人間の名前を決めたんだぜ」
「へぇ……」
「おいおい、白けるぜ。せっかく私が情報を提供しようとしてるのになぁ」
「だって咲夜から聞いたから」
「へっ?」
「あれから、一ヶ月は経ってるはずよ?
彼女の名前、レイミに決まったんでしょう?」
「ああ、確かにそうだけどさぁ……。霊夢は知らないと思ったんだよなぁ。霊夢って、世間のことまったく知らなそうだし」
「アンタに言われたくないわね。
それより、今日はそろそろ帰ってもらえる? ちょっと私用があってね……」
「私用、ねー。珍しいな、それで私を追い出すってのは……。
いいぜ、今日はここらで退散するぜ」
魔理沙は居間から出ていき、
「貸しってことで、今度なんか奢れよ」といいながら、箒に乗って帰った。
霊夢はそれに半ば呆れながらも、しっかり見届ける。
見届け、安堵して、そして――、
「出てきていいわよ、紫」
「あら? やっぱりいるって分かってたのかしら?」
そういって、紫の境界から紫は現れた。
「今日は何の用かしら?
まさか、異変?」
「異変……ねぇー。
異変と言えば異変ではあるけれど、異変ではないわね」
「ややこしいわね。
異変かどうか判断できないことが起こっている、そういうことかしら?」
「まぁ、平たく言えば、ね」
「それで? 私はそこに行けばいいの?」
「行かなくていいわ。ただ、このことを知っておいてほしいの。その為に、ここへ来たのだから」
「それは最近の……異変とは呼べない、かといって無視はできない事件が増えている――それらと関係しているのかしら?」
「私にだって、それは分からない」
「紫、アンタでさえ分からないの?」
「分からない、というと全く分かっていないと思われるから、いくらか付け足しておくわ。
ある程度は分かっているわ。ただ、それ以上を知ろうとすると、あまりにも――危ない橋を渡ることになるわ」
紫はため息を溢す。
「本当に、今回の件は面倒臭いことこの上ないわ。
もしかしたら、私と藍、橙だけでは、どうにもならないかもしれないわ。貴方に協力を仰ぐ可能性も十二分にあると思うわ。それほど未知数の事件が起きすぎているの。あまりにも、不可解な事件が多すぎて、私でもどうにかなってしまうわ。
ある件では、死んだ人間が生き返った。
ある件では、吸血鬼を狩る吸血鬼である元人間が現れた。
あまりにも、幻想郷の中でも稀有――幻想郷という異質な場所においても稀有な事件よ。解決はしたけれど、しかし真相は分かりにくい。
……とまぁ、話すと埒が明かないわね」
「……それで?
私は何か――手助けした方がいいのかしら?」
「まだ何もしなくていいわ、それは言ったでしょ?
ただ、霊夢――貴方が暇ならある場所に行ってほしいわ。事件なんて起きないとは思うけど、私はあまりに人手も何も足りなくて、霊夢の手を借りたいくらいなのよ」
「紫、それ私のことを猫程度にしか思ってないってことよね?」
「あら、猫は可愛いじゃない?」
と、言いながら手をグーにして手招きする紫。
「――……紫?」
あまりにも珍しすぎる紫の仕草は霊夢に衝撃を与えた。
「こほん。最近忙しいから、奇異な行動をしてしまったわ」
若干、顔を赤らめる紫。
「それはさておき。霊夢、貴方はこれからある場所に行ってほしいと言ったけれど、行ってくれるかしら?」
「場所はどこよ?」
「行けば分かるわ。別に深く勘繰る必要はないわよ?」
「……じゃあ、行くわ」
「一応、この先に進めば目的の場所に着くわ」
そういって、紫は新たに紫の境界を作り出した。
「紫、貴方の指示に従うかわりに、お賽銭――弾んでよね」
「当然よ」
言質を取って霊夢は笑みを浮かべながら、紫の境界に飛び込んだ。
紫はそれを見届け、賽銭箱にお金を入れる。普段の彼女なら、到底あり得ない――博麗神社の神様へのお祈り。
そしてすぐに紫は、別の紫の境界を作り、博麗神社から去った。
*****
霊夢は目的の場所にたどり着く。
そこは――魔法の森。その中でも、もっとも安全そうに思える場所。
眼前に家があった。
その家は、魔法の国のアリス――アリス・マーガトロイドの家だった。