6話 destiny moreover destrooooooooy!!
黒の空間に歪が現れ始める。
妖夢の存在と、白楼剣が与えた影響で、黒のみの空間に白が混じり始める。
それでも。その空間を作った吸血鬼狩り吸血鬼の猛攻は止まらない。
妖夢は刀を吸血鬼狩り吸血鬼に当てればいい。それだけで、能力は発動して、『不可能な存在』は消え失せる。
しかししかしてしかしながら、刀を当てるだけのことが妖夢にはできない。相手は縦横無尽に動きながら、妖夢の衣服を裂き、妖夢の身体に傷と血が現れる。痛烈な痛みが身体中を堂々巡りに廻る。それでも戦闘に意識を強制してもってくる。強引に強欲を強制しても、どれほど集中していても吸血鬼狩り吸血鬼に触れることさえできなかった。
そこに、
「私を忘れては困るのよね、元人間」
その声は幼くはない。すでに能力がもとに戻ったから。
時加速による身体向上。
空間能力による事実上の身体強化。
そこから人外が物を投げるような速さでナイフを放つ。
多数のナイフが弧を描きながら吸血鬼狩り吸血鬼を狙うが、
「――っ!?」
すべて避けられる。
吸血鬼狩り吸血鬼は我を忘れ、言葉を忘れ、全てを相手を殺すことのみに特化させる。
成長する。
悪魔の羽が、吸血鬼の歯が、何もかもが成長した。
成長、進化、増長。
力の果てを先行き、咲夜と妖夢の身体を引き裂くため、進化進化進化。歪に進化。異に進化。進化に進化。
言葉を忘れ、我を忘れ、理性を忘れ……。吸血鬼狩り吸血鬼は正気を保てず狂気を保つ。
そして……正気保てぬ吸血鬼狩り吸血鬼の雄叫びによって異常事態が発生する。
再び咲夜と妖夢の身体が固まった。
理由は……畏怖。
完全に化け物へと成り果てた元人間。最凶で最悪で。この世にこれほどの『異常』と『異形』を見たことがなく、もし見てしまえばそれだけで絶望し、その場から動くことさえままならない。それほどの変貌を遂げた。
『事象を絶つ』ことにチカラがいるように、『事象を絶つことのできない』チカラが大きければ妖夢の刀はそれをかき消すことはできない。
妖夢と咲夜は動けない。
その起因は能力ではなく畏怖、恐怖、身体を動かさない狼狽。
恐怖が無意識に反芻され、咀嚼され、貪りを強制。
怖くて恐くて堪らず堪らない。
化け物は一人と半人を殺すため、歯を剥き出しに、能力による加速加速加速。
そして――、
「待ちなさいっ!!」
この空間にはいるはずのない。
いるべきではない。彼女の声を聞いた。
咲夜は声の主に覚えが……否、忘れるわけがない。
「お嬢様!!」
嬉しさと、危険を伝えようとして声を出した。
「ハハッ!」
吸血鬼狩り吸血鬼はシニカルに笑う。
今回の吸血鬼狩り吸血鬼のターゲット。それは吸血鬼。
正鵠を射るならば吸血鬼を……食べること。
相手から来るこの状況がどれほどの好機なのかは一目瞭然だろう。
そしてレミリアは時を停める手段もない。吸血鬼狩り吸血鬼とは相性が悪すぎる。
「お嬢様逃げてくださいっ!」
咲夜は叫ぶがレミリアは逃げない。
そもそもどうしてこの空間に入れたのかを咲夜は理解できていない。
そんなことを頭の中で巡らせている間に、一瞬で肉薄する吸血鬼狩り吸血鬼。
そして吸血鬼を食らおうと――、
「きゅっとして……ドカーンっ!!!!」
さらに新たに進入した吸血鬼によって、吸血鬼狩り吸血鬼は身体が粉微塵となる。
「大丈夫だった? 咲夜、それに妖夢ー?」
レミリアの妹――フラン。
能力――ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
異端者。無邪気。純真無垢故の狂気な吸血鬼。
妖夢はその一通りのコンビネーションを目に焼き付けていた。しかし――、
「なっ……」
粉微塵にされたはずの吸血鬼狩り吸血鬼の肉片が結合していって、元の身体を戻していく。
「妖夢っ! 貴方の能力で彼女の『能力』だけを絶ち斬って!!」
咲夜の反射的な命令に、妖夢は従う。
そして後追いしながらその意味を理解する。
――私がそれをすれば吸血鬼狩り吸血鬼は人間に戻るのか……っ! 咲夜さんは相手を殺さずにこの事件を解決しようとしている!
その真意に気付き、妖夢は駆ける。
吸血鬼の再生を最大限に活かした吸血鬼狩り吸血鬼は今にも元の身体を得ようとしている。
だから。それが間に合う前に。吸血鬼狩り吸血鬼を。元の人間に、元の身体にするために、
「貴方の『あり得ないこと』を絶ち斬ります!」
そう言って、妖夢は吸血鬼狩り吸血鬼の『あり得ないこと』だけを切り落とし、人間へと還らせた。