5話 リバースパイスガール
「あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!!!」
吸血鬼狩り吸血鬼は壊れていた。
圧倒的な立場にいたにも拘わらず慢心した結果、妖夢を覚醒させてしまった。
壊れた優勢。
壊れた感情。
壊れた理性。
壊れている。
つまりこの状況は妖夢たちにとって完全なるチャンスだ。
故に妖夢は肉薄するが、
「――!」
「――テメェはここから一歩も近づけさせねぇ!!」
吸血鬼狩り吸血鬼は妖夢の時を完全に止めた。
だが、妖夢は刀を一振りして再び動き出す。白楼剣のチカラと、妖夢の覚悟は妖夢を停めるだけでは停まらない。
「なんでだよ!?
なんで動けんだ!?
……まぁ、落ち着け。
世界を停止させれば終わりよね?」
平静を取り戻し、口調をも取り戻した彼女は世界の時を停止。
今度こそ。完全に。十全に。十二分に。妖夢は動かない。
妖夢は動かない。
妖夢は動かない。
妖夢は動かない。
妖夢は動かない。
咲夜は動く。
「――はっ?」
一拍おいてその事実を受け止めるしかないとき、吸血鬼狩り吸血鬼は一時呆然。
何故、動いているのか?
何故、咲夜の身体は元に戻っているのか?
何故、何故何故なぜなぜナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼ――
強制不理解。
……。
激昂。吸血鬼狩り吸血鬼の激昂。
激しく怒りが昂る。
もう、言葉など要らない。
雄叫び。
そうとしか言えないものを轟かせ、止まった時間の中、咲夜に向かって疾風迅雷で肉薄。吸血鬼の歯を剥き出しにして首筋に噛み砕こうとするが、
「――……!?」
吸血鬼狩り吸血鬼の時間は停止された。
「1010。
貴方が時を停めれる時間はその程度……。それなのに、私のコピーだとか……甚だしいにもほどがあるわね」
咲夜の身体はやはり戻っていた。間違いなく、間違いようのないくらいの完璧な咲夜の姿。
「ハッ!」と、鼻を鳴らしながら咲夜は微笑し言葉を紡ぎ続ける。
「貴方のコピーのことはよく分かったわ。確かに、私ができない部分もあるから劣化コピーではないわね。だからといって私の完全な能力を丸々所持しているわけではないわよね?
貴方は相手の能力を『見れば』その能力に近い能力を発動する」
つらつらと、淡々と、咲夜の一方会話。
「そして。貴方は能力に対する疑問を『自分なりの解釈』によって、事実上新たな能力を発現していた。だから私が可能な『時間停止の世界で無限に動ける』ことは埒外。考えに及ばず、だからコピーではなくオリジナル。いえ、異種コピーのようなものね。
コピーしたはずの内容とは別の内容がコピーされる……。あり得ないけれどあり得ているから現実を見ないと。貴方も私も……。
私の推測に間違いはないでしょう? 元人間」
元人間――現吸血鬼は答えられない。
時が止まっている中で十秒しか動けなかったのだ。答えられるわけがない。喋らない。喋れない。
しかし。
咲夜の声は吸血鬼狩り吸血鬼の頭の中で反芻される。
反芻され、咀嚼。貪る。噛みついて砕いて噛み砕いて、十全反芻。
『咲夜の能力の範疇を理解した』
「――っ!?」
吸血鬼狩り吸血鬼は動いた。刹那で、否、刹那という時さえない状態で動いた。
そのまま、咲夜さえ目で追えることのできない速さで、背後に回りこんで首と肩の間の皮膚を囓――、
「――あっ……?」
囓れなかった。
吸血鬼狩り吸血鬼の疑問。
絶対的に噛めると、逃れることは不可能だと思っていた。
だから吸血鬼狩り吸血鬼が抱いたことは不可解。
しかしながら解は眼前にあった。
「アンタに咲夜さんを殺せるはずがないっ!」
刀を振り下ろしながら、妖夢から見て『あり得ない事象を絶った』のだ。
その結果、勝手に咲夜は瞬間移動した。
そして妖夢が動き、時が止まった世界を理解できていたのは『あり得ない事象が起きそう』だったから。
一味違わなくて一味違う。違わないから一味違う景色を見て、相手の幻想を絶ち斬る。
その能力を持つ彼女こそリバースパイスガール――魂魄妖夢だ。