全ての元凶
気が付くとそこにいた。
平らな床の上に座っていた。
床が光っている。LED照明みたいだ。
周りを見渡す。
どうやら俺は機械に囲まれた広い部屋の中心にいるようだ。
広さは学校の教室くらい。
機械はオレンジや緑の小さいランプが点滅している。
一つ一つは黒い鉄板のようで、ミルフィーユのように重なっている。
壁一面その機械で埋め尽くされ、天高く積まれている。
出入口は無い。
何だここ。何かのサーバールームか?
「あ、そっちじゃないよ。こっちこっち。
靴を脱いでから上がってくれ。」
いつの間にかドアが増えてる。
ドアの向こうから、またさっきの男の声がする。
さっき?
俺はさっきまで何をしていたんだろう。
とりあえず目の前に現れたドアを開けてみる
――……
「……え?」
そこは10畳ほどのワンルームアパートだった。
ベッド、テレビ、テーブル、本棚、キッチン、蛍光灯。
窓の外には駐車場と道路が見える。ここは2階くらいか。
「え……あ……」
混乱して頭が回らない。
ここはどこだ?
俺は今まで何をしてた?
戦ってた? 誰と? どこで?
夢?
いや、どれが夢?
かなりのパニック状態。
「こんなところによく来たねぇ。
さあ座って座って、お茶でも出そう。」
は!
さっきの声の主!
玄関の方に立っていた。
見た目は30~40代のひょろっとした男性。
髪は白く染めてる? おそらく日本人かアジア人。
ロングな髪は風呂上りみたいでしっとりボサボサだ。
サイドにラインが入った青い上下ジャージを着ている。
正直言って、怪しさしかない。
「麦茶でいいでしょ。
ああ座ってと言ったけど狭くて座る場所も無いか。
ベッドに座っていいよ。」
そう言いながらコップ二つに麦茶を注ぐ男性。
いや、そうじゃなくて。
「えっとどちら様ですか? ここはどこですか?
今は何年の何月ですか? 俺は今まで何してましたか?」
「気持ちはわかるよ。わかるけど一旦落ち着こう。」
質問が流れ出た。
とりあえず、そう。落ち着こう。
一つずつ問題を解決していこう。
じゃないと気を失いそうなくらい混乱している。
俺はベッドに座った。
男はテーブルの横の座布団に座る。
「ふう……さて、それじゃあ一つずつ説明しよう。
まず誤解しないでほしいのは、ここは現実世界じゃない。」
「現実世界じゃない……現実世界じゃない?
そうか現実世界じゃない……現実――」
バッと立ち上がる。
先ほどドアがあったところ――今は白い壁に背を付ける。
バカヤロウ俺!
なにノスタルジーに浸ってるんだよ!
思い出した。
俺は今、異世界転生勇者と戦っているんだ。
地面を壊して出来た穴に吸い寄せられ、異空間に入ったようだ。
ダンジョンを、自分の部屋を作るチートスキル。
その可能性は大いにありうる。
「すっ……ステータスオープン!」
現実世界みたいな場所でこのセリフを言うのは恥ずかしい。
俺の目の前に、A4サイズほどの画面が出現した。
【[黒幕の神 リュウゼン]】
レベル:-
スキル:-
説明:この世界の全ての元凶。ラスボス。
「ラ……ラスボス出ちゃったーーー!!」
思わぬところで遭遇。
どおりで胡散臭いと思った。
◆◆◆
警戒する俺をたしなめ、またベッドに座らせる黒幕。
俺に危害を加える気は無いと言ったが、本当だろうか。
「まあまあ、一つずつ説明すると言ったじゃないか。
君がどうしてここにいるのか。
僕がどんな奴なのか知りたいだろう?」
「いや、必要ないです。
自分のステータスで詳細確認出来るし……」
【[黒幕の神 リュウゼン]】
詳細:彼は日本のとある町に生まれた――
「……ん? え!? 何だこれ!
詳細説明のスクロールバーがめちゃめちゃ小さい!」
ステータス画面上に表示される彼についての詳細。
タブレットを操作するように指で上にスワイプ。
スワイプ。
シュッシュッとやってもまだ文字が出てくる。
永遠に止まらない。
「だから言ったろう? 説明するって。」
「ええ……それって俺がここにいる理由はすぐ出る?」
「すぐには出てこないかな。」
「はぁ……わかりましたよ。三行でお願いします。」
「三行は無理だなぁ。」
そう言いながら説明を始めた。
まず俺がいるこの空間は、この黒幕が作ったようだ。
彼はここ、魔力間欠泉の内部に幽閉されている。
百年以上前、間欠泉に魔力制御塔が刺さり摩天楼の塔となった。
この塔は空間圧縮処理がされており、壊れると空間が歪む。
その歪んだ空間に吸い込まれたのが俺とリリベルとのこと。
そして俺がたまたま近くまで来たので、招待したそうだ。
「ちょっとまってちょっとまって。
幽閉とか魔力制御とか意味がわからないんですけど。」
「その説明も必要かい?」
「んー、まあ一応。」
「しょうがないなぁ。単行本三巻くらいは覚悟してね。」
「う……お手柔らかに。」
――――……
彼は日本のとある町に生まれた。
両親は科学者。
当人も頭脳明晰で、大学をトップクラスの成績で卒業。
卒業した後は、旧日本軍の研究機関に所属した。
時代は昭和初期。
日本軍は今後の戦争に備え、あらゆる生物兵器を研究する。
様々な非人道的な研究が極秘裏に行われていたが。
特に秘匿とされていたのが『不老不死の研究』だ。
彼はそのオカルティックな研究を任されていた。
無論研究はうまくいくはずもなく。
戦争も激化し、彼は自暴自棄になってしまう。
自らをも検体とし、実験に失敗して命を落とす。
……しかし彼は目を覚ました。
彼の遺体が安置されていた研究所が爆撃に遭う。
その衝撃なのか、死んだはずなのに蘇ってしまった。
実験は成功していた。
――――……
「マジで? あんたリアル不老不死だったのか!」
「そうだけど何か?」
「チートじゃなくて?」
「……これでも研究頑張ったんだよなぁ。
偶然だった事は間違いないけど、材料は揃ってたんだ。
シルクロードの最果て日本は、神秘の吹き溜まりなのさ。」
――――……
不老不死を手に入れた彼だったが、表に出ることは無かった。
俗世を捨て去り、山の中で生活をした。
周りの知人が死に、終わりたくても終われない。
不老不死に人間の心が耐えられるわけ無かった。
ここまではよくある不老不死の話だが。
戦争が終わり、経済成長していく日本で彼に転機が訪れる。
それは――テレビゲームだった。
――――……
「は?」
「あ、テレビゲームで通じない世代の人かい?」
「いやそうじゃない。急に時代が進んだなと思って。」
「そうかな。まあ引きこもりだから時間の感覚なんて忘れたさ。」
――――……
元々、小説や漫画、映画は好きな方だった。
だが山籠もりしてからはサブカルチャーに一切触れていない。
外に出なければ入ってくる情報もない。
だがテレビゲームは違う。
テレビも驚いたが、家にいるのに映像・音楽・物語。
これらを自分で操作できるとは何と偉大な発明だと。
それからはあらゆるゲームをやりつくした。
手を付けていなかった財産を開放し、ゲームを買う。
資金が無くなれば人里に出て仕事する。
反社会的な組織で働いたこともあった。
死ぬことは無いので死ぬほど稼ぐ、ゲームに費やす。
時には漫画アニメアナログゲームなど他の娯楽も楽しむ。
その繰り返しだった。
そんな暮らしが数十年続き、もう一つの転機が訪れる。
宇宙旅行だ。
――――……
「宇宙旅行!? え、ちょっとまって今何年?」
「君がこちらに来た時間軸と僕とでは違うのさ。
君が令和の人間だとしたら、宇宙旅行はまだ先かな。」
「そ、そうか。なんかネタバレされた気分。」
――――……
もう地球上で学ぶ物は無い。
ゲーム好きが功を奏し、地球上のあらゆる知識が蓄えられた。
長年の人脈を使い、数々の研究機関に出入りが出来ていた。
しかし今まで百年以上生きてきて、宇宙は一度も行ってない。
一度宇宙へ行き、見解を深めよう。
……最初はそんな気軽に考えていた。
まさか大事故が起こるとは。
彼の乗った宇宙船は謎の事故により大破。
おそらくエンジン系のトラブルだと言う。
宇宙空間に投げ出された彼は、何もかも全てを諦めた。
とてつもなく長い時間。
彼が生まれてから地球を出るより、何百倍もの間。
ずっと宇宙空間を彷徨う彼だった。
そして心を無にしていた彼はついに辿り着く。
この星に。
――――……
「えっとそれって……」
「そう。僕たちが今いる、この星だよ。」
「あれ? 剣と魔法の……あれ? SFモノ!?」
――――……
宇宙の果てにある、地球と同じようなサイズの惑星。
大気も水も太陽も、全てが地球とそっくりだった。
まさに奇跡。
大小さまざまな生物も住んでいる。
恐竜はいないが、原始的な地球の歴史資料で見た景色だ。
ただ一つ、大きな違いがある。
それはある地から大量のエネルギーが湧き出ている事。
エネルギーというのは文字通りの意味だ。
浴びると体に活力がみなぎる。
使い方によっては不思議な力を使う事もできる。
そんな力の源が止まらない間欠泉のように沸いている。
島を丸ごと覆うくらいの直径だ。
――――……
「現地の人はこれを『魔法世界樹』と呼んでいた。」
「マジ……センス……」
「僕が考えたんじゃないからね!」
思えば、この世界は妙に日本っぽい文化が根付いている。
そうか、創造神《黒幕》が広めたのであれば理解できる。
地名や魔法のセンスもこいつ基準なんだろうな……




