鬼娘と迷宮の塔
森の中でパンツ一丁、アイマスク。
椅子に縛られ身動き取れず。
俺は一体何をしているんだろう。
「スゥゥゥッハァァァー……。ああ食べたいなぁ。」
耳元で女性の恐ろしいセリフが聞こえる。
「我慢しろ。お前たちのためだ。」
少し離れたところからハスキーボイスが聞こえる。
このハスキーボイスの女性が今回の依頼主、鬼の首領。
ここは女性型鬼が支配する森だ。
鬼の首領が言うには。
人間を食べるのを我慢すると、鬼の能力値が上がるらしい。
なんじゃそりゃ。
そのため、手近な人間ということで俺が貸し出された。
「ハァ、ハァ、いい匂い…」
「見てこのガサガサな肌。最高のB級グルメだ……」
悪かったな一流じゃなくて。
椅子に縛られた俺の周りには、ムキムキな女形鬼が5人。
アイマスク前にチラッと見たが、全員姉御って感じの雰囲気だ。
「ふーっ」
「はうっ!」
耳に息を吹きかけられる。何の意味が!?
「いいね、いい反応だ! 怯えるような仕草がたまらん!」
「おいお前ら!」
首領が叫ぶ。
「触れるのは一切禁止と言ってるだろうが……」
怖い。声だけで怖い。
「ふ、触れてねぇよ! 息をかけただけだ。」
「ああ~この腕、二の腕のこの部分に油が乗ってて――」
ガブッ!
「あ痛でぇ!!」
噛んだ。
左腕にいたこいつ、ついに噛みやがった。
バシン! ドゴォ!
「え、なになに!?」
何かが空を切る風圧、背後で物がぶつかる音。
「……嚙みやがったなてめぇ。」
「す! すまねぇお頭! 我慢が出来なくて!」
「これぐらい我慢できなくてどうする!」
ドゴォ!!
怖い怖い、自動車事故みたいな音がする。
鬼のお姉さん大丈夫かな。
「ステータス見てみろ。」
「はい?」
俺に言ってるんじゃない。
首領がさっきの鬼に言ってるようだ。
「あ、上がってる! マジかすげぇ!」
マジかすげぇ。
こんなんで上がるのか。どんな修行だ。
「わかったかお前ら! 我慢するほどに強くなるのが鬼だ!
このために一週間お前らは食事を抜いてきたはずだ!」
一週間!?
さすがに死んじゃうでしょ。
ってことは空腹絶頂のライオンの前にいる生肉……
俺大丈夫だよな?
「ハァ、ハァ、もう我慢が……じゅるり、でも……」
「はぁ、おいしそう。食べたい。食べさせて。お願い。」
「ここ、この部分! 臭い、臭くてほんともうたまらない!」
耳元の囁き&甘い吐息&セクシーな声。
視覚は無いが吐息の位置で皆が何処に顔を近づけてるかわかる。
怖いやらくすぐったいやら気持ちいいやら。
「ふーっふーっ……じゅるん。」
「ひゃう!」
「おい! いま口を付けたな!」
「ち、違う! 汗をかいてたから吸っただけだ!」
「汗だと?」
緊張やらなんやらで俺は汗をかいていたらしい。
くすぐったくて柔らかい感触があったが、あれは唇か。
「体液! 体液はセーフだよなお頭!」
「体液か……より血肉を食いたくなって能力が上がるかもしれないな。」
「よっしゃ、体液! 体液!」
じゅるっじゅるじゅるぅぅ~
「うおっ、はうっ!」
皆から全身の汗を吸われる俺。
変な声が出てしまう。
いっそ舐めとってほしいが、それは接触としてアウトなのかもしれない。
超絶生殺し状態。
「ほらもっと汗をかけ! ふーっ、ふーっ!」
「あ、ちょっとそこは敏感な……あれ? なんか柔らかい感触が。」
「おいそこ! 接触は禁止だ!」
「違います~、手じゃなくて胸筋が当たってるだけです~!」
胸筋のわりにはとても柔らかくて体温が高い。
全身筋肉でもここは柔らかいのか。
っていうか……
「あの、皆さん。肌が直接触れてるんですが。」
「当たり前だろ? みんなお前と同じ格好だよ。」
え、パンイチなの!?
トップレス!?
アイマスクをしているのがもったいない。
「ほら、熱くなってきただろ? 汗かけよ。」
「おいしそう……はぁ、はぁ、んん! はぁ……」
「あ! お前何してるんだよ汚ねぇな。」
「何よ。ワタシは食欲と性欲が同時に来るの。」
「我慢の仕方は人それぞれだが……」
ん!? なんだ!?
股間のあたりでもぞもぞしてる。
「触れてない。皮膚には一切触れてない!」
「体液がOKならこっちの体液も……」
「よし、うまく出せたぞ。苦しそうだったし丁度いいな。」
あれ?
股間のあたりがすごく開放感。
「よし、どうする。」
「そうね~それじゃあ。ふっ!」
耳元で小さく息を吹きかけられる。
俺は全身が震えてしまう。
さらに耳元で続ける鬼娘。
「はい、それじゃあ全身の力を抜いてー。吸ってー、吐いてー。
吸ってー? 吐いてー……はい、これであなたの体は私の言う通りに動くわ。」
「え? え?」
「今あなたの肩、腕、腿に柔らかいものが当たっているわね。
とっても気持ちいいでしょう? 気持ちいいですね。
あん、先端がこすれて私たちも気持ちいい……
でももっと、一緒に大きな快楽を起こしましょう?
ほら、あなたの敏感な部分に集中して?」
「敏感な部分って……うぁっ!」
「ふーっ! ふーっ! お、ビクビク動いたぞ。」
「今、あなたの全身に駆け巡った快楽はどこから来ましたか?
そう、はち切れんばかりに熱く滾っているその部分ですね。
そこに集中して。さあ、今までで一番の快楽はそこまで来てる。
体の中からこみあげてくる。あと少し。」
「うぅ……」
「私がカウントダウンしたら、あなたの快楽は放出されます。
今感じている熱いものを、すべて解き放ってください。
そしてぜ~んぶ私たちにぶつけてください。全て受け入れますよ。
さあ、それでは始めます。『五』から始まります。」
「ぐぅ!」
「五」
「四」
「三」
「うぅぅぅ!!」
「お、ちょっと出てきたぞ! あと少し!」
「二」
「一」
「はいストーーーップ!! 終了!!」
「え!? あ!? リリベルの声?」
あれ? 俺は今何をやっていたのか。
リリベルの声で正気に戻った気がした。
「はいはい散った散ったー!」
俺から鬼娘たちが離れていく。
括りつけられていたロープも切られる。
「すまぬリリベル。もう終わりの時間だったか。」
「とっくに過ぎてるわね。延滞料取るわよ。」
「すまない。だがまた貸してくれないか?」
「うーーん考えっておきましょう。」
「ぐえっ」
俺は腹部を圧迫されて体の向きが変わる。
あ、これはリリベルに小脇に抱えられてる。
ってかロープ取ったならアイマスクも取ってよ。
「さあ行くわよタカト。」
そう言って空へ浮かぶリリベル。
俺はパンイチアイマスク露出で森の上を飛んでるのか。
「えーっと今日はどこに行くんだっけ?」
「今日は摩天楼塔に調査でしょ? タカトが志願したんじゃない。
塔の最上階まで登ったら、何でも願いが叶うっていう。」
「そうだった。いや願いっていうよりあそこは異世界勇者多くて。
だいたい最上階まで登った人はいない癖に、怪しい伝承だよ。」
「そうね。今まで踏破した人間は誰もいない。"ゼロ"人だって。」
「っっっっ!!!」
「え? どうしたのタカト。すごいビクビクいってるけど。
私なにかしたかしら? 踏破したのは"ゼロ"人としか――」
「ぐっっっ!!!」
「あ、もしかして。ゼロゼロゼロゼロゼロ~」
「うわあああああああ!!!」
……死ぬかと思った。
空中でブレイクするかと思った。
気を取り直して、俺らは始まりの街。
王都「クラウドスクレイパー」へ調査に向かった。
◆◆◆
「ちょ、ちょっと! そんなに走れない!」
「急げこっちだ!」
街中を全力で走る俺とリリベル。
なぜこんなことになったか……
遡ること一時間前。
いつものように変装で王都に侵入する俺ら。
念を入れた高度な認識阻害術式で正門も楽々突破。
最強を誇る王都もたいしたことないわねと。
リリベルが初回に続き二度目の死亡フラグを言ったところで事件発生。
けたたましく鳴り響くサイレン。
侵入してわずか数十分のうちに見つかってしまった。
「いたぞ! こっちだ!」
街中どこへ逃げても追ってくる警護団。
なぜバレた。
なぜ居場所がわかる。
「べつに、タカトは、ついてこなくてもいいのよ!」
走りながら話しかけるリリベル。
魔法を使うと探知がより強烈になるため飛べない。
「リリベルを置いて逃げるなんて出来ない!」
「え、それって……」
「もう一緒にいるところ見られた!
捕まったらごまかせたとしても尋問&尋問だよ!」
「あっはい。」
俺とリリベルは市街地に逃げ込む。
少し古めかしくはあるが、異世界っぽくない豪華な地中海風屋敷群。
整備された緑も多く、森林浴が出来そう。高級住宅街かな?
もう王都でも隠れることが出来そうなのがここしかない。
ここでもダメならどうしよう。
「はぁ、はぁ、リリベル大丈夫?」
「私は平気よ。それよりも何?
何であいつらは私たちの居場所がすぐわかるの?」
「それは多分……異世界勇者のスキルじゃないかな。
ステータスオープン。」
【クラウドスクレイパー 防衛システム】
詳細:同盟を結ぶ西の大国「ウー」より仕入れた魔力探知。
そこに異世界転生者の探索スキル[iフィール]が加わった。
障害を自分の感覚と接続するスキルで索敵能力は世界トップクラス。
やっぱりそうか。
この街は異世界転生者がかなり多いと聞く。
リリベルと初めて会ったのもこの街の異世界転生者の前だ。
きっとここにいても見つかってしまう。
今回の任務は失敗か?
と思った矢先、後ろから複数人の声が。
「やっぱりここにいたか。」
「どうする? 私たちで捕獲する?」
「ま、なんとかなるっしょ。」
しまった、三人に囲まれた。
林の中で背を合わせる俺とリリベル。
しかし警護団にしてはノリが軽いような。
「どうする? タカト。」
「手を出すのは待って。」
ひそひそと話す俺ら。
一応対話してみるか。
俺は手を前に出して振る。
「ちょっと待ってください! なんで警護団が?
私は後ろの女性と密会していただけでやましい事は……」
「密会ってやましい事じゃねーの?」
オールバックの低身長な兄ちゃんがつっこむ。
「え、じゃあ侵入した魔王軍じゃないてこと?」
頭の緩そうなお姉さんが持っていた杖を下ろす。
「何言ってるんだ。ユイカのスキルに間違いは無いだろ。」
高身長だが細い、髪の長めの兄ちゃんが言う。
ユイカ? そこの女性の事か?
「別にユイカちゃんを疑ってるわけじゃないけど……」
あ、違うのか。
ってことはこの探索能力者の事かもしれないな。
「でもこのお兄さんが魔王軍って感じしないなぁ。
服もダサいし。」
服のセンスはいいだろ別に。
なるべく地味な冒険者の変装だよ。
リリベルは何故か登山家みたいなしっかりとした服だけど。
「そうそう、俺達はこの辺に住むちょっと怪しい冒険者で……
なんちゃって。伏せてリリベル。」
「ええ。」
バゥワッ!!
上空に大きなステータス画面を水平に展開。
それを勢いよく降下させ、風圧を発生させた。
「うわ!」
「何だ!?」
「きゃあ!」
三人は吹き飛ぶ。
俺らは風圧の中心にいたので飛ばされず。
「よし、逃げよう!」
急いでその場を離れる。
草木をかき分けながら、より生い茂ってる方へ。
逃げながら途中でステータスを確認。
【[騎乗の勇者 ゴウタ]】
スキル:ペーパーパイロット
「えーっと、紙の上に立てる能力。
紙があればどこでも行ける、ねぇ。なるほど。リリベル。」
リリベルの後ろに、紙飛行機に乗った勇者が接近。
「《ミクロファイア》」
「うわぁ。熱い!」
勇者が乗っていた紙飛行機を燃やす。
勇者は勢いよく落ちてしまった。
「はあああ!」
「うおおお!」
前方の木陰から二人が飛び出す。
【[猛打の勇者 マリ]】
スキル:箱庭球
【[絵画の勇者 ツヅキ]】
スキル:二次元の贋
「その子は小型化したものを何でもラケットで射出できて。
その男は贋作を動かし……なるほど。ステータス!!」
ズバズバッ!!
ステータス画面を二枚、彼らの目の前に展開。
飛び出してきた二人は真っ二つになってしまった。
が、それらは割れたキャンバスとなって落ちていった。
「よし行こうリリベル。」
俺らはまっすぐ進み、森を抜ける。
あとから追いついたマリとツヅキがゴウタと合流する。
「え、何で私たちの作戦がわかったの?
ツヅキの動く絵画を私があいつらの前に飛ばす作戦が。」
「わからない。何かの魔法か?」
倒れていたゴウタが起き上がる。
「そうだぜ。奴らは魔法を使った。
これでしばらくはどこにいても丸見えだ。」
そんな会話がうっすら聞こえてくる。
リリベルも気になっていた。
「もう魔法使っていいわよね。っていうか使ってるわよ。
でもどうする、どこに逃げる?」
「この街に俺らの逃げ場なんてないみたいだ。
……一か所を除いてね。」
「それって――」
俺たちは逃げ回ることをやめ、街の中心部へ向かった。




