赤い屋根のエルフのおうち
窓から出て、洋館の屋根に上る。
屋根の上までは重力が働いているみたいだ。
ここから俺らが軟禁されている、チート収納空間がよく見える。
俺は遥か遠くを見据えた。
「よし、やってみよう。」
「なにしてるのー」
窓から顔を出す1000年に一度の美少女。
もといエルフの少女。
ってかそれを言うならここにいる女性全員がボジョレー並のキャッチコピーが付く。
「この周りに浮かんでるアイテムを回収できないかなって。」
「へー、そんなこと出来るんだー。」
外見的に娼婦にしちゃまずい年齢だと思われるが、気品ある顔だ。
きっと外では年齢にしちゃしっかりしてると言われてそう。
でも今の喋り方は年齢にあったものになってしまっている。
これでも先日の対策会議からみんな、歩けるレベルまで回復してくれた。
「ステータスオーープーーン!!」
垂直にステータス画面を展開する。
大きく。大きく。
洋館の高さなど余裕で通り越して、自分の限界まで広げる。
「すごーい。もう端っこが見えないよ。」
「ぐぬぬぬ、まだまだぁー!」
どれぐらいのサイズになっているか小さいステータスを出して確認。
現在13kmか。
いや、まだまだ、宇宙の果てまで飛ばしたことがあるんだ。
しかもこの空間は疲労が無い。
頭がぶっ壊れる寸前まで伸ばしてみよう。
「ふぅ、これくらいかな。」
「この壁、どうするの?」
「この洋館をぐるっと一周して、アイテムを集めるんだよ。
もしかしたら俺の仲間も引っかかるかもしれないしね。」
「へー、そうなんだー。早くやってやって。」
「……もうやってるんだよなぁ。」
「え? 動いてるの?」
そう。今ゆっくり洋館の周りを動いているところだ。
かなり先の方まで延ばしたもんだから、先の速度がえげつない事になる。
アイテムが壊れない速度で、ゆっくり回収しよう。
結局、あまりにも集まりすぎて収拾がつかなくなり、丸一日かけて必要そうなアイテムだけを回収した。
◆◆◆
「ではこれより、作戦会議を始める。」
そこら辺に寝ていたエルフたちを食堂に集め、無理やり椅子に座らせた。
自分で歩けないもんだから肩を貸したりおぶったりして大変だった。
重労働ではあったが、高貴な姫クラスに密着できるのは約得、と思うことにする。
エルフは総勢24人。
椅子が足りなかった人は床で寝てもらうことにした。
椅子に座れた人も長テーブルに突っ伏して寝てるけど。
俺は長テーブルのお誕生日席で椅子に座らず、背面に大きなステータス画面を出す。
「これを見てください。俺が皆さんから頑張って聴取した、勇者の情報です。」
ステータス画面には俺が伝えたい文字を羅列して表示する。
・勇者は東の大国「茜」に貴族として迎えられている。
・勇者はエルフ族に対し強い執着があり、いくつもの集落が彼に滅ぼされている。
・エルフの男性は処刑または奴隷にされ、伝説級の魔道具は茜国軍に利用されている。
・エルフの女性は主に貴族の奴隷にされている。
・中でも勇者のお気に入りはこの空間に監禁されている。
・勇者は定期的に一人呼び出し、夜のお供をさせている。
・呼び出す前は特殊な命令がかかるようで、この館で体と衣服を整えさせられる。
・誰が呼ばれるかはわからない。
・数ヶ月に一度、大人数が呼ばれることがある。
・そこには他の貴族もおり、パーティーのようなものを開催しているようだ。
「えー、読むだけでも胸糞悪い情報ではございますが。
ここで注目してほしいのは後半に記載したここの――」
説明を開始しようとしたその時だった。
……斜め前に座っていた、髪の短い気の強そうなエルフのお姉さまが立ち上がった。
そのまま、何かに操られたようにしっかり歩き部屋を出ていく。
「あっ……えっと。」
「ふーん。今日はその子なのね。」
壁にもたれかかって寝ていた、髪にウエーブのかかったスタイルおばけのお姉さまが言う。
「そこに書いてる通り、定期的に呼ばれるってのはこういう事よ。」
超高級そうなドレスをびっくりするほど適当に着こなし、乳が見えそうで直視できない。
いや、普段なら気兼ねなく見るが、この人のオーラがそうさせない。
もしかしたらこのエルフたちの中で一番位が高いのかもしれない。
「な、なるほど。今日はそこの方が選ばれたってわけですね。
……このように!
我々が外に出るには、『喚ばれる』ことが必要となってきます。
その瞬間に何か付け入る隙があるのではないか、と私は考えています。」
俺は食堂の柱にかかっている時計を指差す。
「あそこの柱時計を見てください。」
もちろん誰も見てくれない。
時刻はだいたい夜の寝る時間くらいを指していた。
外の時間はかろうじてわかる。
「えー……先程のように、この中で誰が呼ばれるかはわかりません。
しかしいつ呼ばれるかは時間を見ればわからないこともないでしょう。
つまり全員が一丸となって対策を試みることで、勇者打開の方法が見えてくるはずです!」
力説してみたが、もちろん反応はない。
……と、思ったら。
「はい……」
もうそのか細い声が可愛い……じゃなかった。
一人手を上げていた。
俺と一緒にこの空間に拉致られた、ベクストだった。
「……呼ばれる人に……偏りがあると思います。」
「偏り?」
彼女が言うには、これだけ大人数がいる中で、自分が来てから数人しか呼ばれてないと。
というか最近は自分しか呼ばれていないと言う。
今日はたまたま別の人だったらしい。
「その傾向は……あるわね……」
どこぞの女王のような雰囲気の、先程のエルフも同意する。
「贔屓にしている子もいるし……新入りは特に多いわ。」
「なるほど。その気持ちはわか……いやいや、理解した。
つまりこの作戦の肝になるのはベクストさん、あなたですね。」
「……私?」
そう言いながら、視点の合わない目でこちらを向く彼女だった。
◆◆◆
最初の会議から数日が過ぎた。
召喚されるタイミングや条件を分析し、まとめ、やっと今日この日を迎える。
「では先日、アーテルさんが聞き出した通りであれば、乱……パーティは今夜決行との事だ。」
食堂に集まるエルフの女性たち。
アーテル、とはこの前呼ばれていたエルフの名前だ。
彼女含め、今日はみんな自分の意思で集まっている。
中には這ってでも食堂まで辿り着く者もいた。
少しやる気を取り戻してくれたのだろうか。
「タカトくんー、これ用意できたよー」
やる気のない声で俺を呼ぶのは、身長の低いエルフの少女。
勇者はこの子にまで手を出してると考えるとやるせない。
「おお、ありがとう! ……大丈夫ベクストさん?」
「ええ、全く問題ありません。」
そう真顔で言われると俺も悲しみとも言えない微妙な気持ちに。
先程のエルフの少女は裁縫が得意だそうだ。
その子になんとか頑張ってもらい「服が二着つながってる服」を作ってもらった。
この不思議な服には狙いがある。
まず、勇者が能力内にいる生物を召喚する場合。
「服」「靴」「飾り」「武器」
これらのものは「一人の人間」として扱われ一緒に召喚されるようだ。
じゃないと俺が交戦した兵士たちは、皆全裸で召喚されることとなる。
じゃあここで。
「俺を飾りとして装備したエルフを召喚した場合、俺は外に出られるのか」
という疑問が湧いてくる。
俺を装備するという意味不明な提案ではあったが、熱心な説明で協力を仰げた。
どうせじっとしてても奴隷として生涯を終えるなら試して見る価値はある、と。
次の問題としては、誰がいつ召喚されるのか、という事になる。
俺を装備したとしても、別の人が召喚されれば意味がない。
そこで狙うのが今日だ。
多人数が呼ばれるパーティであれば、新人やお気に入りが呼ばれる可能性は高い。
ということで。
「さあ、どうぞお入りください。」
ベクストが服の裾を上げ俺を呼ぶ。
服の構造は、短いワンピースのような緩い服の前面部分に、Tシャツを縫い付けたような形だ。
「この服のデザインはこのシャツ部分に人が入ることで成立する」
という念を込めて作ってもらった。
俺は緊張しながら、張り付いてるTシャツに頭を入れる。
……シャツの首から頭が出ない。
「ん……胸部分ちょっときつかったですか……」
「そうですね、すみません!」
なぜか謝ってしまう。
頭を出そうと上に押し上げても、顔に当たる弾力のせいで上がれない。
着痩せするタイプなのはわかったしハリが良いことも分かったから、作戦を進めさせてくれ。
「よいしょっと! やっと顔を出せだっ!?」
分かってはいたが、シャツから顔を出した瞬間絵画レベルの美人がいたら焦る。
しかも唇が触れるところだった。
急いで顔の横に頭を持っていき、シャツに腕を通す。
ぎゅううっ
ベクストが、服一枚隔てた対面二人羽織状態の俺にしがみつく。
「……こうですか?」
「いいっ……けど違います、俺がしがみつく方です!」
彼女には力を抜いてもらい、椅子に座ってもらう。
今度は俺が全力でしがみついた。
「あっ……」
その時、近くにいたエルフが一人消える。
身支度は済ませていたので、その場で消えたようだ。
「始まった。始まったよータカトくんひゃっ!」
服を作ってくれた少女も消えた。
また一人消えたところで、一旦収まった。
「三人……今までより多いからパーティーが始まったのは間違いなさそうだな。
あとは頼む、ベクストさんを選んでくれ……!」
「きっと大丈夫です。自身はあります。」
ベクストに頭を撫でられる俺。
「この前呼ばれたときは、全てに耐えて全力で奉仕しましたから。
かなり気に入ってくれたようですし。」
全てに耐え、か。
この人にはかなり負担を強いてしまったな。
だったらこの作戦、失敗する訳にはいかない。
「俺は付属品、俺は付属品……」
思わず言葉にしてしまう俺。
また頭を撫でられる。
「ふふっ、心配ならもっと密着しましょうか?
いっそ一つになったほうがいいのかもしれませんね。
タカトさんならいいですよ。いつでも準備はできています。」
「え、それって――――」
急に視界が暗くなった。




