不思議なポッケ
「あー……」
ため息のような、何か声を出してみた。
ここは何処だ。
気がついたら、宇宙空間のような場所にいた。
暗すぎず、寒すぎず、風も無く、無重力。
周りには道具のような物体が浮いている。
何も聞こえず、何もする気が起きない、無気力。
何か、女神様がいた空間に似てるな。
呼吸は出来る。声も出せる。
でも誰かーと叫ぶ気になれない。
無重力なのでその場から動くことも出来ない。
俺、あの勇者に負けたのかな。死んだのかな。
ってか何のために戦ってたんだっけ。
何のために生まれて、何をして喜ぶんだっけ。
わからないまま終わる、そんなのはイヤ……って
「ふふっ」
誰もいないのに一人で笑ってしまった。
まあ、誰もいないしいつもどおりゆっくり考えるか。
「ステータスオープン。」
【[無限アイテム庫 ベニヒサゴ]】
効果:名前のつくものであれば何でも収納できる便利空間。
冒険者が持つ空間圧縮魔法の道具入れとは性能が比べ物にならない。
容量もそうだが、生き物から自然現象まで何でも収納できる。
「ああー、はいはい。理解した。
今回のチート能力はあれか。無限収納能力か。」
【所有者[空間の勇者 ショウヘイ]】
スキル:《金銀結界紋》
詳細:右手に刻印された金色の紋は、あらゆるものを吸い込む。
左手に刻印された銀色の紋は、吸い込んだものを召喚する。
吸い込む対象は自分への攻撃など、自由に設定できる。
吸い込んだ物はステータス画面で確認できる。
「へー、めっちゃ便利な能力だな。」
誰もいないので独り言が多くなる。
あと、風の音も何もない空間に自分の声だけが聞こえるのも面白い。
【スキル詳細続き】
召喚した道具や生き物は、スキル使用者に絶対服従。
勇者のみ装備可能など使用条件がある武器も利用可能になる。
生き物はどんな命令にも従うようになる。
生き物の場合、アイテム空間にいるときは待機状態になる。
全ての欲求が消え無気力になり、新陳代謝も疲労も老化も無い。
意識はあっても思考がまとまらない。
「え? いや、普通に考えられるけど。
むしろ今までと比べて情報を詳しく見れるからワクワクだけど。」
あー、あれか。
よくある『志の高い主人公は無気力になる攻撃』が。
『志の低い仲間はいつも無気力だから攻撃が効かない』みたいな。
「誰の志が低いんだっつーの!」
誰もいないのにツッコんでみた。
ようし、そっちがそう来るなら無気力に脱出してやろうじゃないの。
俺はここから脱出するんだ!
じゃなくて
脱出して勇者に嫌がらせ出来ねーかなー!
みたいなクズい理由で自分を動かしてやる。
「へっへっへ。みてろよお。
ステータスポリゴン、モデル:ビート板。」
水泳で使うビート板のような形に、ステータス画面を形成する。
それを掴み、この無重力空間を泳いでみよう。
俺は当ても無く、無気力に前方に進んでみた。
◆◆◆
「あ? 何だあれさっきのと若干違う。」
【魔法アイテム[鬼人化の札]】
レア度:★★★★★
効果:自身を《鬼化》《狂戦士化》する。
燃やして鬼の呪いを開放するため、使用は一度きり。
「おお、レア度5か。」
使いきりで貴重品だと使いどころ見出せない貧乏人。
先ほど見かけた魔法封印の札のほうがレア度が低い。
さすがアイテム庫とだけあって、古今東西色んなアイテムが散らばってる。
希少価値の高いアイテムをランク付けしてみたら、宝探しみたいで楽しい。
……とは言うものの。
「あー、飽きたなぁ。」
疲労は無い。眠気も来ない。
だから永遠にアイテム巡りを堪能していたが。
さすがにもう何日目だ、って感じだ。
下手したら一ヶ月行ってるかも……それは無いか。
でも寝ないでやることなくて意識があっては時間の進みが遅く感じる。
「そうだ。今の時間を見よう。」
ステータス画面に、外の時間を表示してみる。
……マジか。
10日も経ってた。
時間が永遠に感じてたけど、現実を見ると辛いな。
魔王軍に報告無く10日はヤバイんじゃないか。
「……まあいいや。」
俺が死んでも、この世界で悲しむ人はいないしな。
「リリベル……」
ああ、リリベルがいたじゃないか。
四天王を失うのは魔王軍的に流石にマズいっていう理由だが。
彼女は今どうしているだろう。
同じ空間にいるのだろうか。
――その時、遠くのほうに巨大な建物が見えてきた。
「何だあれ!? 行ってみよう。」
ビート板の進行方向を変え、建物に向かった。
◆◆◆
「洋館……みたいな?」
西洋の立派な洋館のような建物が逆さに浮かんでいる。
いや、逆さなのは俺のほうか?
大きいアイテムはたくさん見てきたが、ここまで大きいのは初めてだ。
中に入れるんだろうか。
正面玄関まで進んでみる。
「痛てっ!」
実際は痛くないが。
玄関前の石畳に吸い寄せられ叩きつけられた。
いや違う。
ここ、重力がある。
玄関前の天地が正しい位置に立つ。
重力が久々で不思議な感覚だが、とりあえずノックしてみよう。
コンコンコン
……誰も出てこない。
別荘用に収納してるだけなのかな。
重力があるし、何か重要な施設なのかもしれない。
入ってみよう。
「おじゃましまーす……」
扉は普通に開いた。
鍵はかかっていない。
入ってみると、格式高いまさにイメージ通りの内装だった。
赤い絨毯、金色のシャンデリア、正面に二階への階段。
階段の奥、二階に上がったところには大きな古時計が。
あとメイドさんがそこらへんに倒れて――
「え? ちょっと、皆さん、大丈夫ですか!?」
よく見ると入り口横の壁にもたれて座ってたり。
部屋の前で倒れてたり。
階段の上で寝てたり。
いたるところにメイド服を着た女性が倒れている。
近くにいた女性に話しかける。
「大丈夫で――」
「あら、男性? めずらしいわねーー」
肩を抱いて起き上がらせようとしたが、出来なかった。
あまりにも近づきがたい。
顔を見ると、里にいたような超綺麗なエルフの女性だった。
何故?
くたびれたメイド服は解釈が違いすぎる。
ゴージャスな姉妹が冒頭シンデレラコスプレしちゃったような雰囲気だ。
「え? 男性? ようこそー」
ちょっと離れたところにいる女性がこちらも見ずに喋る。
一応歓迎の気持ちはあるようだ。
しかしあまりに気の抜けた声。
遠くから見ても分かる抜群のプロポーションから出る声じゃない。
「みなさんどうしたんですか!?
気分が悪いんですか? 何故こんなところで寝てるんですか?」
思わず質問を一気に投げてしまった。
「そうねー、別に具合が悪いわけじゃないのよ。」
「そうそう、部屋に行くのが面倒くさくて。」
「どうせ私なんて階段で寝てるくらいが丁度いいのよ……」
ああ、そうか。
これが無気力になると言うこの空間の力か。
この建物は重力があって少し緩和されてる気がするけど、それでもコレか。
「そうですか。体調が悪いんじゃなかったら良かった。
私は魔王軍の者です。助けに来たとは言えませんが……
何かこの空間の脱出方法を探りに、ここまでたどり着きました。」
……シーンとする。
あれ、喜ぶとか怒るとかも無いのか。
「どうせ……ここからは出られないわよ。」
だろうね!
そういう反応だと思った。
「もういいじゃない。ここにいれば老いることも無いし。
おなかも空かないしね。」
「確かにそうですけど。みなさん、ずっとここにいるんですか?」
……またシーンとする。
でもさっきとは違う空気だ。
「ずっとじゃ、ないわよね。」
「そうね。たまに『出勤』があるし。」
出勤?
そうか、確かこの空間から召喚して命令通り動かすことも出来るんだっけ。
兵士でもないし、いったい何をするんだろう。
「皆さん、出勤って――」
聞こうとして止まった。
美しい女性。
メイド服。
何でも言うことを聞く。
能力者は若い男性。
ってことは『出勤』と言うと一つしか無いじゃないか。
「それはもう夜のお相手よ。」
「夜ならまだマシね。明るいうちから調教とか言って連れ出されて……」
しまった。
デリカシーの無い。
この空間のせいで罪悪感が無いが、駄目だ。言動に注意しよう。
「そういえば最近、あたしは呼ばれて無いわね。
ほら、そこの娘が来てからは毎日指名されてたし。」
「そこの娘?」
美しいのに髪が乱れてる残念なエルフが寝ながら指をさす。
柱の影に女性が座っていた。
近づいてみる。
「はっ……」
息が詰まった。
心臓が痛い。
目の前には、俺がここに来る直前まで一緒にいたエルフの女性。
[ヨ・ソロラーダ領の娘 ベクスト]が無残な姿になっていた。
「ベ、ベクストさん!!」
肩を揺さぶる。
意識はあるが瞳孔が開きっぱなし。
首に力が入っていない。
メイド服は乱れ、謎の液体で汚れている。
体のあちこちに傷がついている。
「あ……えっと……魔王軍の……」
「タカトです! すみません、俺が近くにいながら……」
目頭が熱くなる。
この空間であるにもかかわらず、激しい怒りが溢れる。
奴隷のように扱う術者と、自分への不甲斐なさに対してだ。
「ああ、タカトさんでしたねー。
先日は人違いしてすみませんでしたぁ。
お詫びに私を自由に使ってください。
前でも後ろでも上でも胸でも、好きなところからどうぞー。」
「くっ……」
「ああ、その娘だいぶきつく調教されちゃったみたいだねー。
あいつの相当のお気に入りなのかな。」
「出身の里が燃やされたショックもあるかもね。
この場所は現実逃避には快適な場所よねー。」
「たぶんこれからもっときつくなるわよね。
私のときも○○○に直接××されて△△すら□□されちゃって――」
だめだ、壮絶すぎて聞き取れない。
早く。一刻も早くあいつを倒さなければ。
「ステータスオープン!!」
「きゃっ!」
数人のエルフが驚きの声を上げる。
入り口のほうに巨大なステータスを展開した。
「皆さん! そのままでいいので聞いて下さい!
私は魔王軍 異世界勇者討伐団 団長のタカトと言います!」
ステータスに情報を追記した。
過去に倒した勇者などの履歴だ。
「皆さんはこの空間の『無気力にする』という魔法にかかっています。
ですから協力したくなければしなくてかまいません。
でもどうか、少しだけでも情報を提供していただけませんか!」
俺の呼びかけに反応が無い。
やっぱりそうか。
俺一人で戦うしかないか。
「皆さんの解放を心から願っています!
時間はかかるかもしれませんが、必ずやり遂げます!
では、思い出したらでかまいませんので、何かありましたら――」
「思い出した。」
「へ?」
思ったより思い出すのが早いな。
発言したのは誰よりも傷が深いはずのベクストだった。
「わたしはエルフの英雄の末裔なの。
だからって戦う気は起きないけど……思い出せはしたわ。」
「そうね。」
階段で寝ていたエルフが起き上がる。
「情報って不思議ね。
自分が無気力になる魔法にかかってるんだと自覚しただけなのに。
なんかちょっと元気出ちゃう。」
「わかるわ。」
「気がするだけだけどね。」
みんなが起き上がって、まるでゾンビのようにゆっくり近づいてくる。
ここまで動いてくれただけでも、きっとすごい事なんだろう。
「皆さん、ありがとうございます!」
疲労も眠気も来ない。
時間はある。
ゆっくりと情報を整理していこう。